第37話 迫るモンスターの報せ

「き、消えたッスか……!?」

「え? どこいったのあんにゃろう」


 ルギウスは黒い影に飲まれて姿を消してしまっていた。

 【索敵】スキルでも探知できる範囲にはいないようで、どこか離れた場所へ移動したのだろう。


「クロだ……」

「え?」


 呟いた言葉にみんなが反応する。

 僕は【索敵】スキルで一瞬ではあるが呪術師クロの気配を探知したことを伝えた。


「それじゃあ、ルギウス様が消え去ったのは……」

「それもあの野郎の仕業だろうな」


 見ると、賢者アンバスがこちらにやって来る。


「あ、アンバス様。先程はありがとうございました」

「礼ならリジルに言いな、嬢ちゃん。大半の攻撃はリジルが防いでくれてたんだ。全部相手にしてたらオレの結界でも持たなかったよ」


 大きめな三角帽子の奥でニヤリと笑うアンバス。

 小柄な体躯に似つかわしくないその妖艶な表情が懐かしく感じられる。


「アンバスさん、どうしてここに?」

「急ぎ伝えることがあってな。お前らに知らせようと思ってやって来たんだよ」

「伝えること?」

「実はな、北の大地でモンスターの群れが大移動を始めたと連絡を受けた」

「え……、モンスターが? それに連絡を受けたって誰から……?」


「俺たちだよ」


 不意に背後から野太い声がかかる。


「あー、ミア! それにリーダーも!」


 そこにはナルと同じ獣人の二人が立っていた。

 以前、獣人の里で出会ったナルの妹ミアと獣人たちの長バグーだ。


「お久しぶりです、皆さん。ナルお姉ちゃんも元気にしてた?」

「里に来たらもてなすなんて言ってたがよ、こっちから来ちまったい」


 礼儀良くお辞儀をするミアとは対象的に、バグーは大口を開けて笑いながらナルの頭をわしゃわしゃと撫で回していた。


 アンバスの話によると、ミアとバグーがファーリス村まで来てモンスター大移動の件を知らせてくれたらしい。

 しかもそのモンスターの群れはどうやら王都を目指しているとのことだ。


「そんな……。じゃあすぐに準備しないと」

「まあ慌てるな。コイツら獣人が変身して飛ばしてきてくれたこともあって、モンスターが王都まで来るにはまだ数日の猶予がある」

「そうですか……。もしかして、これもクロの仕業なんでしょうか?」

「分からねえがここ最近の騒動は全部の奴の動きに起因している。もしかすると、以前言っていた魔王の器とやらに目星が付いたのかもしれねぇ。あるいはもう見つけたのか……」


 アンバスが思案顔になり、僕たちも考え込んでいると予期しない人物から声がかかった。


「ク、クク。それは良いことを聞いた……」


 振り返ると、先のルギウスの攻撃で吹き飛ばされていた父上がいた。

 よろめきながらも、意識は回復したらしい。


「リジルよ、勇者一族として名誉を挽回するまたと無い機会だ。これを討てばお前が勇者として再起を果たす上でもプラスに働くだろう。早速屋敷に戻り準備するのだ」

「……」


 返す言葉が見つからなかった。

 いや、言葉を返したくなかった。


 大勢の人が住む王都に危機が迫っているという話を名家の尊厳に繋げることしか考えていない父上に辟易としてしまった。


 ルアが少し心配そうな顔を僕に向けて、ドゥーベがアンバスに抑えた声で話しかけている。


「ちょっとアンバスさん。この見当違いのおっさん、どうにかなんないッスか? これじゃリジルさんがかわいそうッスよ」

「安心しな。場違いのクズはすぐに消えるさ」

「え? それってどういうことッスか?」


「やあやあ、何やら面白そうな話をしているね。私も混ぜてもらっていいかな?」

「し、シリング王!?」


 柔和な笑みを浮かべながら近づいてきたのはシリング王だ。

 どうやら、僕とルギウスの決闘を見に来ていたらしい。


「シリング王、いらしてたんですね」

「ああ。君の勇姿を見てみたくて、お忍びで来ていたのさ。いやぁ、実にマーベラスな戦いだったよ、リジル君」


 相変わらず砕けた接し方でシリング王は僕の肩をポンポンと叩いてくる。

 すると、それに割り込むようにして父上がシリング王へと話しかけた。


「お、王よ! お久しぶりでございます」

「ん? ああ、ベテル君じゃないか。勇者一族の跡取りをルギウス君に決めたと、長男であるリジル君は屋敷から追い出したと報告しに来た時以来かな」

「は、はい。その件なのですが、私はリジルを勇者一族の屋敷に呼び戻すことにしました!」

「ふぅン。勇者一族の屋敷に呼び戻す、ねぇ」


 そこでシリング王の顔色が変わったのに気付かなかったのは、恐らく父上だけだった。


「はい! ですから見ていてください! このリジルが勇者一族として此度のモンスターの大群を討ち果たしますので――」


「いい加減にせぬかっ! この不埒者が!!」

「お、王……?」


 突如として父上に放たれた怒号は、いつもの物腰柔らかいシリング王とはかけ離れたものだった。


「保身を最優先にする醜い価値観。それがそなたの子らを傷つけたのだと、なぜ分からぬ!」

「う、あ……」

「名家の当主である前に人であれ! 分かったなら即刻この場から立ち去れい!」

「……は、ははぁーっ!」


 父上はシリング王に頭を下げると、逃げるようにしてその場を去っていった。


 それを見届けたシリング王は大きく息をつくと、僕たちの方に振り返る。


「さて、それじゃあ立ち話も何だし。私の王宮で作戦会議でも行うとしようか」


 その顔に浮かんでいたのは、いつも通りの柔らかい笑顔だった。


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