第35話 破滅を呼ぶ黒い石

「勝っ、た?」


 ――ワァアアア!


 辺り一帯から割れんばかりの歓声が巻き起こる。

 そして、ルアにナル、ドゥーベが僕のところまで駆け寄ってきてくれた。


「やったッスね、リジルさん! 圧勝じゃないッスか!」

「いや、よく分からない内に終わっちゃったんだけど……」


 それは僕にとって正直な感想だ。

 てっきりルギウスが何か策を弄していたのかと思ったが、勝負は半ば最初の攻防で決着がついてしまっていた。


「あれじゃない? リジルが強くなり過ぎちゃったんだよ、きっと」


 ナルがニヤリと笑って言う。


 そうなんだろうか?

 確かにこれまで色んなモンスターと戦闘を繰り返してきたけど、ルギウスに対してここまで圧倒できるほどに力が付いていたと、そういうことなんだろうか?


 僕は今ひとつ実感が湧かないながらも、高揚感を噛み締めたくて紋章が浮かんだ右手を少しだけ強く握る。


「そんな、馬鹿な……。俺の……、俺の勇者紋が最強じゃないのか!」


 膝をついたままの格好で、ルギウスが地面に拳を打ち付ける。

 信じられない、納得ができない、そんな感情が入り混じった顔をしていた。


「無様だな、ルギウスよ」

「あ……、う。ち、父上……」


 父上が肩を揺らしながらルギウスの元へと歩み寄ってくる。

 父上はルギウスに侮蔑するかのような目を向けた後、僕の前で足を止めた。


 クラフト家の屋敷を追い出されてからというもの、こうして父上と面と向かうのは初めてだ。

 一体何を言われるのだろうかと僕が身構えていると、


「素晴らしいぞリジルよ! やはり勇者一族の血を引く者はお前だったのだ! 今日にでも屋敷へと戻るが良いぞ」


 父上は頭を下げることも無く、そんなことを言った。


 その言葉に対して、恐らくそこにいる全員が驚いていたと思う。

 この人は何を言っているんだろう、と。


 もちろん皆は、どういう経緯で僕がクラフト家の屋敷を追放されたのか知っている。

 ルアに関しては言わずもがな、その現場を目の当たりにしているのだ。


「どうした? お前にとってはこの上ない名誉であろう。我がお前の成果を認め、勇者一族の跡取りとして迎え入れようと言うのだ」


「ねえリジル。このおっさんが何を言ってるか、ナルは本気で分からないんだけど」

「何だかもう……、よくこんな考えになると呆れてしまうッス」


 ナルとドゥーベの二人が小さな声で僕に耳打ちしてくる。

 ルアに至ってはひどく軽蔑した目を父上に向けるだけだ。


「父上、僕はもうクラフト家の屋敷に戻るつもりはありませんよ」

「な、何だと? この我がお前を認めると言っているのにか!?」


 父上は意外な返事をもらったという様子で慌てている。

 たぶんこの人は自分が受け入れれば僕が喜んで屋敷に戻ると、本気でそう思っていたのだ。


「ええ。それに跡取りならルギウスがいるじゃないですか」

「……こいつはもう駄目だ。これだけの人間の前で、どれだけ我に恥をかかせたと思っている」


 またそれか。

 僕を追い出した際にも勇者一族の恥とか言っていたな。


 きっと父上にとっては勇者一族としての保身が最重要なのだろう。


 父上がルギウスを見る目は僕をクラフト家から追放した時と同じ、とても冷ややかな目だった。


「ち、父上。俺はまだ……」

「フン! 何が『俺はまだ』だ。たった今、完膚なきまでに負けたばかりであろうが! 貴様になぞもう用は無い!」

「負け……、負けだと? く……、く……、くそぉ!」


 突然、ルギウスは何かに思い当たったように服の中へ手を忍ばせた。

 抜いた手の中に握られていたのは……。


 ――黒い石!? なぜルギウスが……!


 魔王軍幹部の呪術師クロが使っていた黒い石だ。


 ルギウスが黒い石を掲げると、突如として体の周りを黒い影が覆い始める。

 そして黒い石が一際怪しい光を放ち、


「ぬぉおおおっ!」


 一番近くにいた父上が吹き飛ばされた。


「こ、これは……」


 黒い影はやがて収束し始める。


「――。ク……、ククク! 力だ……、力が溢れてくる!」


 そうして立っていたのは、体の所々を黒い影に侵食されたルギウスだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る