第24話 【SIDE:リラ・ミダス】白馬の王子様
まさか、あの少年が大狩猟祭に参加していようとは。
私は大狩猟祭の挨拶を終えると、ずっと探していた宝物を見つけた気分で用意された椅子に腰掛ける。
リジル・クラフト――。
そんな彼の名前を知ったのは随分と昔のことだ。
幼い頃、この王都の情勢も今ほど安定していない昔。
私は彼に会ったことがある。
それは先代の商会主である父と市に出かけていた日だった。
よく晴れた日だったのを覚えている。
「さあ、今日は久々の入荷だ! 傷の付いていない上玉ですよ! どなたか買い手はいませんか?」
大声で叫んでいたのは奴隷商の男だった。
私よりも小さい、まだ年端もいかぬ子供が奴隷として売り出されているのを見つける。
小柄で可愛らしい顔をした、銀髪の女の子だった。
奴隷の買い手の多くは貴族や富豪たちだ。
しかし、使用人として仕えることと奴隷として買われていくのとでは、その買い手も、そして扱いもまるで異なることを、幼いながらに私は理解していた。
「お父様! あの子、私よりも小さな女の子です! どうにかなりませんか?」
まだ小さい私は必死の思いで父に懇願する。
父上は、それは無理だと言った。
奴隷を買うということは、多くの出費を伴うばかりでなく、真っ当な家柄であればその名に傷を付けるという行為だ。
だから、これから王都に名を売っていくミダス商会としてそれはできないと、父は言ったのだった。
私もそのことが分からないほど愚かではない。
仕方ないことなんだ、と父は言った。
私はその言葉を自分の胸の内で繰り返す。
仕方ない。
そう、これは仕方のないことなんだ。
罪悪感から逃げるようにその場を去ろうとした時、私の耳に声が響いた。
「僕がその子を引き取ります――!」
貴族の衣装を身に着けた、奴隷の子と同じくらいの年頃の少年がそこにはいた。
少年の周りに家の者と思えるような人物はおらず、奴隷を買うという宣言は明らかにその少年の独断によるものだと窺えた。
あのような子供が当主に断りもなく奴隷を購入するということになれば、どれだけの折檻を受けるだろう。
子供だとしても、貴族の生まれである者がそのことを知らぬはずがない。
だというのに、その少年は少女の手を取ると満面の笑みを浮かべている。
それはまるで、お姫様を救いに現れた「白馬の王子様」だった。
私は自分の迷いを恥じた。
そして、自分にできることを増やし、後に父から受け継ぐであろう商会をより発展させたいと考えるようになる。
あのような状況で迷いなく決断できるだけの財力と権力を身に付け、いつかあの少年のように立派な行動が取れるように、と。
それから後に調べて分かったのは、少年はリジル・クラフトという名で、勇者一族の長男であるということだった――。
「リラ様、どうされたのです? 嬉しそうなお顔をして」
「ああ。いや、ちょっとな……」
司会の務めを終えたコレットは怪訝そうな顔で覗き込んでいる。
大狩猟祭が終わったら、あの少年とぜひ話してみたいものだ。
私はそんなことを考えて、また自然と笑みを浮かべていることに気付く。
そうして、コレットが不思議なものでも見るように首を傾げていた。
***
不穏な空気を感じたのは、大狩猟祭も折り返しに差し掛かろうかという頃だった。
「リラ様、どうなさいました?」
急に立ち上がった私を気にするコレットを尻目に、城壁から少し離れた場所を注視する。
何だ?
何か嫌な気配が……。
そして、黒い邪気と共に一匹のモンスターが現れた。
黒馬に騎乗した首なしの鎧。あれは……、
――デュラハン……!
「馬鹿な! いくら集敵魔法を使っているとはいえ、あんな高位モンスターが現れるはずが……!」
デュラハンはその一個体で都市を壊滅させると言われるほどの脅威だ。
そんなモンスターがこれだけ人の集まっている場所で暴れれば取り返しのつかないことになる。
そんな私の懸念をよそに、デュラハンは騎乗する黒馬を走らせ、城壁へと近づいてきた。
そして、手に持っていた広刃の剣を城壁に向けて振り下ろす。
「――なっ!?」
デュラハンが一撃を加えると城壁の一部が崩れ、巻き込まれた観客が悲鳴を上げていた。
「くっ! コレットは皆に避難を命じろ! あれは私が食い止める!」
私は城壁の上から飛び降り、デュラハンと同じ地平に立つ。
そのままの勢いで細剣のレイピアを構え、私はデュラハンに向けて刺突攻撃を繰り出す。
――ギィン!
しかし、虚をついたはずの攻撃は、デュラハンの剣に軽くいなされる。
それから二度三度と攻防を繰り返すが、明らかに私の方が押されていた。
――顔がないせいで視線を読めない……!
何とか決定機をと窺うが、先にそれを手にしたのは相手の方だった。
城壁から落ちた際に取り残されたのか、小さな女の子がうずくまっているのが見える。
「ここは危険だ、早く遠くへ……!」
そう叫ぶが、その子供は足を怪我したのか、立ち上がれずにいた。
そしてデュラハンが子供の方に照準を定める。
「くっ、させるか!」
私は全力でその子の元へ疾駆し、間一髪の所でデュラハンと子供の間に割って入る。
が、背中でデュラハンの一撃を受けてしまい、地面に倒れ込むことになってしまった。
デュラハンが追い打ちをかけるように手を私に向けると、黒い邪気のようなものが放たれる。
――こんなところでは死ねない、死ねないというのに。
しかし、デュラハンの放った邪気は凄まじい唸りを上げてこちらに迫ってきた。
それは諦めるに十分な威力だった。
――ああ、一度はあの少年と話がしてみたかったな。
私は覚悟して目を閉じる。
そして――、
「【スキルブレイク】!!」
目を開けた時、私の前にいたのは「白馬の王子様」だった。
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