第2章 忍び寄る影

第12話 ナルの故郷、獣人の里へ

「村の奴らの後遺症を治したい?」


 僕のかけた声に、調べ物をしていた賢者アンバスが振り返る。


 村の人たちの解呪に成功した翌日、僕はルアやナルと共に、ファーリス村の宿に留まっているアンバスの元を訪れていた。


「はい。村の人たちの呪いを解くことはできましたが、後遺症のせいでまだ満足に動けない人もいます。だから、何かできないかなと。それに、アンバスさんなら解決策を知ってるんじゃないかと思いまして……」

「そいつは良かった。ちょうどオレからも頼もうとしてたところだったしな」


 アンバスは腰掛けていた椅子をこちらに向けると、座り直して言った。


「前にも言ったように、オレもこの村の奴らには世話になったからな。何とかしてやりたいとは思ってる。ただ、呪いの後遺症の治療には特殊な鉱石が大量に必要なんだ」

「特殊な鉱石、ですか?」

「ああ。こういう、ヒールストーンって鉱石だ」


 そう言って、アンバスは懐からこぶし大の石を取り出す。

 その石は緑色で、宝石のように透き通っていた。


 その鉱石を見て、隣にいたルアが呟く。


「ヒールストーン……。私、聞いたことがあります。確か寒冷地でしか採取できない鉱石だとか」

「そう。嬢ちゃんの言う通り。コイツが大量にあればオレが加工して村の奴らの治療もできるんだが、あいにく手持ちはこの一つだけだ。だからこのヒールストーンをリジルたちには見つけてきてもらいたい」


「でも、そうなるとどこに向かえば……」

「さてな。それはオレにも分からねぇ。寒冷地で採取できるっていえば北の大地になるんだろうが、滅多に行くことの無い地方だし、詳しい場所までは分からん」


 アンバスはため息交じりに三角帽子を被り直す。


 情報が無いのは苦しいが、ファーリス村の人たちの治療ためだ。

 何とかしてヒールストーンを手に入れたい。


「そうなると、現地に行って住んでいる人に聞いてみるしか無さそうですね」


 ルアが言ったその言葉に反応したのは、意外にもナルだった。


「ねぇルアお姉ちゃん。ナル、その石見たことあるよ」


「え? 本当ですか、ナルちゃん」

「うん。ナルが住んでた里の近くに、たっくさんあった! というか里でもよく使ってたよー」


 ナルは獣耳をピンと立てて、自慢気に笑っている。


「お手柄だおチビ。そういえば、北の大地には獣人の住む里があるって言われてたな」

「これで向かう場所の問題は解決ですね」

「ただ一つ、ヒールストーンを大量に持ってくるためには、その嬢ちゃんの能力が必要だ」


「私……、ですか?」

「ああ。コイツを持てば分かる」


 アンバスは頷いて、手に持つヒールストーンをこっちに放ってきた。

 僕は慌ててそれを取るが、


「お、重い……」


 ヒールストーンは鉛のように重かった。


 なるほど。

 確かにこれを大量に運ぶとなると、ルアの持つスキル、【収納魔法】が必要だろう。


「分かりました。私もお力になります!」


「よぉし。それじゃあナルがまたフェンリルに変身するから出発だー」


 ナルの元気な掛け声に頷き、早速僕たちは北の大地に出発するための準備を整えることにした。


   ***


「リジルさん。着いて行けないのは悔しいっすけど、頼んだッス」

「はい、ドゥーベさん。まだ体が本調子じゃないんですから、休んでいてくださいね」


 僕は見送りに来てくれたドゥーベと言葉を交わす。

 村長のブライさんやアオイさん、他の村の人たちも遠巻きに声援を送ってくれている。


 呪いの後遺症で大変なはずなのに、この人たちは……。


 何としてもヒールストーンを持ち帰らなくてはと、僕は改めて決意を固める。


「賢者も付いてきてくれると思ったのに、けちー」

「仕方ねえだろ、おチビ。調べておかなきゃならないことがあるんだから」


「ファーリス村の人たちに呪いをかけた人物について、ですね?」

 僕の言葉にアンバスは頷く。


「ああ。あとはリジルから預かったこの黒い石のことも、な。とにかく、こっちのことは任せとけ」

「よろしくお願いします、アンバスさん」


 皆に出発の挨拶をして、僕はルアと共にフェンリル化したナルの背にまたがる。


「リジルさん、改めて注意点を。俺の【武具錬成】で生み出した武具は、3日経つと消えちゃいますので、気をつけてくださいッス」

「はい。ありがとうございます、ドゥーベさん」

「いえ、今回俺にできることはこのくらいッスから。それではお気をつけて」


 僕は最後にファーリス村の人たちに一礼して、村を出発した。


   ***


 ファーリス村を離れて、2日。

 ナルに乗ってしばらく進んだ時だろうか。


 もうじき獣人の里に着く、というナルの言葉を聞いた直後だった。


「リジル様っ! あれを!」


 ルアが叫び指差した方向を見ると、人がモンスターに襲われている光景が飛び込んでくる。


 ――あれは……、ワイバーン!


 人影は小さい子供で、素早く滑空している一匹の翼竜から逃げ惑っているようだった。


「ナル! できるだけ近くまで寄ってくれ! ルアはあの武器を!」

「りょーかい!」

「はい、リジル様!」


 僕はルアが【収納魔法】から取り出した武器を受け取る。

 村を出る前にドゥーベのスキルで錬成してもらっていた投擲用の槍、ジャベリンだ。


 ファーリス村にいる時に何度かスキルを試してみて分かったことだが、【命中率上昇】のスキルは効果範囲が広がったことで、離れた敵を攻撃する武器でもその効果を発揮できるようになっていた。


 ジャベリンを肩口で構え、【命中率上昇(範囲中)】のスキルを使用すると、右手の甲に浮かぶ欠落紋が赤く輝く。


 まだだ。

 もう少し――。


「今だっ!」


 射程範囲に入ったことを確認し、僕はワイバーンに向けて全力でジャベリンを投げつけた。


 勢いよく射出された槍は孤を描き、子供に襲いかかろうとしていたワイバーンの喉元へと突き刺さる。


 ――ギャアアアアアス!


 ジャベリンの直撃を受けたワイバーンは断末魔をあげて地面に墜落する。


「キミ、大丈夫かい!?」


 僕は近くまで寄って、ワイバーンから逃げていた子供に声をかける。


「ああ、助けていただいてありがとうございます!」


 子供に怪我をした様子は無く安心したが、その子供の頭に獣耳が生えているのを見つけた。


 ということは……。


「って、ナルお姉ちゃん!?」


 子供はこちらに近づいてきて、フェンリル化したナルに声をかける。


 やはりナルと同じ獣人の子供のようだった。

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