第9話 クリティカル使いの紋章剣士
「クリティカル……マスター? クリティカルって、あの?」
「おう」
賢者アンバスの言葉に息を呑み、僕は自分の右手に浮かんだ欠落紋を見つめた。
小さい頃に本で読んだことがある。
魔王との戦いで窮地に立たされる勇者。
仲間も体力を消耗し、魔王の攻撃が襲う。
瀬戸際で勇者が繰り出した攻撃は魔王の急所を捉え、戦況をも覆す逆転の一撃となった。
そんな奇跡の一撃を「クリティカル」と呼ぶ。
「通常、クリティカルってのは狙って出せるものじゃない。凄まじい威力を誇るが、運要素が強い。いわばラッキーパンチってやつだな」
「【クリティカルマスター】の紋章を持つ者は、それを意図して繰り出せる、と?」
アンバスは頷く。
「何度かスキルを使ってきて、心当たりあるんじゃないか?」
「……」
確かにアンバスの言う通り、ジャイアントオーク、ドゥーベ、フェンリル化したナル、そして先程の泥人形と、これまでスキルを使って攻撃した時には、ことごとく対象に決定的な一撃を与えることができた。
「クリティカルってのはな、単に威力の大きい攻撃じゃない。スキルにもよるが、厳密にはその行為について最大限成功に近い結果が出ることを言う」
「最大限、成功に近い結果?」
「実際に見た方が早い。リジルって言ったな。ちょっと表に出ろ」
僕たちはアンバスに促されるまま、小屋の外へと出る。
「じゃあまずそこのハゲ。こいつを全力で斬ってみな」
「え? 俺ッスか?」
アンバスがスキルを使用したのか、一匹のスライムが現れる。
何か、普通のスライムと違って銀色に光っているような……。
「何だハゲ、やけに疲れてんな? スライム一匹倒せねえか?」
「……いや、これでも俺はシルバーランクの冒険者ッスよ。馬鹿にしないで欲しいッス! こんなスライム、一撃で! ……って、アレ?」
ドゥーベはバトルアクスを勢いよく振り回したが、スライムは素早くその斬撃を躱していた。
「っく、この。このっ! いい加減、に!」
ドゥーベが何度目かの攻撃で、ようやく銀色のスライムを捉えた――、そう思われた瞬間、
――ギィン!
鈍い音を立てて斧が弾かれた。
「かってぇええ! 何ッスか、このスライム!?」
「よし、次はリジル。【命中率上昇】のスキルを使用してコイツを斬ってみろ」
「は、はい」
体格の良いドゥーベの力でも弾かれたのに、細身の僕が斬りかかっても同じじゃなかろうか。
そう考えはしたものの、僕はアンバスに言われた通り【命中率上昇】のスキルを使用し、ショートソードを構える。
右手の、クリティカルマスターの紋章が赤く発光するのが分かった。
「ハァッ!」
銀色のスライムに向かって斬り下ろすと、今度は剣があっさりと突き刺さり、スライムを一刀両断する。
「な、何で?」
「ということさ」
いや、そう言われてもよく分からないが。
「このスライムはな、オレが錬成した特殊なモンスターだ。見ての通り、並外れた素早さを持つ。一発で仕留めるのが最高なんだが、この硬さだ。決定的なダメージを与えるには、素早く動き回るこいつの中心部分を的確に攻撃しなけりゃならない」
僕は固唾を呑んでアンバスの言葉を待つ。
「通常ならそんなことがいきなり起きるなんて稀だ。しかし、お前は【命中率上昇】スキルを使うことによって、強制的にたぐり寄せちまった。『尋常じゃないスピードで動く相手の急所を的確に捉える』っていう結果をな」
「な、なるほど。それが最大限成功に近い結果が出る、ってことですか」
「そういうことだ。まあ、難しく考えなくても、超強力なスキルが使える紋章って思っとけばいい」
いたずらが成功した子供のように、アンバスは笑う。
ということは、クリティカルマスターの紋章における【命中率上昇】のスキルは、『目標を狙う』という行為について、『最大限効果のある場所に命中する』という結果を引き出すスキルなのだろう。
目標、つまりモンスターの核である魔石などを、どんな動きの中でも的確に攻撃することができる、と――。
それはすなわち、核を持つモンスターなら一撃で屠れるということだ。
とんでもない能力だった。
スキルの効果が強力だとは思っていたが、こんな規格外のものだったとは。
「でもアンバスさん。欠落紋は弱いとされてきた紋章だったんじゃ……」
「ああ、欠落紋は全部外れとか言われてるらしいな。ったく、昔は欠落紋こそが強者の証だったってのに、どこでどうねじ曲がって伝わったんだか。まあ、最近の欠落紋は弱いのが多くなっちまったらしいが」
アンバスは心底不満げに、衝撃的な事実を呟く。
「欠落紋が……、強者の証だった? それがどうして……」
「さあな。それはオレにも分からん。ただ、お前が持つ紋章が超強いってことは保証するよ。この賢者アンバスのお墨付きさ」
「……」
「おー! じゃあリジルはやっぱりスゲー奴だったんだな!」
「さすがッス! ってかそんな紋章の持ち主を追い出すなんて、勇者の一族もいい気味ッス」
遠巻きに見ていたナルとドゥーベが、歓喜の声をあげながら駆け寄ってくる。
「リジル様……」
ルアはといえば、少し涙ぐんでいた。
「ルア、そんな大げさな」
苦笑交じりに声をかけたが、ルアは首を横に振る。
「違うんです。リジル様の本当の強さは紋章やスキルによるものじゃないって、私は信じてました。でも、それでも嬉しくて……」
「……」
ナルとドゥーベも、ルアの言葉を肯定するように頷いていた。
みんな、自分のことでも無いのに、そこまで喜んでくれるなんて……。
発現した紋章がきっかけで、僕は生まれ育った家を追い出された。
けれど、今は紋章の力を認めてくれて、祝福してくれる人たちがいて……。
十分だ。
十分すぎた――。
どこか満足感のようなものを感じずにはいられなかったが、その後すぐ、ファーリス村を巻き込む大問題が発生することを、僕はまだ知らなかった。
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