第7話 紋章の謎を知る賢者、アンバス・コール

「は? ジャイアントオークの魔石……、ですか?」


 朝、酒場で受付嬢のアオイさんにジャイアントオークの魔石を買い取ってもらえないか相談したところ、そのような反応をもらった。


「あ、はは。そうですよね。フェンリルに一対一で勝っちゃう人ですもんね、リジルさん。ええ、分かってます」

「あの、アオイさん?」

「だから、これだけ大きな魔石を持ってこられても、大丈夫。驚かないです。驚いてますけど」


 アオイさんは何やら矛盾した独り言を言いながら、ジャイアントオークの魔石を換金してくれた。


 モンスターの核である魔石は、魔法などの触媒として活用される。

 概ねモンスターの強さに比例して魔石も大きくなり、大きな魔石ほど重宝されるため、ジャイアントオークのそれはかなりの金額になった。


 僕はアオイさんに礼を言って、差し出された金貨を受け取る。

 これで当面の資金は何とかなりそうだ。


 ただ、酒場に来たのにはもう一つ目的がある。


「アオイさん、これなんだか分かります?」


 僕は黒い石を取り出し、テーブルの上に置いた。

 ジャイアントオークとナルの戦闘の後で手に入れた石だ。


 いまだにこの黒い石が何なのかは分からなかったが、何か特殊な力が働いている可能性が高い。

 この際に少しでも調べておきたかった。


「何でしょうね? 初めて見る石ですが」


 残念ながら冒険者を相手にする受付嬢のアオイさんでも知らないらしい。

 ドゥーベに聞いても分からないと言っていたし、ここは一旦持ち帰るか。


「これはリジルさん。険しい顔をしてどうなさいましたかな?」

「あ、村長。いいところに」


 現れたのはブライ村長だった。

 アオイさんが黒い石を見せながら事の経緯を説明してくれる。


「ふぅむ。残念ですが私にもこの黒い石のことは分かりませぬ」

「そうですか……」


「ただ、モンスターの性質変化。確かに気になりますな……」


 そう言って、ブライ村長は髭をさすりながら考え込んでいる様子だ。

 そして、ブライ村長は何かに思い当たったように、顔を上げた。


「……リジルさん。アンバス・コールという人物をご存知かな?」

「ええ。賢者アンバスのことですよね。百年以上前、初代勇者と共に魔王と戦ったという。それが何か?」


「実は今日、この本をリジルさんに渡したくてお持ちしたのです」

 ブライさんが何やら古くくたびれた本を開き、テーブルの上に置いた。


「こ、これって」

「そう。リジルさんの右手に浮かぶ紋章と同じものです。昨日お会いした際に、どこかで見たことがあるような気がしましてな。村の蔵書庫を漁ってみたところ、見つけたというわけです」

「そんなわざわざ……。ありがとうございます、ブライさん」


 開かれた頁には、僕の持つ紋章と同じものが記されていた。

 一部が欠けた赤い紋章。

但し、それ以外の部分が掠れていて読めない。


「この本の作者がアンバス・コールなのです」

「なるほど。でも、それと黒い石にどういう関係が?」


「賢者アンバスなら、きっとこの手のことに詳しいのではないかと思いましてな。リジルさんの紋章の件もあります。一度会ってみてはいかがです?」

「え? まだ存命なんですか?」


 ブライ村長は頷く。


「彼女は俗世と関わることを嫌いますが、リジルさんならお会いしても問題ないでしょう。きっと何か手がかりをくれるはずです。黒い石のことも、そして、リジルさんが持つ欠落紋のことも――」


   ***


「大丈夫ですか? ドゥーベさん」

「ああ、大丈夫ッス。ちょっと暑くて……」


 賢者アンバスに会いに行く道すがら、ふらついているドゥーベに声をかける。

 ドゥーベの言う通りジリジリと陽が照っていて暑い日だった。


「あー。ねえリジル、何だってこんな山の中に住んでるの? その賢者」

 獣耳を力無く垂らしたナルが、抗議の声をあげる。


「それが、他人と関わり合うのがあんまり好きじゃない人らしい」

「えー、それ大丈夫? ここまで歩いたのに会ってくれないとかないよね?」


 ファーリス村からそう離れていないとはいえ、賢者アンバスと会うためには険しい山の道を行く必要があった。

 ところどころでモンスターにも出くわしたため、できれば暗くなる前に辿り着きたい。


「大丈夫だと思いますよ、ナルちゃん。先立ってブライ村長さんから伝書鳩を飛ばしていただいたようですし」

「ふーん。ルアお姉ちゃんが言うならそーかもね」


 ルアが落ち着いた声でナルをなだめている。

 道は険しいが、ルアが【収納魔法】のスキルで荷物やアイテムを持ってくれるおかげで随分と助かっていた。


「ったく、そんなに文句言うなら村で待ってれば良かったじゃないッスか」

「うるさい、ハゲちゃびん。頭が光って眩しい」

「な、何てこと言うッスか!」

「そっちも付いてきてるじゃん」

「だって気になるじゃないッスか。リジルさんの紋章のことが分かるかもしれないってんですから」

「ナルだっておんなじだしー」


 後ろでナルとドゥーベが言い合っているのが聞こえ、僕はルアと顔を見合わせて苦笑した。

 思えば、こんなに賑やかなのも久しぶりだ。


 欠落紋を発現させたことで家族からは罵られ、屋敷からは追い出されてしまったけれど、今日、この紋章の謎が分かるかもしれない。


 期待と不安。


 ルアはそんな僕の気持ちを察してか、隣からポツリと声を漏らす。

「大丈夫ですよ。リジル様」


 僕はその声に応じるように右手を握り込み、賢者アンバスの家へと歩を早めた。

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