第15話 冬空の理性に冴えわたる空風

 冬の乾いた空気を思い切り吸い込むのは嫌いだと先輩は言う。私も嫌いだと口を合わせて言う。本当は好きだけれども、それをおくびにも出さずしれっとした顔で言ってのける。


 確かに、鼻の奥がキンっとして痛い。でも、この寒空の空気を吸うとたちまち目が冴えてくる。


 だから、機嫌が良くなる。


 何故ってぼうっとしなくなるから。折角先輩とのランニングに寝ぼけ眼はよろしくない。


 これだけで私は冬空を好きだと言える。


 だから、キラキラに目を輝かせる私は、毎朝一緒にランニングをしている一つ上の先輩と楽しく気の利いたジョークや軽口を言い合える。腕の振り方を合わせることができる。走るペースを合わせることができる。先輩の指差す景色に見惚れることも、その実隠れて横顔を見ることもできる。疲れてきた私をこっそり慮ってペースを落としてくれたことにも気がついたり、それに頼るわけにはいかない、と生来の負けん気を発揮して競争することだってできる。


 そんな冬の朝だけれども、先輩と私どちらの手の方が暖かいか確かめる勇気をくれるわけではない。暑いと言ってシャツ一枚になった先輩をまじまじと見る勇気もくれない。首筋に浮かんだ汗を拭ってあげる勇気など以ての外だ。目の冴えた、目が冴えてしまった私は、冴えてしまったが故に理性的な判断しかできないのである。歯が浮くような台詞や仕草を少しでもしようものなら、凍えるほどの寒風が吹きさらし私はランニングどころではなくなってしまう。


「先輩、風邪を引いてしまいますよ? きちんと汗は拭かないと」


 故に、スタート地点へ戻ってきた私は、こうして先輩のことを気遣っている風を装う。そ知らぬ顔をして、さも当たり前のように先輩の隣に立って誤魔化す。本当はもっと見ていたいのに、理性のせいにして先輩を心配する。


 目の冴えた私ができるのはこれともう一つだけ。


「じゃあ先輩、また明日も走りましょう」


 そう言って私は家に帰って学校に行く準備をする。

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