第13話:魔王軍関係者とスライム

 「あら? 見ない顔ね。こんな人参加者の中にいたかしら?」


男の目の前に一人の女が現れる。

これまでの事を見られていたかもしれない。

ここで通報されたら彼はどうすることもできない。

だが、男は焦りもせずに……。


「道に迷ってしまったんですよ。いや~困りまった。帰り道が分からないものだから」


一応、そうは言ってみたもののこれを信じる人なんていないだろう。

これは典型的な言い訳なので、余計疑われるはずだ。

男はいつでも戦うことが出来るように準備を………。


「あら道に迷っちゃったのね。分かったわ。私が一緒に下山してあげるわよ」


「えっ…………あっ、はい。お願いします」


男には想定外の出来事だった。

良い事だとは思ったが、それが余計に男を悩ませる。

こいつは俺を倒すためにワナを仕掛けているのか?

または、お人好しなのか? バカなのか?

さまざまな可能性の中から正解を模索しなければならないのだ。


そうして、2人が数十メートルほど歩いただろうか。

森を抜け、その先にある分かれ道が見えてきた。


「ここからは分かれ道があるわね。いったいどっちに進めば良いのかしら?」


この女は道に迷っているフリをしている。

このまま進めばワナがあるかもしれない。

こいつは俺を倒しに来た敵かもしれない………という結論が男の出した考察だった。

即ち、取るべき行動は一つ。


「よし逃げ………」


「ありゃ、黒じゃん。なにしてんの?」


また人間が一人増えてしまった。




 そいつはウサギを手に抱き抱えて、男達が通った道と違う道からやって来たのだ。


「あら。明山じゃない。私はね今人助けをしているのよ。

この人森の奥深くにいたんだけど、道に迷っちゃったみたいでね。私が下山を手伝ってあげることにしたのよ………」


すると、そいつはじっとこちらを見てきて…………。


「いや違うだろう。」


……と疑いの目を向けてこちらを睨んでくる。

こいつなかなかやる奴だ。怪しいやつだということを既に見抜いている。

それに比べてこの女はまだ男の事を信じている。


「何を言ってるの? この人困ってるんだから助けたっていいでしょ?」


「こんなとこにいて、そういう言い訳をするってことは明らかに怪しい。それに真っ昼間からこんな真っ黒のマントを羽織っている奴なんてほとんど場合が悪いことをしてた人だぞ!!」


「現実と物語を一緒にしないでよ。

それにもし、そんなことが現実で起こっても絶対に悪いことをしてた人とは限らないわ」


二人の間に不穏な空気が流れ始める。




 さぁ、ここから俺と黒の口喧嘩が始まってしまった。


「大体、明山は人を疑いすぎなのよ。

だから、友達も少なくてウサギくらいしか相手がいないのよ。」


「なっ……。」


しかし、俺には否定ができなかった。

この様子を見れば、試験をサボってウサギと触れ合っていたなんて思われてもしょうがない。

だが、ここで黒に負けるわけにはいかない。


「逆にお前は人を信じすぎなんだよ。

少しは人を疑って生活しないといつか騙されるぞ!!」


「失礼ね。私だって疑って生活してるわよ。

特に魔王軍や、悪魔みたいな闇の住人の言うことは、まったく信じないわ」


黒マントの男は魔王軍と聞こえた事でちょっとびっくりしているのだが。そんなことには気づかずに二人は話している。


「魔王軍? 闇の住人?

そんなやつ見たこともないんだが、お前まさか出鱈目を言って誤魔化そうとしてないか?

いない奴の事を使って記憶がない俺の事をタブらかそうとしてるんじゃないのか?」


俺は嘘をついた。

もちろん魔王?とか言う奴には会ったことがある。

しかし、ここでは退けない。口喧嘩だとしてもこいつに負けたくないという変なプライドを持っているからだ。

一方、黒も負けてはいない。


「そんなわけないでしょ。

世間知らずにそんな事言われる筋合いはないわ。

ちゃんと魔王軍と戦ったりしたことあるもの」


予想通りだ……と言わんばかりの顔で俺は次の一言に賭けた。


「例えば、どんなやつと会ったことがあるんだ?」


黒は考えながらふと辺りを見渡してみた。困っている。

もう目が焦りでキョロキョロと動いている。焦る。理由を考えるために必死にその頭の中を回転させている。

黒は必死に例えとなるものを探して辺りを見渡している。


「えーっとそうね。例えば……………。ん?」


黒は黒マントを羽織っている男をじっと見る。

……というよりは重点的にそいつの足元に目線を向けていた。


「何見てるんですか?

俺が悪いことをしていた証拠なんて何も……。」


男はふと自分の足元を見る。

そこにはスライムが一体いるだけだった。


「…………………はっ!!」


男の顔が真っ青になっていく。

そのスライムは男を襲おうともせずに足元にくっついて来て甘えていた。


「ほらな。言った通りだろ黒」


「本当にそうだったなんて……。あんなこと言ってゴメンね。明山」


「さてと、お前は何者だ。黒マントを羽織っている男」


「返答次第では無事で済むと思わないことね」


遂に、付喪人らしいバトルが始まるのだろうか……。




 黒マントの男は一息つくと、めんどくさそうな顔をしてから言った。


「そう熱くなるなよ。まずは自己紹介からかな? 俺は魔王軍八虐の一人である。俺の名はブ………」


自己紹介の途中でぶっ飛ばされる黒マントの男。

黒の拳が思いっきり男の顔面を殴り飛ばしたのだ。


「おい、黒何やってんだよ!?」


俺は慌てて黒を止めにはいる。


「何って討伐よ?」


しかし、黒は何も思わぬ顔で俺の質問に答えた。

そんな黒の態度に驚きながらも、黒マントの男はフラフラになりながらも立ち上がる。


「お前は何だ。自己紹介の途中で殴って来やがって、礼儀と言うやつを知らないのか?」


少し涙目になりながら男は言った。それには俺も共感する。


「黒 いいか。世の中にはお約束という物があってな。

自己紹介の時とか必殺技を放つときは攻撃しちゃいけないんだよ。

だから、こういう時は最後まで聞いてやるべきなんだぞ!!」


「戦場じゃそんな事言ってる奴から死ぬんだぜボウヤ?

それに魔王軍八虐なんでしょ。

八虐って言えば魔王軍の幹部なんでしょ。

不意討ちでもしなけりゃ私たちのレベルじゃ勝てないわよ」


なるほど!!それに俺も共感できる部分はある。


「はぁ、いいか? こういう時はな」


「おい、もう話は済んだか?

じゃあ、もう一度自己紹介からかな。

俺は魔王軍八虐の一人である。ブ…………」


自己紹介の途中で殴り飛ばされる黒マントの男。


「てめぇ、さっきその女に注意して……」


「聞こえないな~。あー聞こえない。なに言ってるのかな~」


明山特製耳栓作戦である。

かわいそうな男はボコボコボコボコに殴られている。


「ちょ………やめ………なぁ、やめ………やめろよ!!!!」


ついにさんざん殴られてきた男の堪忍袋の緒が切れた。

自己紹介の途中でさんざん痛め付けられたことを彼は腸が煮えたぎりそうになるくらい怒っている。


「てめぇら許さねぇ。地獄見せてやる!!」


黒マントの男が遂に攻撃を仕掛けてきた。

今まで殴られた分、殴り返してやろうと、拳を握りしめてこちらへ走ってくる。感情に身を任せたただの殴り。

そんなもの、俺に効くはずがないというのに………。


「なぁ、黒。十円持ってる?」


「ええ、あるけど」


黒は頼まれた通り、俺に五十円玉を渡した。

力の差ってやつを叩き込んでやるつもりなのだ。


「これで終わりだ。黒マントの男。

喰らえ『十円パンチ』!!」


すると、俺の拳は見事に黒マントの男の顔面に当たる。

ゴキッという鈍い音と共に後ろに殴り飛ばされる体。

黒マントの男は殴り飛ばされて宙を舞いながら、固い地面の上に倒れる。


「自己紹介を短くして出直してきな!!」


敵を早く倒しすぎて、ちょっと俺の事を引いている黒の視線を感じながら俺はそう言いはなった。




 八虐。

こいつは予想以上に弱かったが、ホントに魔王軍幹部なのだろうか。

それとも俺が強いのか。


「そりゃもちろん俺の方が強い。アハハハ!!」


戦いは終わった。

それも、ものすごく早く。

まさか、パンチ一発で終わるとは思ってもいなかったが、これが結果だ。すると、黒は興奮しているようで、キャピキャピと心躍りながら俺を褒めだしてくれた。


「明山すごいわ。私たちこんなに早く八虐の一人を倒しちゃったわよ」


ああ、フラグだ。敵の生存フラグだ。

このように黒と俺が生存フラグを立てまくっていると。


「バカ野郎。俺がいつ負けたって?」


ふと見ると黒マントの男は元気そうにしている。


「えっ……!? 確かに明山の攻撃は効いていたはずなのに」


俺の力が足りなかったか。黒の生存フラグが炸裂したか。

どちらかなのは確実で驚くほどのことじゃない。


「悪いがもうお前らと遊んでいる時間はないんだ~」


すると、黒マントの男は呪文らしきものを唱え始める。


「『悪夢の再来(あくむのさいらい)』」


その言葉を耳にした俺たちの視界が薄れていく。

その言葉を聞いた途端にだんだん視界が薄れていくのを感じた。

まるで呪いにでもかかったように……。

目の前に広がっている光景が闇に飲まれて見える。

そして、俺達は黒マントの前に倒れた。


「お前ら運が良ければ、またいつか会えるだろう。

最後に戦ったのがお前らみたいなクズ野郎で良かったぜ」


その言葉が遠くで聞こえたかと思うと、俺達二人は意識が無くなっていった。

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