映りこんだ男
大学の映画サークルに所属している亮太は、今日も仲間達と自主制作映画の撮影をしていた。
「じゃあここですれ違うシーン撮ろうか。」
周りの迷惑にならないよう、人通りの少ない道路を選び、カメラを回す。
4年生になる亮太は、いわば監督のポジションにいる。演者やカメラマンなどに細かな指示を出しながら全体を統括している。
「カメラもう少し引き気味で、ゆっくり追いかけられる?」
1年生の春樹が返事をする。
「分かりました。すみません皆さん、もう1回お願いします。」
演者達が元の配置に戻ると、亮太の掛け声で撮影を再開する。
亮太はカメラのモニターを確認しながら、今度は上手く撮れているようだと安心した。
すると、ふいに後方の民家から1人の男が出てきた。
しっかりと画角にも入ってしまっているようだ。
「ごめん、1回中断しよう。」
亮太の掛け声に全員が動きを止めると、男が立ち去るのを待つ。
特に許可を取って撮影しているわけではないので、たまにこういったことが起きてしまうのだ。
個人的に鑑賞するための映画なら見逃せるが、今回はコンテストに応募する予定だったため、一般人への配慮は必要だった。
その男は驚いたような顔をしながら、こちらを何度も振り返ると、反対方向に歩いていった。
「よし、今の感じ良かったから、この調子でもう1回いこう。」
その後、息のあったチームワークでスピーディに撮影をしていくと、夕方には全てのシーンを撮り終えた。
「お疲れ様!これで撮影は終わり。あとは編集するだけだね。」
すると、全員でぞろぞろと亮太の家に向かって歩き出す。撮影が終わると彼の家で打ち上げをするのが恒例だった。
「いやー、春樹のカメラワークも大分よくなってきたよな。」
亮太が缶チューハイを開けながら言うと、周りの者もうなずいた。
「最初は映像見返してるだけで酔ったからな。酒の回りが早かったよ。」
周りの先輩にいじられると、春樹は顔を真っ赤にして「その話はもうやめてくださいよ。」と言った。
「さて、それじゃあ今日撮った分、見返していこうか。」
彼らの打ち上げは、ただお酒を飲むわけではなく、撮影した映像をみんなでチェックしながら意見を交換するのだ。
亮太はテレビの電源を入れると、カメラをケーブルで接続する。
カメラが接続するまでの間、夕方のニュースがテレビに写し出されていた。
女性キャスターが新しいニュースを読み上げる。
「今日の午後3時頃、練馬区の民家に男が押し入り、現金数百万円を奪って逃走しました。なお、その家に住む67歳の女性が、男に襲われて意識不明の重体だということです。」
「あれ、ここって今日撮影してた場所じゃないですか?」
春樹が目を丸くして言った。
テレビに映っているのは、たしかに見覚えのある道だった。
全員が見つめるなか、キャスターが男の特徴を読み上げる。
「目撃者の情報によりますと、男は身長180cm前後で、迷彩柄のパンツを着用。茶色のニット帽を被っていたとのことです。」
演者の女の子が悲鳴に似た声で「あの時の人!」と発するのとほぼ同時に、カメラの接続が完了した。
亮太は急いで該当のシーンを探し出すと、再生した。
人通りの少ない道路で、すれ違う2人を撮影したシーン。
その後方の民家から、迷彩柄のパンツに茶色のニット帽を被った男が出てくる。
部屋は、大勢の人間がいるとは思えないほど静かになった。
「映っちゃってるよな、これ。」
その時、玄関のチャイムが鳴る。
「誰だこんな時に。」
亮太がインターホンを覗いて返事をすると、来訪者が言った。
「突然すみません。私、映画評論家をやってる者でして…先ほど映画を撮られてましたよね?失礼を承知でお願いします。少し拝見できないでしょうか?」
亮太はみんなの方へ振り向くと、顔を真っ青にして言った。
「おい、その男、家の前まで来てるぞ。」
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