無料診断

「突然すみません。只今無料で健康診断をやらせていただいているのですが…」


「健康診断?」


弁護士事務所での打ち合わせを終えたところで見知らぬ女性に声をかけられた。


「本当に料金はかからないんですか?」


「ええ、無料で一通りの診断を受けることができます。」


最近は仕事と裁判の忙しさで生活のリズムが狂ってきている。


商店街で総菜屋を営む私は、会社員と違って定期的な健康診断を受けていないため、健康状態は気になっていた。


今日は午後の予定も入っていないため、ここはやってみることにしよう。


「それではお願いしてもいいですか。」


すると、その女性は表情を明るくして答えた。

「はい、喜んで診断させていただきます。」


案内されたのは病院というよりは個人の診療所のようなところだった。やや建物は古いが、無料と言われれば贅沢は言えない。


私は受付を済ませると身体測定に始まり血液検査やエックス線検査など、いわゆる健康診断で行われる検査を全て受けた。


「それでは、診断は以上になります。結果は来週以降またこちらにお越しいただいた際に、お知らせいたしますので。」


受付の女性から丁寧に案内されると、私はその診療所を後にした。




後日、私はまた弁護士事務所に来ていた。その日も、現在起こしている裁判についての打ち合わせだった。


私は、半年前に娘を医療ミスで亡くしていた。そのため、娘が入院していた病院に対し賠償を求めているのだ。


仕事の合間を縫って、週に何度かはこうして弁護士事務所に足を運んでいた。


打ち合わせが終わると、例の診療所へ診断結果を聞きに行った。


受付で名前を告げると、待つことなくすぐに診察室に案内された。


そこでは医者が、診断結果が書かれているであろう用紙を、神妙な顔で眺めている。


そして、開口一番こう言ったのだ。

「肺に黒い影が見つかりました。これはおそらく癌だと思います。すぐに手術が必要です。」


「え…」


ショックで言葉が出てこない。


最近は亡くなった娘のことばかり考えていたが、まさか自分が病魔に侵されていたとは。


私はとりあえず診断結果を持ち帰ると、妻に癌が見つかったこと、そして手術が必要なことを説明した。


「うそでしょ…あなたまでいなくなったら、私どうすればいいのよ。」


「落ち着いて最後まで聞いてくれ。早期に見つかったおかげで、手術で取り除けば命に別状はないみたいなんだ。」


最初は取り乱していた妻も、事情を説明すると安心してくれた。


そして、数日後に私は手術を受けることになったのだった。


*****




許せない。


私は娘ばかりか、夫の命まで奪われてしまった。


夫の手術は事前に聞いていた話だと、決して難しいものではなかったはずだ。


病院側は専門的な説明で濁してきたが、あれは単なる人為ミスなのではないだろうか。


私は夫から娘の裁判を受け継ぐとともに、夫の裁判も始めることにした。


「本当にお悔やみ申し上げます。私達と一緒に旦那様の無念、必ず晴らしましょう。」


「はい、今後ともどうかよろしくお願いします。」


私は担当の弁護士の方々に頭を下げると、事務所を後にする。


これから忙しくなるが、娘のため、夫のため、必ずそれぞれの病院に罪を認めさせてやるわ。


そんな決意を胸に歩いていると、前から見知らぬ女性が近づいてきた。


「突然すみません。只今無料で健康診断をやらせていただいているのですが…」






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