エレベーター
私がまだ新人だった頃に、勤務先のビルで起きた話だ。
仕事に慣れていなかった私は、その日も夜遅くまで残業をしていた。
「おい、下のコンビニ行ってコーヒー買ってきてくれないか?」
正直、こんな忙しいときにやめてくれと思ったが、上下関係に厳しい会社だったので笑顔で応じる。
「行ってきます!」
急いでコーヒーを買い、エレベーターで自社のフロアに戻ろうとしたとき、見慣れない中年の男がエレベーターに乗ってきた。
私が操作盤の前にいたので、何階ですかと訊ねる。
「最上階までお願いします。」
エレベーターの隅っこで顔を伏せるようにして立ち、何とか聞き取れるくらいの声量で男は言った。
私はR(屋上)ボタンを押そうとしたが、念のため訊ねた。
「屋上でいいですか?」
すると男は、「なるべく高い方がいいんです。」と答えた。
不気味な返答に困惑しながらも、私は分かりましたと答え、Rボタンを押した。
密室にはなんともいえない空気が流れ、自社のフロアにつくまでの時間が長く感じた。
ようやくエレベーターのドアが開くと、私は足早に立ち去ろうとする。
その時、男が私に向かって言った。
「あなた、私を✕✕✕✕✕✕。」
ちょうどエレベーターのドアが閉まる音と重なり、後半は何を言ったのか聞き取れなかった。
私は首を傾げながら、しばらくその閉ざされたドアを見つめていた。
仕事を再開してからも何となく落ち着かなかったが、業務に追われ、次第にその男のことは忘れていった。
翌日、いつも通り出勤すると、待ち伏せしていたと思われる2人組の警察官に突然囲まれた。
名前を確認されたので頷くと、「昨日、この男と一緒にならなかったか?」と1枚の写真を見せられた。
私はすぐにあの男だと気付いた。
「この人、夜にエレベーターで一緒になりました。たしか屋上に行ったと思います。」
それを聞いて2人の警察官は、やっぱりなという表情で目を見合わせた。
「あの、何かあったんでしょうか。」
すると警察官の1人が答えた。
「いやね、昨日この男、屋上から飛び降りたんだよ。」
「えっ」
私は言葉を失った。
まさか、あの後そんなことになっていたとは。
そういえばあの時、あの男は私に向かって何かを言っていた。
何を伝えたかったのだろう。
恐怖を感じる一方で、私の脳は男の口元の映像を何回も再生してしまう。
エレベーターが閉まる直前。
全てに絶望した男の表情。
低い声がだんだんと形になっていく。
そして、男の声が鮮明に聞こえた。
「あなた、私を送りましたね。」
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