事故の記憶
私は幼い頃、家族でハイキングに出掛けた際に、土砂災害に巻き込まれたことがある。
天気が急変し、帰ろうとした矢先のことだった。突然、頭上の土砂が私たち一行を飲み込んできたのだ。
奇跡的に私の一家は全員が無事だった。
しかし、この土砂崩れとの関連は不明ながらも、同じ山にハイキングに来ていた男性が1人行方不明になってしまい、懸命な捜索もむなしく、結局見つかることはなかった。
その日、山の周辺では土砂崩れが多発していたため、捜索範囲を特定できなかったことが原因だったらしい。
私は幼かったこともあり、事故当時の記憶がほとんどなかった。
ただ、なんとなく怖い思いをしながらも無我夢中で土から這い上がったのを覚えている。
事故から時間が経ち、私は両親によく当時の話を聞くようになった。
しかし両親は、ショックな出来事だっただろうから無理に思い出さなくていいと、多くは語らなかった。
しばらく経って、小学校のプールの授業を受けていた私は、妙な感覚に襲われた。
「ピッ、ピッ、ピッ」
体操のリズムに合わせて、先生が吹いているホイッスルの音。それが何かを私に訴えかけてくるような気がするのだ。
私は耐えきれずに頭を押さえてしゃがみこんだ。
先生はこちらの様子に気付かず、体操を続けている。
「ピッ、ピッ、ピッ」
しばらく頭を押さえていると、なぜか土砂災害のことがフラッシュバックした。
土砂から必死で抜け出そうと、もがいている自分。
やっとの思いで土から引き上げた右足。
懸命に、ふもとに向かって駆け出していく。
そうだ、あの時、確かに鳴っていた。
でも、助けずにその場を後にしてしまったんだ。
見捨てたことを言えなくて、両親は警察にも話せなかったのだろう。
必死で走る私達の背中で、
助けを信じて鳴り響いていたあの音。
「ピーーーッ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます