第118話 クロノス、分裂する。視点、シュエリー

 しまった!

空中にいるミリアさんになら、クロノスも気にせずバスターを連発できてしまう。

大口を開けた龍は、間髪入れずに光線を放つ。

転移魔法でそれらを空へ跳ね返し続けるも、クロノスは止まらない。

私が完全に魔力量を枯渇させるまで、攻撃を繰り出すようだ。

ミリアさんを地上へ転移させることもできるけど、その僅かなタイミングでバスターが地上のどこかへ衝突する可能性が0ではない。


「よっしゃ! 黒いフードの集団は倒した! 紅髪の嬢ちゃん、待ってな!」


 エレファントさんは彼女の落下ポイントで取り囲む集団をすべて、倒し終えたようだ。

彼はその場から少し離れてから、勢いよく走り出す。

そして、拾い上げた2本の槍を自身の前方に突き刺した。

槍は折れるのではないかと思えるほど曲がり、その後一気に形状を元に戻す。

その反動を使ってエレファントさんはその巨体を数メートル空中へ跳躍した。

絶妙なタイミングでジャンプした彼は、見事落下する彼女をキャッチすることに成功する。

私は彼らを援護するために、またしても転移魔法を使って攻撃を防いだ。


「どうだ金髪の嬢ちゃん、これでまだ戦えるか?」


「そうね、私はもう少し魔力量があったら残っていたかもしれないわ」


「そうか」


 機転を利かしてくれたのに、魔力量が完全に枯渇してしまった。

私は申し訳なく顔を反らす。


「さぁて、ようやくあのでけぇ竜一匹になったわけだが。こっからどうすんだ」


 エレファントさんは頭をボリボリと掻き、冷や汗を垂らしていた。

戦い慣れしているからわかるのだろう、この現状がとてつもなく窮地であることに。

避難誘導を完遂した貴族たちも駆け付けたが、時はすでに遅い。

転移魔法を発動できなくなった今、クロノスの高威力の攻撃を防ぐ手段はこちらにない。


「ハハハ! どうやら、弾切れみたいだなぁ。思い出すぜ、闘技場での戦い。

だが今度は半殺しじゃねぇ、たっぷりいたぶってやるからな。

覚悟しろや!」」


 クロノスはカリナの人器一体によって、巨大な斧を両腕に宿した。

ブンブンと頭上でそれを振り回し、上空からこちらへ猛スピードで飛来してくる。

貴族たちが魔法でそれに応戦するも、まったくスピードは落ちなかった。


「く、来るぞ! 逃げろ!」


 誰かがそう叫んだ直後、迫りくるクロノスに1匹の翼竜が突撃した。


「な、なんだてめぇ!」


 バハムートの斧は想定外の攻撃によって、的を外して誰もいない地面に振り下ろされた。

衝撃は凄まじく、バキバキと地面が割れる。

地割れがこちらまで伝わろうとしているのを察して、私達は割れた地面のどちらかに逃げた。

砂塵でよく見えないが、翼竜は血を吹いて暴れている。


「あれは、カリナさん!?」


 ミリアさんの大声が耳に入ると、薄っすらと砂煙の中で動く人影は特徴的な耳の造形をしていた。

たしかにあの耳の形、カリナだ。

視界を遮る煙が上空へすべて舞い上がると、目の前にまたしても巨大な武器が見えた。

しかし今度はカリナの腕から生えている。

そしてもう片方の手で握っているのは、くぎ?

そうか、力は面積が小さいほど多く伝わる。

あのハンマーにとってみればほとんど点みたいくぎだけど、その一点に重みが集中する。

バコンと反響するほどの大きな音が、広場一帯に響いた。

......やったの?

そう思った瞬間、バハムートは咆哮した。

カリナはすぐにその場から離脱し、私たちと合流を果たす。


「すみませんミリアさん、イヴァンを取り逃がしてしまいました」


「そうですか。でも、ちゃんと帰ってきたんですからOKです!」


「はい」


「な~に2人とも、私だけ蚊帳の外に置いてんのよ」


「すみません。あの時はシュエリーさんはとても他に目を離せる状況ではなかったので」


「冗談よカリナ。あなたが来てくれたなら、もう少し奮戦できそうね」


「ありがとうございます。一様、クロノスの背中にヒビを入れることはできたみたいです。そこを狙えば、まだ勝機が......!?」


 前を見つめていたカリナは突然、より一層表情を険しくして口を開いた。


「どうやら、勝機はまだ遠いようです」


 私はその言葉を聞いた瞬間、少し疑いを持った。

しかし、眼前で佇む巨大な竜によってそれはすぐさまかき消された。

カリナが作った唯一の勝ち筋は、奴の治癒魔法によって数秒で消滅する。

コピー能力、魔法攻撃無効化、物理攻撃もほぼ効かない。

おまけに硬い装甲を打ち破ってもすぐに治癒魔法で回復される。

敵の情報を知れば、戦いは有利になると誰かがいった。

だけど、ことこの戦いにおいては知れば知るほど不利な立場であることを自覚させられる。

私ももう魔法を1つも発動できない。

ポーションはすべて使い果たし、もう現状私ができることはなくなった。

ここにいる貴族たちと、カリナさんたちに委ねるしかない。

思いたくないけど、このままでは確実に......全滅する。


「ハハハ! そう落胆するなよゴミども。ここまで俺に善戦したんだ、もっと自分を誉めろ。ほら、ご褒美に人魔一体に2段階目を見せてやるよ」


 嘘でしょ、まだ強くなるっていうの。

巨大な麟翼を羽ばたかせた竜は、黒いオーラをまき散らし出す。


「な、なんなんだよあれは!」


 巨体はオーラによって包まれ、どうなっているのかはわからない。

しかし、黒いオーラは段々と収縮していき人型へ変形した。


「人魔一体の2段階目、それは融合する生物をもう1つ加えること。そしてもう1つ」


 人型となった黒いオーラは、隣にもう1人形成しだした。

そして増殖した1人はまた1人生み出す。

というのを何度も繰り返し、またたくまに100人まで膨れ上がった。


「そしてもう1つは魔力と能力、すべて減ることなく増殖できることだ」


 本当に、この100人全部変わらない強さだっていうの。


「さぁ、てめぇら皆殺しにしろ!」


 驚きと絶望に飲まれた私たちへ、容赦なくクロノス猛攻を開始した。

貴族の誰かは電気をまとった剣で切りかかる。

しかし、一瞬にして剣の周りから電気は消滅する。

頭を鷲掴みにされたその人は、魔弾を0距離で受けた。

黒焦げとなった顔面が地面に横たわると、私たちはもはや戦いどころではないことを悟る。

逃げなきゃ、どこまでも遠くへ。

一時しのぎで、民の命も危険に晒すことになる。

だけど、現時点で私たちがあの化け物に立ち向かえるわけがない。


「カリナ、ミリアさん、エレファントさん」


 全員、目線を合わせると言葉を言わずとも伝わったのか。

ただ頷き、走り出した。


「一時撤退よみんな!」


 そう声を張った瞬間のことだった。


「シュエリーさん、後ろ!」


 ミリアさんかカリナかわからない。

けど、どちらかの声が聞こえたと同時に私は振り向いた。

背後には、私の身体なんて軽く覆い尽くせる大きさの魔弾が迫っていた。

そして、私は何故か目の前を眩い光が包んだことにデジャブを感じながら心の中で思う。



もしかして私、死んじゃった?



 でもなんでだろう、そんな風に思っていながらも同時に安心感があるのは。

多分......目の前に彼がいるからだろう。

私が錯覚した眩い光は、魔法で作られた光の壁であった。

そしてそれは、この男が発動させているとすぐにわかった。


「シュエリーさん、今度はちゃんと股下から出ずにすんだよ」


「シュン、遅いわよ馬鹿!」


「ご、ごめん」


「ふふっ。でも、ありがとう」


「え?」


「なんでもないわよ!」


 まったく、少しはかっこいいと思ったのに。

勘違いだったわ。

でも、絶望的なこの状況だけど。

彼が来たことでどこか、好転するのではないかという淡い期待が浮かんだ。


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