第80話 シュン、1人になる

 こんなに自分の心の中から沸々と湧き出る気持ちがあるのか?

そう思えるほど、シュエリーさんの首を絞めるクロノスに怒りが溜まった。

俺は勝負がつくや飛び出し、こいつの腕を掴んだ。


「離せだ? 敗者をどうするかは勝者の特権だろうが!」


 ダメだ、こいつの目がとても理性を取り戻すようには見えない。

仕方ない、MPを過剰供給して……。


「!? てんめぇ、よくも」


 こちらを睨みつけながらも、クロノスは泡を吹いて目を瞑った。

握力が弱まり、彼女を支える自分の腕に重みがさらに加わる。

俺は観客と審判員が驚いている中、彼女を両腕でしっかりと抱えて入場口へと戻った。


「シュンさん、エレファントさんの専属の治癒魔法使いの方を探したんですが既に……」


「そっか、ダメだったか」


 俺は彼女の身体が無惨な姿になっているのを見ながらも、感情を押し殺した。

ミリアさんは口に手を押さえて、シュエリーさんの様子を案じている。


「ミリアさん、シュエリーさんも病院へ運んでもらえないかな?」


 俺にできる彼女への精一杯の手段。

ろくな魔法も使えない俺には、簡易的な治癒魔法すら彼女にかけてあげられないのだ。

彼女は何か言いた気な顔を浮かべながらも、無言でシュエリーさんを背負った。

だけど、こちらに背を向けて数歩進むと立ち止まり、こちらに声をかけてきた。


「シュンさん、もし私がここから去ればあなたは敵の中に1人取り残されることになるんですよ? やっぱり、今からでも棄権すべきなんじゃ……」


 俺は彼女が離れたと思い、壁に向かって拳をぶつけた。

自分への苛立ちと、この大会への覚悟の違いを身に染みて実感したからだ。

拳の皮が剥けるほどの痛みも、彼女の受けた苦しみに比べれば大したことないのだろう。


 俺のこの光景を見たミリアさんは、その後に言葉を紡げることなく去ってくれた。

ごめんなさいミリアさん、俺のためを思って言ってくれたのに。


「クソッ! なんでシュエリーさんが先に当たるんだ」


 膝を床につけると、自然と涙も同時に落ちた。

彼女が勝ちにこだわったのはカリナさんのこともあるだろうけど、一番はやはりランク制度を改革したいからだろう。

俺の場合、Fランクとはいえ貴族だ。

優勝してもランク制度に影響を与えるかは正直微妙。

彼女が優勝しなきゃ、意味がなかったんだ。


 でも、彼女は負けた。

そして、バスターしか使えない俺だけに……。

こんなことってあるのか?

魔闘器も一つ壊れてるし。

逃げたい!

けど、そうすればカリナさんの命も危なくなる。

それに、ギルドでの俺たちの処遇も今後どうなるかわからない。


「さぁ、勇者パーティー鉄壁の盾使いカタリナと今大会超ダークホースのバロニカが激突する! 準決勝スタートだぁ!」


 うなだれていると、耳にそう声が入った。

そうか、次の試合はカタリナさんが出るのか。

て、今そんなこと考えている訳には。


「よぉシュン。お前、決勝まで進んだくせに何落ち込んでやがんだ?」


 頭を上げると、目の前にありえない態度で接してくるあいつがいた。


「か、カリブ!? お、お前なんでここに」


「うるせぇボケ。まぁ、俺もお前のこと言えた義理じゃないけどな」


 そう言いながら、カリブは背を丸めて三角座りで戦闘フィールドを眺めた。

脱力しきってどこか哀愁を感じるが、なんか物腰が落ち着いて見える。


「お前に負けてよ、全てどうにも良くなっちまったよ。カタリナにもいよいよ愛想尽かされるって思ったわ」


「へ、へぇ」


 なんだろう、こんな落ち着いたカリブ初めて見た。

そして気持ち悪い!

離れたいけど、なんか聞いてあげないといけない義務感持ってしまう。


「勝負ってどんな?」


 つい話に乗ってしまった。

そう問いかけると、彼ははぁとため息をついた。

そのあと口を開き、内容を語った。

なんでも、俺に負けたらカタリナさんの言うことを1つ従うというものらしい。

で、カリブはあの試合の後カタリナさんにあることを言われたようだ。


「あいつよぅ、昔俺がいじめっ子たちから助けてあげたこと、ずっと覚えていやがったんだ。

俺は喧嘩ができるからやっただけなのによ。

でよ、あの時からずっと俺のこと好きでよ。

どんな形でもいいから一生そばに置いて欲しいって、そういったんだよ」


 あぁ、カタリナさんがカリブから離れようとしなかったのはその過去があったからなのか。

カリブは膝の間に顔を埋め、鼻水を啜った。


「俺、俺今まで本当酷いことしてきてよぅ。

ブスは俺だよ本当、クソっ」


 カリブ……お前。

俺は別に、こいつのことを許そうと思ったわけではない。

だけど、彼の肩に思わずを手を置いてしまった。


「カリブ、ならカタリナさんの試合ちゃんと見てあげようぜ」


 そういうと、目を充血させて鼻水を垂らすカリブの顔が現れた。


「あぁそうだな。あいつ、俺の分も頑張るって言ってたしな」


 励ましてみたものの、正直勝敗は予想がついてしまう。

だけれど、シュエリーさんへの酷い仕打ちは恐らくないだろう。

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