第65話 シュン、巨体に救われる

「あの、あっちが治療ルームじゃ......」


「あちらは他の出場者が利用しております」


 やっぱり、こいつらもイヴァンの手下か。

ダメだ、腕が痛すぎて身体に力が入らない。

俺(シュン)は強制的に、看護服をまとった2人の男たちに歩かされていた。


「さぁ、こちらの部屋へどうぞ」


 扉が開くと、その部屋の四隅に魔力無効化の札が貼られていた。

ここに踏み込めば、確実に殺される。

俺は力を振り絞り、脚の魔闘器にエネルギーを溜める。


「おい、捕まえろ! 逃げようとしてるぞこいつ」


 一瞬浮遊するが、すぐに捕縛された。

拍子に頭を打ってしまい、脳が揺れる。

視界がぼやけて、もうまともに動けねえ。

ここで本当に終わるか?

シュエリーさん、あの日話たことは......やっぱり絵空事になってしまうのかもしれない。


「お~い! おまえらどこほっつき歩いてんだ!」


 この野太い声は、もしかして......。

顔はブレてわからないけど、天井すれすれの巨体は1人しかいない。


「エレファント!? お前、なんでこっちのゲートに来ているんだ」


 看護服の男たちは、巨体の前に後ずさる。


「なんでってそりゃあ、こいつに用があるからに決まってるだろう?」


 俺の頭はまるでリンゴでも握るように、エレファントの手に包まれる。

潰されるんじゃないかと冷や汗が出たが、見当違いだった。


「ちょっと力入れりゃぺしゃんこになりそうな頭だなこりゃ。

だが、こんなかに詰まっとる脳みそでわしに勝ったんだもんなぁ。たいしたもんだ」


「ち、逃げるぞ!」


 イヴァンの手下が逃げると、エレファントは鼻で笑う。


「ふん、弱った奴しか相手にできねぇとは気に入らねぇな」


「助かりま......」


 安堵からか、俺は意識を失った。



__模擬戦最終日、酒場__


 夢か死んだのかわからないけど、鮮明に記憶が蘇る。


「あへぇ、エールもう一本!」


 あの日、シュエリーさんは前祝いだといってがぶがぶと浴びるほど飲んでいた。

喉にゴクゴクと酒を美味しそうに通す彼女に「飲み過ぎ」と、いうのは

無粋というものだろう。

だが監視の目はあるから、俺は水を多めに含んでいる。


「ねぇ、王に謁見するために大会で優勝しようってのはわかったんだけどさ。

直談判とかっての無理なのか?」


 そう、イヴァンの悪事を暴くというなら他にも手段はあるはずだ。

わざわざ難易度の高そうな方法を選ばなくてもよいはず。


「そうね、私はイヴァンだけを倒したいわけじゃないの」


「というと?」


「この国は数年前から腐敗が酷くなったでしょ? 貴族が民のことを考えないで、ひたすら自由な生活をしたおかげでね」


 うぅ、俺にも刺さる言葉を......。


「それとこれにどう関係があるの?」


「つまり、あのクソじじいを倒したところで似たような奴がまた湧いて出るってことよ」


 そうか、イヴァンを捕まえてもらっても意味がないんだ。

ギルドのランク制度は貴族にとって都合がいいシステムだから、ポストが抜けても欲深い誰かがまた悪さをする。

そうなれば恐らく、また俺らは狙われる。

ん~、どうしたもんかぁ。


「そこでよ! ギルドの評価では雑魚同然の私たちが、優勝したらどうなると思う?」


「どうなるって、別に何も変わらないんじゃ......」


 そう言いかけると、シュエリーの指が口を塞いだ。


「変わらせるのよ! このままじゃどれだけ頑張っても、私たちは惨めな暮らしよ。

優勝したらきっと、何か起こるはずよ」


 あの時は酔っぱらって気分が良くなって、適当に言ったのかもしれない。

けれど、ランク制度に苦しめられてきた俺にとってはどこか心に残った。

役立たずと言われ続けた自分が優勝したらどうなるか、その目で見たい。


だから......こんな所で倒れてる場合じゃない!

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