第61話 Fランク冒険者シュンVS道場破りエレファント!前編

「さぁ! 第1試合がもうすぐだぞぅ!」


 マナフェスの声が会場中に響き渡る。

俺(シュン)は、戦闘フィールドの入場口で魔闘器の最終点検をしていた。


「あーあ、まさかスマインと当たるとはねぇ。ま、何かしら仕掛けてくると思っていたけど」


 シュエリーは背後から現れ、壁に寄りかかってこちらを見つめる。


「あはは、俺はそれどころじゃないんだけどね」


「あら、ビビってるのかしら?」


「当たり前だろ」


「安心しなさい。この一か月であなたは、私よりは劣るけどかなり強くなったから」


 そういうと背中を思い切り叩く。

でも確かに、今はこの足と腕に装着した魔闘器を使えば俺でも戦えるってわかった。


「行ってくる」


 深呼吸をしてゲートをくぐると、罵声が飛び交った。

あちらこちらから「弱そう」、「Fランクなのによく出れるな」というセリフに嘲笑が加わる。

今までの俺なら、こういうのを避けるために逃げてきた。

だが、偶然でもこんなみんなが見ている中で戦うことができる。

強くなった自分、そして家の名誉を取り戻す絶好の機会。

馬鹿にされればされるほど、だんだん緊張がほぐれる。


「さぁ! Fランク冒険者シュンと戦うのはこの男! 100の流派を滅ぼした、道場破りの鬼エレファント!」


 司会のマナフェスがかすれた声でそう言い放つと、ドシンと重量のある足音が断続的に響く。

こちらから向かい側にある、もう1つの入場口から天井と頭がすれすれになるほどの大男が出現した。

その巨漢とほぼサイズが変わらない、巨大な斧を振り回している。


「でけぇ、オーガと変わらないんじゃねぇかあいつ?」


 最初の騒がしい場内はどこかえ消え、ひそひそと話し合う観客たち。

恐らくいかついエレファントの顔と巨体を見て、下手なことを言えなくなったのだろう。

俺も正直、生唾を飲み込むほどには冷や汗が湧いた。


「おどれがわしの相手か? 悪いぃが手加減出来ねえから勘弁しろ? 腕の一本は飛ぶかもしれねえ」


 この試合は両肩と頭についた紙風船を割れば勝利だが、相手を殺さなければどんな手を使ってもいい。

基本的に頭や心臓を貫かなければ、救護班の治癒魔法で完治する......高額だけど。

あの斧の重量じゃ、手加減しても無事じゃ済まないだろうな。

でもまぁ、どんな相手が来ても降参する気はないけどね。


「うん。俺も手加減しないから」


「では、第1試合......はじめっ!」


 マナフェスが持っているゴングを叩くと、その瞬間から会場内の空気が変わった。

エレファント、たしかに強そうだけどあの巨体と斧なら目を凝らせばいける。

ズシリズシリと歩みよる巨体に、俺は全神経を集中させた。


「格闘術......モジュレーション!」


 エレファントがそう口にすると、一瞬で巨体は数歩前へ移動した。

速い、あれは格闘スキルの一種か?

と思えば、今度は踏み出す一歩がとてもスローに見える。

なんだこれは、攻め込んでくるタイミングがまったく読めない。

困惑していると、間合いに侵入されていた。

やばい、構えないと......。


 そう思った時はすでに遅かった。

左腕を斧の一振りで持ってかれる。


「ははは、てめぇ雑魚だなぁ。

こう思っているだろ今、なんであの図体の攻撃を避けられなかったんだ俺はってなぁ」


 あぁ、助かった。

切られた瞬間、麻痺しているのか痛いというより熱い感覚だけ残る。

これ自分の血だよな?

俺の身体って、こんなに血が入ってたんだ。

ぽたりぽたりと垂れる血液に、俺はなぜか他人事のような感覚を受ける。


「おぉっと! 早くもシュンは腕を切られ、左肩の紙風船が潰されてしまったぁ! もう勝負はついたかぁ!」


 やばい、覚悟決めて挑んだのにもう負けるのか俺は。

いや、そんなこと考えるのもギリギリだ。

血が垂れすぎて意識を保つのが難しい。

戦うどころの問題じゃないぞこれは。


「シュン! 止血しなさい早く!」


 あぁ、うっすらとシュエリーさんの声が聞こえる。

そうだ、早く止めないとこれ。

でもこれ、どうやって止めるんだ?

服をちぎって撒いてみたが、染み出してくる。


「は~あ、あの貧乏一家の1人息子が出場するっていうから見に来たけど。こんな弱いのかよ、つまんねぇ」


 誰だよ、俺の親父たち馬鹿にしたやつ。

俺は観客席を見渡した。

そっか、誰かじゃないんだ。

ここにいる貴族全員が、親父のこと笑っていた奴らだ。


「お、まだやるのか雑魚ガキ。いいぜ、その根性は気に入ったわ」


 エレファントは再び斧を構える。

俺は、右腕を切り口に当てた。


「ははは、あいつ血迷ったか?」


 観客の誰かがそう言い放ったと同時に、光の柱を空に飛ばした。

よし、バスターで血止まったわ。

これでまだ戦える。

俺が石ころを拾い上げると、周囲は小風が耳に入るほど静寂と化した。

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