きっと気のせい

@uni_pega777

きっと気のせい



「恋」に、したくなかった。


 俺はアイツのことがとても好きだった。それはもうとても。とても、好きだった。もし彼に「付き合って」と言われたら喜んで付き合ったし、どんなに甘えられても、距離が近くても、どこを触れられたって拒否しない自信があった。そして彼が他の誰かと仲睦まじく話をしていることが嫌で嫌でたまらなかった。俺だけを見てほしい、とまでは思えなかったけど、その光景を見る度に胸がザワついて仕方なかった。

 そんな状態にでもなれば誰だって頭に過ぎるのは「恋」という漢字だろう。実際俺は何度も何度もその言葉を浮かべては、否定したり肯定したりして、常に彼の傍に置いてきた。

 だけど、どうしてもこの宝物のような気持ちを、「恋」に、したくなかった。

 こんなに嬉しいのも、胸がきゅうと締め付けられるのも、照れくさいのも。激しく嫉妬して心の内で龍が暴れ回るみたいな感覚になるのもはじめてだった。だからこれは、アイツがくれた宝物だと思った。唯一無二の、俺からアイツに向けた大切な気持ち。それを、薄っぺらい一般論に倣って「恋」なんて名前をつけることがどうしても嫌だった。俺のアイツへの気持ちはそんな名前の付けられるものじゃない。


 そんな理由をつけて、俺は、この気持ちに名前をつけることをしなかった。












 そしてその日、彼の隣には、可愛らしい女の子の姿があった。



 …………聞いてない。彼女ができたとか。でも、多分、いや、絶対、そうだろう。あの顔は、恋人同士の仲睦まじい笑顔だ。

 心臓が張り裂けそうだった。

 彼女。そうか。彼女。そうだよな、いるよな。彼女くらい。お前はカッコイイし、優しいし、前々からちょっとモテてたのも気づいてた。だけど今は女の子に興味はないと、思って、いた。

 だから、俺は。

 だから…………………………………。

「…………いや、違う。」

 違う。きっと違った。

 そう、そうだ。ああ、目が覚めた。いや正気に戻ったと言うべきか。

 恋というものは日常で最も有り触れた洗脳だと言う。あるいは脳のバグとも。

 きっと俺は、感じた気持ちを心のどこかで一般論として「恋」に当てはめていたんだ。だから、それに洗脳されてて。それで、あんな非日常的な感情を、まるで本当に自分が感じているかのように思ってしまったんだ。

 あぁ、うん。そうだ。きっとそうだ。

 ていうか俺、恋愛対象多分女の子だし。普通に。

 ああすっきりした。これでもう心を無駄に動かされることは無い。平和な日常に戻ってきたんだ。

 そう、これは、恩のあるアイツに抱いた当然の好意を、脳がバグって恋愛感情として認識してしまっただけだったんだ。そういうことだ。

 気のせいだったんだ。

 気のせい。

 ………………………そう、きっと。

 きっと……………………………そうなんだ。


 気のせい………………………、…気のせい…だと、思わないと。




 この、今も煌々と主張する唯一無二の気持ちが。

 一番しっくりくる名前を、もうつけられない、名無しの想いが。


 虚しくて、たまらない。

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