第3幕:無職、最前線へ行く




「―――凄いんだね……ハクロちゃんは」



 それは、嵐だった。


 そう、生きる嵐だ。

 私を避けるように、周りを吹き荒れる極小の厄災。


 魔物が次々に斬り倒されて。


 私は、ただ歩いているだけ。


 巨大な剣を片手で振り回し。

 ある時は、両手で振りかぶって、自分より遥かに大きな魔物を両断する。 


 そんな戦いを続ける少女の前に。


 

「―――ウウウウゥゥゥゥゥゥ……ッ!!」



 紅く逆立った体毛。


 小柄ながら、恐ろしく俊敏な動き。

 彼女が今まで戦っていた魔物たちのヌシらしき狼が現れて、威嚇するけど。


 当のハクロちゃんは。


 一度剣を収め、両手を広げる。



「仲良く……しよ?」

「ウウウゥゥゥ―――ァァァァア!!」



 ―――まぁ……無理だよね。



 真っ直ぐに襲い掛かってきた狼。


 その口から吐き出される大炎弾。


 ……その魔法ごと。

 一瞬、次瞬と、コマ送りのように二つを両断する大剣。



 剣を収めた少女は。

 何処か、寂しそうな顔をしながら私に向き直る。



「………仲良くなれなかった」

「仲間を倒しちゃったからね」

「……ん。反省」

「でも、ハクロちゃんが先んじて仲間を倒してくれなかったら、私がドックフードになってたし?」



 選択としては。

 何も間違えてない……筈。



 ―――彼女は、本当に強いんだ。



 恐らくは……ううん。

 私が出会ってきたPLの中でも、一番強い。

 それこそ、TPの一角であろうレイド君や、マリアさんの護衛さん達よりも。


 私が私の物語を歩んでいるように。

 他のPLも、それぞれの物語があり、進んでいて。

 強力な武器を見つけたり、公にされていない職や種族を見つけたり、世界その物を開拓したり。


 それぞれが、それぞれ。


 大冒険をしているから。


 ハクロちゃんも、そんな一人で。

 究極の一を体現しようとしている子なんだね。



(……それにしても、強すぎる気がするけど)



 現在地は。

 帝国から見て、南東側の街道。


 古代都市へ連れて行くと。


 言われたのが、つい先刻。


 同じ王国領の海岸都市にワープし。

 そこから二人で歩き始めて、街道を進んでいる訳なんだけど。



「ホッ――ホホッ……ウホ」


「ルミ」

「うん。私、大人しくしてるね?」



 再び剣を抜き放ち。


 彼女が相対したのは、ゴリラのように大きな魔物。


 幸い、数は一匹だけど。

 力が強い上に。

 本来、ゴリラにはない筈の発達した尻尾を鞭のようにしならせて攻撃してくる。 

 

 魔物の放つ、変則的な横薙ぎ一閃を。

 地面すれすれの前傾姿勢で回避――突進し、両断と。


 またも、無傷で勝利。


 回避特化の言葉に違いなしだ。



「――ハクロちゃん。あの魔物は?」

「マキシムエイプ。燻製とか、シチューで出る。食べたけど、美味しくなかった」



 ……………。



 ……………。



 ふむ……美味しくはない――と。


 獣臭そうだし。

 燻製だと、体毛が残っているかもしれないね。


 でも、アレがマキシム・エイプさん。

 商業都市で売っていた珍味さんじゃないか。



「じゃあ、あっちは?」



 ここまで歩いて来たけど。

 何時の間にか、辺りからは魔物の姿が殆どなくなっていて。


 鎮座していたのは……大猪。


 大型で筋肉質のイノシシだ。



「レッサーカリュドン。結構うまいぞ」

「美味しい」

「丸ごと出される」

「それはまた、豪勢な――ふむ……?」



 ……………。



 ……………。



 ―――あ、そうだ。

 


 何処かで見た事あるなと思ったら。

 あれ、トラフィークの森に居たボス猪さんだよね?


 もう、もぶきゃら墜ち?


 それとも親族さん……?


 物語の後半では。

 最初期のボスが、普通に出てくるようになるとは聞くけど。



「かなり強い筈だけど、大丈夫かい?」

「ん、頑張る」


「―――ブモッ――オオォォォォォ!!」 



 気合いを入れる少女。

 

 同じく猛り狂う大猪。


 互いに、一目散に相手へ距離を詰め。

 巨大な牙を繰り出す攻撃に対しては、大剣の平で往なし。


 猪突な猛攻は、冷静に回避。



「―――ンッ……!!」

「モモモモモモモモモッ」


 

 何度目かと、交じり合う大牙と大剣。


 しかし、今回の彼女はそれを往なさず。


 力関係は明白で。

 本来なら、吹き飛ばされる威力。


 ……でも、彼女の場合は。

 逆にその衝撃を利用して。

 己の剣を支えに、高跳びもかくやのアクロバティックな動きで空中回転すると。


 そのまま。


 背中に飛び乗る。



 ……………。



 ……………。



「―――ブモオオオォォォォォォ――――ッッ!!?」



 ……………。



 ……………。



「――皮、皮……肉塊。皮、皮、蹄……大肉塊」



 慣れた動きで猪を斬り裂き。

 ポリゴンと消えた魔物のドロップ品を確認する少女。



「良いモノは出たかい?」


「――普通。いつもと変わらない」

「そんなに狩ってるんだ」

「ここら辺のヌシって聞いた。都市にやって来た事ない奴が来ると、現れる。だから、偶に手伝う」

「―――あぁ、そういう事なんだ」



 もぶきゃら墜ちじゃなくて。


 門番として、ここに居ると。


 

 ……じゃあ。



「もう、入ってるのかい?」

「……ん、安全圏。ここからは古代都市の領域だぞ」




   ◇




 道路全てが石畳に舗装され。


 整った印象を与える大都市。


 【古代都市:アンティクア】

 現在、攻略の最前線とされる王国領だね。


 私は多くを知らないけど。

 前のクロニクルが行われた際には、防衛戦の一つに指定され、魔族の軍勢による襲撃を受けたとか。


 治水も発達しているのか。


 涼やかな水路も通ってて。


 ……テルマエ……? 

 どうやら、温泉設備があるらしくて、大々的に広告されているよ。


 他にはない新鮮な特色。


 遺跡というロマンの街。



「――うん、良い都市だ。やっぱり、モデルなのかな。ちょっと水路が多めだけど、ローマを思い出すね」

「行ったことあるのか?」

「所用でね。あの時は、向こうから招待されて――そうだった」


「ん?」

「この後、どうする?」


 

 街には入れたから。

 これからは、いつでも来れるという事だけど。


 そろそろ、時間も迫ってるし。


 睡眠不足にならない為には、引き時が肝心。



「観光――と行きたいけど。一度、ハクロちゃんの拠点に戻るかい?」

「……ん。そうだな」


 

 そういう意味でも。

 お世話になった彼女のやりたい事を優先するのが良い大人だ。



「じゃあ、こっちだぞ」

「大通りだね?」



 彼女が進んで行くのは大通り。


 脇道へと入って行く事もなく。


 悠々と、進んで。


 向かうのは、拠点だと思うけど。

 だんだん近づいてくるのは……都市の中央部かな?


 どの都市であろうとも。

 領主が存在しているのは、中央にある一際大きな建造であることが多くて。


 その精緻な造りが見やすいほどに近づく。


 どこの都市もそうだけど。

 中央ほど建築が見事で、宿泊費とか家賃も高いんだよね。



「中央区は、やっぱり大聖堂みたいな大規模建築が多いね」

「ん。見飽きた」

「拠点も賃貸だと高いだろう?」

「んん……? 知らない」

「何と。家賃無料……? 凄いね。領主館の近くに、そんな良い物件が――」



 ん……まだ内側に?


 まだまだ、中央に?


 おかしいね。


 これ以上は、立ち入り禁止区画。

 領主のいるとされる砦や居城、その周辺は特別なクエストの進行やイベントでもない限り、入ることが出来ないと聞いている。


 実際、トラフィークもフォディーナも。

 私は都市中央に存在する領主館に足を踏み入れたことは無いのに。


 目の前にそびえ立つのは。


 まさしく、中央にある城。



「―――ハクロちゃん。これは?」

「ハクロはお客さんだからな。自由に入って良いってプシュケから言われてる」



 ―――プシュケ……?


 お偉いさんの名前かな。


 もしかしたら。

 この都市の領主様な可能性すらあるよね。



「――あれは――衛兵……騎士さん?」

「ん。門番」



 進んで行く程、警備は厳重で。

 重厚な鎧を纏った彼等は、およそ兵士というより騎士に近いいでたち。


 堀で囲まれた城塞。

 横たわる木橋の上を通っていくと、城門が大口を開け。


 控える門番に構う事なく。


 彼女は、中へ入って行く。


 ……まるで、止められないね。

 ハクロちゃんがPLなのは間違いない事だし、信用もしている。

 だから、その言葉を疑うようなことはしないけど。


 これは、また。

 随分と面白いことになって来たよ。



「……ルミ、お城――嫌いか?」



 キョロキョロする私が気になったのか。


 彼女がこちらを見上げてくる。



「そんなことはないよ。住みたくはないけど」

「……嫌い?」

「見学する事と住むことは違うからね。やっぱり、お城暮らしってちょっと不便だろう?」

「んん~~ん……ん?」


「廊下長いし、部屋多いし、知らない人とすれ違うし」



 床も凄く硬いし。


 お手洗い遠いし。


 部屋につくまで寛げないし。



「……ん。ふべん」 

「そう、不便だよ」



 見上げる彼女へ朗らかに返し。

 そのまま、二人で並んで石造りの大きな建築に踏み込んでいく。


 なに、お城に行くのは初めてじゃない。


 見学となれば大興奮。


 一度、領主館に入ってみたいと思ってたし。

 入っても良いというのならば、是非ともお呼ばれしようじゃないか。 

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