第7幕:対策会議は自宅で
郊外にある古風な一軒家。
和やかな雰囲気のある自宅に。
ワイワイと。
賑やかな声がこだましていた。
「……では、始めようか。初クロニクル対策会議。――ちょっと席を外しても?」
「
「うん、了解。何をしでかすか分かったものじゃないからね」
「「お縄につけぃッ!」」
「ワ~! 何をするだぁッ!?」
「不埒な真似はいけませんよ? 将太君」
何故か準備されている縄が飛び。
拘束されるショウタ君。
やけに手慣れているね。
早業というべき、鮮やかな手並みだ。
……とは言え。
流石に、物色はしないと思うけどね。
改めて部屋を見渡していたのはワタル君。
彼は感嘆の溜息を洩らしながら。
私へと向き直る。
「本当に、広い住宅ですね」
「祖父母から継いだものでね。数年間空けていたんだけど、何時の間にか掃除されて、ベッドが買い替えられて、棚にお酒が詰まっていたんだ」
「……座敷童?」
「どういう事なんすか? それ」
ちんちくりんに違いはないけど。
どちらかと言うと…うん。
社畜童だね。
会社に住み込むっていう妖怪。
現代では、無視できぬ社会問題だ。
「ついこの間も家に遊びに来てね。お酒とおつまみを勧めたらすぐにコテンさ」
「呑んだくれの座敷童とか嫌だわ」
「本当に居るんですね…」
「ねぇ、座敷童ってさ?」
「確かにそんな感じか」
「……神出鬼没で、奇想天外ですからね」
前者二人とは対照的に。
うんうん頷いている三人は。
トワの事を良く知っているからね。
「俺も…思いますね」
「「何を?」」
「一人暮らしの女性の家って、夢が壊れるかとも思ったんだが……。流石っスわ」
「ふふんッ。ルミねぇは綺麗好きだもん」
「芳香剤の趣味も良いですよ」
「二人とも? 私の家事情を赤裸々に語らないで?」
なんて恥ずかしい話を。
女性同士、暗黙の了解とかで、異性の目があるところでそういうのはいけないと思うのに。
どうしてそんな。
お仕置きが必要かな?
「ねぇねぇ、優斗はどう思う?」
「…知らん。そんな事より、攻略の話だ」
「うん、それが良い。私の話は、またそのうちすることにしようか」
「うむ? ま、そうだね」
「今回の趣旨はそっちですからね」
気恥ずかしそうに眼を逸らすユウト。
でも、助け舟に違いはない。
これを好機と。
私も、話を逸らしに掛かり。
ワイワイと話し始める皆。
その話題は、主に攻略面に傾倒しているようだ。
「もっとレベル上げたいよね」
「だな。最上位陣なんて、3rdの半ばまで行っている奴らもいるみたいだし。廃プレイヤーとはいかなくても、レベルはあって困らない」
「良い狩場がなぁ……?」
「難しいですねぇ」
3rdの半ばとなると。
累計で、50レベル近くなっているのかな。
……私と比べちゃダメだね。
何せ、凄く上がりやすい職業で。
【フォディーナ】まで護衛してもらって、ようやく9レベルだ。
レベルが上がれば当然に必要な経験値は増えるだろうし、何十倍、何百倍と戦いに時間を使っているに違いない。
他人は他人。
私は私の楽しみを見つけるのさ。
「皆なら結果を残せるかもね。――テスト迄は、まだ期間があるけど。そちらでも結果を残してくれることを期待するよ?」
「「……あーい」」
「でも、うちには優斗がいるから」
「クラス点を上げるために私たちも頑張りましょうか。ルミ姉さん、ここを教えてもらって良いですか?」
エナに声を掛けられて席を立ち。
彼女の隣へと腰を下ろす。
どうやら。
勉強しながら話すみたいだね。
真面目な少女は健在で、実に感心だ。
「――あのッ! こっちも分からないところが!」
ほう? ショウタ君もかい。
意欲があって、大変に結構だね。
じゃあ。
ちょっとそちらに失礼して…。
―――おや。
「さぁ、将太君や」
「分からないことがあるのなら、僕たちが指導してあげよう」
「……いや、結構っす。御自分の方をどうぞ」
「ルミさん。こっちは、僕たちが」
「気にしないでくれ」
「おや、そうかい? そういう事なら、私はナナミたちを見させてもらおうかな」
あぁ、考えてみれば。
男の子同士の方が気を使わなくて良い。
ユウトは教えるのも上手いし。
ワタル君も、成績が良いらしいし。
ここは私の出る幕ではないということで。
エナとナナミに向き直り。
改めて再開しようとすると、女子二人が私の表情を伺っていることに気付く。
その視線は複雑なものだけど。
後ろ向きなものは混ざっておらず。
何か、変なことをしたかな。
「……ルミねぇ」
「んう?」
「……いえ、何でもないです。ルミ姉さんは本当に変わらないんですね」
褒められている?
それとも。
呆れられているのだろうか。
ペンを握った二人に乞われるまま。
再び私は教師としてのモードに移行する。
若い女性教師…うむ?
小学校以外では久しく見ないけど。
眼鏡が必要かな。
あと、指示棒。
部屋の中には和やかな談笑とペンの音…そして。
ショウタ君の悲鳴がこだますることになった。
◇
―――あれから、暫くして。
「お疲れ様、皆。御一つ如何だい?」
「クッキーだっ!」
「…手作り、なんですか?」
「うん。こういうのに手を出しててね。道楽とばかりにバターをたっぷりと使ってみたんだ。口に合えば良いのだけど」
「「勿論、頂きますッ!」」
昨今の乳製品は高いからね。
どうしても植物性に行きがちだ。
でも、やっぱり。
本物のバターは違うよ。
何が違うって……
「うめ…うめ……うめェ」
「おかわりもあるよ」
「お代わりあるのッ!? ルミねぇ!」
「勿論あるとも。甘党ばかりの幼馴染のために、張り切って作ったんだ」
ナナミとエナは見た目通りそうだけど。
これで、ユウトも甘党だから。
勉強で疲れた脳に糖分を補給させるためにも、沢山与えるとしよう。
飴と鞭の使い分け。
もしかして、今の私。
凄く出来る教師かもしれないね。
「――あ。この紅茶、凄く美味しいですね」
「やっぱり? 私もそう思う」
「私が見つけた一番美味しいブレンドでね。ディンブラが強く出ているけど…っと、今は脳を休ませないと。苺と桃のフレーバーもあるけど、お代わりもいるかい?」
「……イチゴ!」
「飲みたーい! ――お代わりィ!」
タプタプになりそうだね、お腹。
……そう言うと思って。
既に、容器も持ってきているよ。
この缶が中々に硬いんだけど…むむ。
「なあ、優斗。ディンブラってなんだ?」
「……うん。気になるね」
「多分、茶葉の種類だろ。俺もダージリンとアールグレイくらいしか知らんが」
複雑だからね。
その二つも、種別が全く異なるんだ。
敢えて知る必要なんてなく。
美味しいと思ったものを飲めばいい。
私も、自由に。
すきにやらせてもらうからね。
そう…すきに。
この隙に、やらせてもらうとも。
「シロップもあるよ。私は取り敢えず一つ――おや?」
「「…………」」
茶色で満たされたグラスへ。
甘いあまいシロップを入れた筈なのに。
おかしいね。
紅茶が、ただの水に。
「……ねぇ。ルミねぇ。それのタネは?」
「科学の話さ。紅茶に見える色はヨウ素で、ガムシロップはチオ硫酸……はさておき、化学薬品だから飲んじゃダメだよ?」
「――え? じゃあ、それ全部」
「このシロップは、隠していたのを出しただけだから、そっちは安心して使うと良いよ」
籠ごと出したガムシロップを薦めるけど。
未だポカンとした空気で。
グラスの中にある透明な水とにらめっこ。
可愛らしいだろう?
「――あの、ルミ姉さん」
「んう?」
「これは、ヤバいっすよ?」
「今ので、勉強したこと忘れちゃったかも」
「……む、それはいけない。本当はマロウブルーっていう面白い色の紅茶も見せてあげたかったんだけど…次の機会にした方が――」
「「見ますッ!!」」
「じゃあ、勉強も思い出さないとね」
「完全に掌だな、こりゃ」
その通りだよ、ユウト。
君たちは、既に私の術中…お茶会の魔術に嵌っているのさ。
ふふ…悪い大人だね。
こうやって学習意欲を刺激するのは実に面白い。
紅茶を飲みつつ菓子を摘まみ。
皆に乞われるまま、余興を披露する。
何時しか、皆たぷんと。
重いお腹をさすり始めて。
「いやぁ、食った食った」
「…飲んだねぇ」
「あぁ、腹一杯で眠く――そう言えば、狩場の話ってどうなったん?」
「「あ」」
「ありゃ。そういえば、そうだったね」
ショウタ君が思い出したように呟き。
皆が思い出したように。
声をあげ始める。
「完全に失念してました」
「もう、後は寝るだけだとばかり」
「ナナミさん? ここ、ルミさんの家だよ」
「でも、ルミねぇならベッド貸してくれそうだし? あ、私、食後の膝枕を所望します」
やっぱり、コレ。
ナナミはトワの影響を受けすぎたかな。
膝に頭を預け。
睡眠モードな少女。
人前で、随分寛げるんだね。
流石の胆力というべきなのか。
「どうします? 膝枕してもらえない方々」
「………七海…さん?」
「……まあ、候補としては。あぁ、後はトラフィーク傍の森林もあったか」
「そっちもあるね」
「でも、皆にはレベルが低いんじゃないかな?」
私が言う事ではないけど。
高レベルの彼らからすれば。
経験値の旨みは低い筈。
「外周部はそうだけど、深部はそこそこレベルが高いんだ」
「それでも、多少は効率が落ちるけど。回転を上げれば全く問題はないよ」
「ルミ姉さん、私も…」
「じゃあ、暫くはフォディーナ周辺…飽和してくるようだったら森の深部で狩りをするってことで」
「「異議なし!」」
「ルミ姉さん。私も、後でお願いします」
話は決まったようだね。
非戦闘者の私は。
後ろで見守るとしようかな。
……エナ、君もかい。
本当に、君たちは可愛らしいね。
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