7話「魔眼」


 【2164 1/4 10:32】 黒曜こくようしゅう





「向かって南南西、相対直線距離253m、相対深度182m地点に奴が居ます。リンさんには視えますか?」

「確認できたよ。顔も情報通りだ」

「では、適度な距離まで接近しましょう」

「ほんとにやるのかよ......」


 走りながら、右手に構えたままの拳銃をスヴォルに戻す。魔眼相手では特殊弾も無意味に終わる可能性が高い為、更に確実で安全な策を取りたい。

 一応、保険の保険として作っておいた特殊砲弾だが、こんな形で役に立つとは想定していなかった。


「作戦、というよりも罠の説明をします」


 既に「魔眼」の正体は分かっている。視界内に収めることで座標指定を強化した物質を自在に操作する能力、要はサイコキネシスのようなものだ。視界内でなくとも認識さえしていれば発動、操作できるが精度は落ちる。能力発生までのタイムラグは0.01秒以下と推定されている。


「特殊砲弾の操作をお願いします」

「うん、やってみよう」


 だが、「魔眼」には致命的な弱点がある。

 それを踏まえた2つの賭け、それに勝つことができれば。

 状況を根底からひっくり返す手段を持っていなければ。


 





 【2164 1/4 10:34】 魔眼バロール





 気が進まない。

 そもそも、自分は今回の作戦どころかこの組織、レッドライダーに属していることすら不本意なのだ。


「これは、流石に死ぬかもな」


 投入された戦力が異常だ。ここまでの戦力を投入したところでオーバーキルもいいところ、庭に作られたアリの巣を根絶するために含水爆弾で発破するようなものだ。

 地上の出口は完全に包囲されているだろうし、上層から順に偏執的なまでのクリアリングが行われているらしい。

 地下にトンネルを掘ることも不可能ではないが、落盤の恐れがない場所まで泳がされた末に範囲貫通攻撃でミンチにされるだろう。事実上、脱出は不可能だ。


「まあ、1人でも多く殺しますか」


 元から、そんな人生だった。老い先短い人生、壊すか叩き付けるしか能のない能力、それらに対して後悔すらできない。初めて能力を使用した際に、暴発してクラスメイトを肉塊に変えたときから運命は決まっていたのだろう。

 ただ、一方的に殺されるのは癪に障る。文字通りに一矢報いたいところだ。


「多分、真ん中にヤバい奴いるだろうしな......こっちにしようか」


 勘ですらない、何も考えずに選んだその道の先に───悪魔が居た。


 『危険察知』『死線』『自動回避』


「って、マジかよっ!!」


 常時展開パッシブ能力のうち、一定以上の危険性を持つ対象を自動で回避する能力が発動。およそ人間離れした挙動で迫りくる弾丸を躱し、壁を背にして飛びのき弾丸を岩壁に叩きつける。


 (なんだ、今の攻撃は......)


 弾丸が。流石に自分の能力の対象に入った瞬間から軌道が変化することは無くなったが、訳の分からない変則的な動きで飛来する弾丸はかなりの脅威だ。万が一、背後に回り込まれれば視界による座標補正が働かずに数発食らってしまうかもしれない。


「逃げ───れないよねぇ!!」


 今度は大きく跳躍して全ての弾丸を視界に収める。あたかも強力な重力に晒されたかのように地面にめり込む弾丸を尻目に、思考を巡らせる。


 (全力で逃げるか、待ち受けるか、突っ込むか)


 現状で取れる手はこの三択しかない。味方の援軍を期待できるほど楽観的でもないし、不確定要素が大きすぎる。

 

 (逃げるのは論外、背を向けたら死んじゃう、となると戦うしかないか)


 迎撃か攻撃か。考えるまでもない。


「これ相手に突っ込む奴正気じゃないでしょ!!」


 断続的に飛来する弾丸から目を外さないように、ゆっくりと後ずさってゆく。迎撃に適した閉所であれば、あまりに不利な現状を打開することくらいはできる。

 運の良いことに、何も考えずに歩いてきた西フロアの最深部には中央フロアとの連絡通路と直接繋がっていない行き止まりが存在する。考え得る最悪のパターンの、撃たれている最中に後方から別の組合員に攻撃されるなんてことは無くなるだろう。。


(あそこなら、何とかなる......かも)


 敵の弾丸についても少しずつ分かってきた。一度に飛来するのは5~6発程度で、数秒ならタイミングをずらしてくる時もあるから油断できない。材質は銅でコーティングされたフルメタルジャケットの拳銃弾、口径は11㎜以上ありそうだが、弾速はさほどでもない。精々、音速の2倍程度で視界に収めてさえいれば問題なく対処できる────


「っぶねえ!!」


たった1発だけ紛れ込んでいた銀色の弾丸。色以外に見た目の差はないが、速度が通常の弾丸と比較して10倍以上だ。たまたま、考え事をしていた為『思考加速』を最高倍率で使用していなかったら頭が無くなっていたかもしれない。鼻先1cmほどで停止した弾丸を、ヤケクソ気味に地面へとめり込ませる。


「ヤバいってこれ......」


 そう独り言ちるものの、実は絶望的なほど追い詰められてはいない。

 例の行き止まりまではあと200mほど。だがその前に────


(来たっ、!!)


 そう、背後を見ずに歩くには適さない道が途絶え、最下層故に平らな通路が真っすぐ続いている。ここに来ればやることなど決まっている。


「......馬っ鹿みてえ!!」


 後ろ向きに全力ダッシュである。もしその光景を第三者が見ていれば、額に冷や汗を浮かべながら洞窟を後ろ向きに全力疾走する男のシュールな光景に腹を抱えて笑い転げることだろう。だが、かなり有用どころか現状における最善手だったりする。


(あーもう、これで殺されたら悔しいやら情けないやらで成仏できねえ)


苦笑しながらも『思考加速』だけは常時展開しつつ、行き止まりへと美しいフォームで向かう。断続的に降り注ぐ弾丸の雨を捌きつつ、行き止まりまであと20mというところで正面からが姿を現した。


(何だ、何が来る───!?)


 40㎜を超えるであろう口径の銀の砲弾の速度は音速の20倍を超え、回転しながら視界の占有率を徐々に引き上げてゆく。俺の能力が捕らえ、握り潰して叩き壊───せない!?


(あっ、やべ)


 砲弾の中身に怯えて叩きつけるより先に潰そうとしたのが間違いであった。

 たった0.02秒程度のロスタイムにより、勝敗は決したのだ。


 その失態を嘲笑するかのように、砲弾後部から美しい花が咲く。花弁は岩壁を石鹸のように切り裂くと、俺を完全に閉じ込めて中心の蕾が一瞬だけ煌めいて───

 俺は、即死した。




 【2164 1/4 10:38】 黒曜こくようしゅう




 ライトガスガン、というものがある。


 文字通りに軽いライトなガスを使った装置で、その初速は最大で11km/sに達する強力な火砲だ。


 構造は至ってシンプルで、火薬の燃焼によってピストンを押し出しライトガスを圧縮、そこから解放された高圧ガスにより弾丸を発射する。言ってしまえばエアガンの類や玩具の空気鉄砲と大差ない仕組みだ。


 だが、その破壊力は凄まじい。物理学の世界では隕石などの高速物体による衝突で生じるクレーターの研究に用いられたほどだ。そんな威力をある程度簡単に発揮できるライトガスガンが兵器として有用かどうかと問われれば、答えは否だ。


 少し考えれば分かる。そんな超高圧の中、弾速が安定するのかどうか。


 100年ほど昔は一定の圧力に達すると破壊される金属製の弁が使われていたらしいが、もし破壊が0.01秒違えば着弾地点は容易にズレる。途轍もない速度と破壊力の代わりに、遠距離の目標を精密に狙うことは出来ない。


 能力が無ければ、の話だが。


〈自動変形〉〈固定〉


 リンさんと共に牽制射撃を行いながら片手間で作り上げた大砲。口径45mmの、鉄パイプにグリップが付いただけのような見た目───実際その通りだが───のライトガスガンの最終仕上げに入る。


(魔眼が対象とする物質は目に見えることで座標強化を行っている。つまり目に見えず奴の反応速度の限界に近い速度で迫る不定形物質、つまりは超高圧ガスが有効)


 既にガスが封入されたカートリッジに手を加えることはできないが、飛翔体である砲弾は今から作るため手を加えられる。既に撃った拳銃用の小型カートリッジの排ガスを2つ、未使用の新品を奮発して2つ、砲弾の中に仕込んでやった。


 アンカーを地面と壁面に合計で7つ打ち込み、スヴォルで繋ぐ。内部機構に条件発動をプログラムし、接触による〈固定〉解除で発砲できるように設定する。ここまで入念に準備をしないと、特殊砲弾を安全に発射することは出来ないが、その分威力は絶大だ。


 あとは、閉所に追い込んで密閉した後に圧殺するだけ。


「リンさん、こちらをお願いします」

「分かった。弾速はさっきと同じくらい?」

「いえ、少し速いかもしれません」

「あれ以上に速いとなると、私の『思考加速』の限界近くか」


 能力の特性上、周囲の環境を正確に把握する必要があるにもかかわらず、リンさんの放つ弾丸は正確に魔眼へと向かう。合計で27回、彼女曰く最少の回数で座標登録し正確に打ち込む様は壮観としか言いようがない。


「届くまで何秒掛かりますか?」

「大体だけど......0.02秒くらいかな」

「では、撃つときに合図をお願いします」


 PSSという完全消音拳銃をモデルにした機構を採用したことで、超高圧ヘリウムガスにより発砲した本人を吹き飛ばしてしまう問題は解決済み。砲身内部を取り出せば即席グレネードにもなるし一石二鳥だ。


「合図から3秒後に撃つよ」

「分かりました」


 長くしなやかな指を1本ずつ折り曲げてゆくリンさんの両目が、仄かに赤く光る。引き金トリガーのスプリングが小さく音を立てて軋み、指定ポイントまで引き絞られた瞬間、体積で言えば1㎣にも満たない量のスヴォルが〈固定〉を解除し。


 大木を力ずくで圧し折ったかのような轟音が響き渡り。

 アンカーに固定された壁面と床に、泣き跡のような亀裂が大きく走る。


(あとは、タイミング次第か)


 【Hue】でした岩壁の向こう側。後ろ向きに全力で走っている男に向け、銀の砲弾が迫る。

 たった0.02秒で27回もの方向転換を強いられたにもかかわらず、その速度は減るどころか増加してゆく。メカニズムは分からないが、リンさんは何らかの能力で空気抵抗を減らし加速させているのだろう。


 冷や汗を浮かべながら走る「魔眼」まで、あと30mと言った地点で、スヴォルの機能をフル活用して密封する。

 スヴォルが変形時に発揮するパワーは少ない。1㎤当たりでは能力を使っていない一般男性の腕力程度の力しか持たないため、高機動中や特殊な環境下では思った通りに成形できない事がそれなりにある。


 だから、高圧ガスを使う。


 火薬式の銃を遥かに上回る初速を生み出すカートリッジには、10000バールを超える圧力のヘリウムが込められている。

 断熱圧縮により5000Kを超える温度になったそれは、スヴォルの〈固定〉によって熱運動を外部に伝達する事すら封じられ半永久的に閉じ込められている。動力としては十分。


 構造は単純明快。シリンダーを高圧ヘリウムガスが膨張するエネルギーにより稼働させるだけ。


 (ここだ)


 まず8本の脚が展開され、そこから順に砲弾の回転に合わせ極薄の膜を展開する。その翼端は地球上に存在するあらゆる刃物よりも鋭く、そして決して刃毀れしない。いとも容易く岩壁を切り裂き、砲弾を瞬時に減速させる。


 あとは、隙間を塞ぎ〈固定〉した後、砲弾に込められた圧縮ヘリウムを解き放つだけの作業だけ。ここまでくれば感想戦のようなものだ。


 圧縮ヘリウムが「魔眼」を、それこそ瞬きするほどの時間で即死させたことは言うまでもない。極端な外圧の変化により、眼球や鼓膜をはじめとした各器官が瞬時に破裂、圧壊され大量の血を噴き出したその姿には同情できなくもないが、おかげで真白を取り戻す一歩になったことは感謝するべきだろう。


「ふう......」

「お疲れ様、素晴らしい一撃だったよ」

「なになに、終わったの?」

「ああ、厄介な奴だった」


 本当に、厄介な相手だった。


 坑道という狭い空間では視界外からの攻撃が非常に困難で、「魔眼」の武器となる物質が全方向に存在する。もし行き止まりに追い込むことができなかったら超高圧のヘリウムガスを開放する戦術は取れなかったし、味方に死者が出ていたかもしれない。正直、奴相手に正面戦闘など考えたくもない。


 自分たちに不利な状況であったが、行き止まりに追い込むことができるルートであったことが最大の幸運だった。 


「レリックの回収をしないとな」

「それに関しては問題ない。もう持ってきている」

「え?それ万能過ぎない?」


 万能という訳でもないが、確かに有能であることは間違いないので「凄いだろ、こいつ」と左腕のスヴォルを軽く叩く。〈固定〉したスヴォルは音すら発することなく、その曇りのない銀白色でトニーの顔を反射する。


「それって、どのくらい離れても遠隔操作できるの?」

「自分が認識できるのなら、どこまででも」

「ほんっとうに、君を敵に回した奴らには同情するよ」


 ちがいない、と笑うトニーを軽く小突いていると、奥から小さな足音が響く。自分やリンさんのように眼を持たないトニーが身構えるが、リンさんは平然と腕組しながら待ち構えている。

 姿を現したのは、犬を模した機械───を模したスヴォルの塊だ。その頭に生えた一角獣ユニコーンのような角には、9つの半透明なリングが掛かっている。


「かわいいじゃねえか」

「確かに」


 何せ、元となったスヴォルは45㎜砲弾と.454カスール弾が2つだけ。能力環レリックを運ぶために中空にして体積を増やしているとはいえ、そのサイズはトイプードル程度。小動物と言っても十分に通用するレベルだ。


「ところで、なんで犬なんだ?」

能力環レリックを取ってくるのが、なんか犬っぽいだろ?」







 西ブロックにもう敵は残っていない。その事を伝えると「中央に向かうか?」とトニーに問われたが、45㎜砲の後始末をしなければならないため待機してもらうことにした。リンさんとトニーがロボット犬モドキと戯れている間に、発射した後の45㎜砲の残存ガスを取り出して残りをアタッシュケースに戻そうとした時だった。


「......央より......隊へ、中央の制圧が完了した。西と東の現状を報告してくれ」


 突如として、声が聞こえた。確かに聞こえたが、どの方向からの声でもない。左右の耳で聞こえる音の偏差で方向を知覚できないということは、テレパシーのように声を双方向に届けることのできる能力だろう。


「こちら天使angel、東の最下層をたった今制圧した」

「了解、あとお前はいい加減に天使angelから怒りanger識別名称コードネームを変えろ。その面で天使は無理がある」

「んだとてめえ」


 なんとも平和な争いが起きているが、西ブロックについて報告する者が居ない。これは推測に過ぎないが、「魔眼」が西ブロックに向かったことを聞いた組合員がそちらに途中から参戦し、状況を全て確認できていない事が原因かもしれない。あと、「魔眼」と戦うために自分たちが途中の敵を回避しながら潜ったからか。


 未だにロボット犬モドキを眺めているリンさんに目を向けるが、「報告よろしく」とでも言いたげな瞳を向けられるだけだ。もうトニーに関しては知らん。


「こちら『金仏』、西ブロックの最下層制圧及び「魔眼」の討伐が完了しました」

「マジか」

「とんでもねえ大型新人が来ちまったな。こりゃ宴会だ!」


 テレパシーで繋がっている組合員の多くが無秩序に喋り始め、混沌とした場をよく通る声が遮った。


「レッドライダー構成員121名の殲滅と人質の保護を確認しました」


 昨日のミーティングを取り仕切り、自分たちをここまで連れてきた女性の声だった。あらゆる感情を表に出さないように押し込めたかのように極めて事務的な口調で続ける。


「2164年1月4日10時51分、現時点を以て作戦コードPpEsⅢrateSS⁺127[第三鉱山跡殲滅作戦]を終了します。皆さん、お疲れさまでした」


 

 



 




 



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る