6話「強襲」


 【2164 1/4 9:46】 黒曜こくようしゅう





「おはようございます、リンさん」

「うん、おはよう」 


 しっかりと体調を整えてきたのか、リンさんはすこぶる快調といった風貌であった。どこぞのダメな大人とは対照的に


「それで、どれだけ吞んだんだ?」

「おまえはこれまでに食べたメロンの数を覚えているのか?」


 二日酔いによる頭痛からか、頭を抱えるトミーに対する追及は無意味に終わった。    

 頭を抱えたいのはこちらの方なのだが。


「メロン、久しく食べてないね」

「自分もですね」

「迎え酒すっかー」


 まるで緊張感のない、脳を介していないかのような会話をしているこの場所は第二支部管轄の廃坑跡、その入り口から200㎞程離れた飛行場だ。

 眼前には、150年以上前に設計された超大型輸送機が2機、飛び立つ瞬間を待っていた。この土地の気候特有の、乾燥した冷たい空気が肌に突き刺さる。

 ちなみに、トニーが持ち込んだ酒は瞬時にリンさんの手によって没収された。


「111名の集合を確認しました。皆さん、パーティーメンバーと共に輸送機に乗り込んでください」


 昨日のミーティングを取り仕切った女性は端的に指示を飛ばすと、そのままコックピットに乗り込む。カテゴリとしては超大型輸送機に分類されるはずなのだが、免許や資格の類はどうなっているのだろうか。

 もし自分でも操縦することができるのならば───いくつかのアイディアが思い浮かぶ。やり方次第では強力な兵器になり得るだろう。


「この飛行機は能力で作られたものだし、大体は製作者が操縦してくれるから君でも操縦できるよ」

「今、思考を読みましたか?」

「いや、顔に出てたよ」


 呆れながらも「やっぱり君も男の子なんだね」と納得されては、大量のスヴォルと兵器を高々度から投下できないかと考えていた、などと言うことはできない。

 輸送機の後部からキャビンへと乗り込むと、等間隔に座席が並べられていた。その広さはかなりの余裕があり、キャビン中央には各々の武器を置けるようにガンラックに似た棚が設置されている。

 

「スカイダイビングの経験は?」

「一度だけなら」

「なら、私とタンデムする?」

「......遠慮しておきます」


 軽口を叩きながら、持ち込んだ武器と弾薬を棚に固定していく。今回は、スヴォルをアタッシュケースの状態で100㎏、特殊スーツとして20㎏持ち込んでいる。弾薬はリンさんの拳銃と共有できる.454カスール弾を100発、特殊弾を10発、そして新兵器であるが2発、準備してある。


「おじさんの事忘れてない?」

「ああ、忘れていないから最低限戦力になってくれないと困るよ」

「......正直、すまんかった。年甲斐もなく羽目を外しすぎた」


 頭痛はあと少しでマシになりそう、と呻くトニーを尻目に、他の参加者の様子を窺う。皆がリラックスし、楽し気に談笑しているように見えるが、隠しきれない緊張感というのはどうしてもある。特に、予め潜入し人質の安全を確保する役目を担う3人から感じる圧は凄まじい。


「彼ら、こういった人質がいる作戦では真っ先に潜入を希望するんだよ」


 こっそりと、リンさんが耳打ちする。


 潜入は、あらゆる任務の中でもトップクラスに危険であるとされる。

 被発見時のリスクは最大、見つかれば自分達だけでなく人質にも危害が及び、作戦は一瞬で破綻する。だが、戦闘には直接関与しないがゆえに能力環レリックを手に入れることは出来ず、報酬も大幅に増える訳でもない。


「不思議な人たちですね」

「剽軽なおじさんにしか見えないけどね」


 彼らもまた、偉大な先輩であることを再認識する。人質の安全は、剽軽な3人の英雄によって保障されることだろう。


 およそ20分。長いようで短い空の旅が始まる。





 【2164 1/4 10:05】 黒曜こくようしゅう


 



 高度約10000m。高高度降下High Altitude低高度開傘Low Opening、通称HALOを行うため、潜入部隊の3人がそれぞれ飛び降りる。


「ア○ロ、行きまーす!」

「ギュゲス、出る!」

「ベレヌス、発進する!」


 某ロボットアニメを彷彿とさせる口上と共に飛び降りた彼らは、ものの数秒で見えなくなる。HALOが行えるだけあって、飛び降りる際に何の躊躇も見せず自然体であった。


「潜入部隊が最下部に到達するまでの予想時間は20分です。皆さんは突入準備を整えてください」


 コックピットからのアナウンスに従い、皆が武器を手に取りパラシュートを身に着けてゆく。ただ、今回の戦場は狭い坑道内ということもあって、多くの人が武器を持ち込んでいない。それどころか、パラシュートを装備しない人すらいる始末だ。


「んで、今回はどう戦うんだ?言っておくけども、おじさん近距離だと大して強くないからその辺よろしく」

「トニーも遠距離型か。なら、今回は自分が前衛を務める」


 スヴォルと「身体強化β」のおかげで遠近両方の戦闘をこなせる自分が、臨機応変に対応するのが最適だろう。アタッシュケースを開き、中から直刃のナイフを5本取り出す。


「というか、自分は新人なんだからトニーが仕切れよ。一応年長者なんだろ?」

「おま、この体たらくを見ろ。これで任せられるとでも思うのか」

「無理だね、ちなみに私もパス」


 トニーに関しては予想通りとしか言いようがないが、リンさんがパスするとなると───自分しかいない。面白そうに事態を見守るリンさんの様子から察するに、自分がどのような指示を出すのか気になっているだけのようだが。


「作戦は。見つけたら適宜攻撃で」

「了解」

「ま、それが妥当だわな」


 坑道は、とにかく狭い。拡張されたとはいえ元は坑道である以上、仕方がない。当然だが傾斜もある。道はとにかく曲がりくねり、分かれ道も多く、場所によっては複雑な地形もある。

 その上で遭遇戦を行うなら、もう戦術も作戦もあったものじゃない。


「ただ、こっちには強力な目と盾がある。3人とも遠距離攻撃がこなせるなら、それなりに距離を取って戦う、と言った感じで」

「盾か。ちなみに、どのくらいのものなら防げんの?」

「地形への固定が間に合うなら、艦載砲でも問題ない」

超能力ハイパースキルでないと、破壊するのは不可能だと思うよ」

「そりゃすごい」


 リンさんは、今回防弾チョッキの代わりにスヴォルを使用した防弾服を着てもらっている。常時〈固定〉したスヴォルを繋ぎ合わせただけのものだが、防弾性能は圧倒的、というか完璧である。それこそ重機関銃でも撃たれない限り問題ないだろう。


 皴の目立つズボンと、くたびれたジャケットを羽織ったトニーは降下用のハーネスを装着してゆく。自分の場合、スヴォルでパラシュートを代用できる為、本格的な戦闘時にしか着用しない形状のボディスーツを着用する。

 全身を薄い装甲で覆い、全身各所に〈変形〉に使うスヴォルをストックした、一種の全身鎧。その銀白色の表面が、滑らかに周囲の景色を反射する。


「ああ、「金仏」ってのはそういう意味か」

「私も初めて見るけど、うん、良いね。スヴォルの特性を生かしつつ、邪魔にならず攻撃に転用できる部分の装甲が厚くなっている」

「流石ですね、全くもってその通りです」


 というか。


「トニーはどんな能力を使うんだ?」

「ま、見てのお楽しみと言いたいところだが...」

「なんで勿体ぶるんだよ。パラシュート以外に何も持ってないってことは、超能力ハイパースキルがメインなのか?」

超能力ハイパースキル付加能力グラントスキルだな。戦闘では足を引っ張らねえから、まあ安心してくれ」


 周囲の物質やエネルギーに依存する付加能力グラントスキルは、対象物が常に存在しうる特殊なものを除き、ほとんどが一部の物質やエネルギーにしか作用しない。リンさんが拳銃を使うように、どんな状況でも対象物が存在するように立ち回る為には各自の武器を持ち込むのが常識なのだが。


「ま、すぐに分かることだ」

「それもそうか」

「2人とも、そろそろ降りるよ」


 かなり大きい半径で旋回しつつ高度を下げていた機体が、高度4000mに到達したとアナウンスが流れる。時間も丁度いい。


「では皆さん、降下を開始してください」


第三鉱山跡殲滅作戦、その2段階目である空挺部隊による強襲。その幕が上がり。


空に、沢山の花が咲いた。





【2164 1/4 10:28】 黒曜こくようしゅう





 地面にぽっかりと空いた穴。そう表現するしかない坑道の入口に、パラシュートを投棄した組合員が次々と飛び込んでいく。


 中に入ると、既に死体が2つ転がっていた。

 設置されたブービートラップや爆薬が、分厚い石壁の塊に閉じ込められて片隅に寄せられている。起爆すらできず、出待ちしていた輩は原形を留めてすらいない。


 緩やかに下る、所々に照明が設置された坑道を駆け抜けてゆく。

 それなりに早く降下し、2人と合流したにもかかわらず先頭に追い付ける気がしない。それどころか、後続の邪魔にならないよう、壁面を抉って窪みを作り死体が投げ込まれている始末だ。実力もそうだが、プロの手際は本当に凄まじい。


 一方的虐殺。その一言に尽きる。


 敵は、先に発見され攻撃を受けるため能力を発動することすらできない。超能力ハイパースキルを食らったと思われる敵の死体は炭化、凍結、圧壊されている。

 圧倒的な力の差が、そこには存在した。


「分岐点だ!ここから先は3つの部隊に分かれるぞ!」


 先頭を走るベテラン組合員の1人である、アミーという大男が指示を飛ばす。そのまま立ち止まり、自らが目印になってくれた彼のおかげでスムーズに西ブロックに入ることができた。ここまで、およそ40秒。


 戦闘において、速度は非常に重要な要素の1つだ。この短時間では、敵が情報を伝達し適切な位置に移動することができない。

 それにより敵が散らばっていれば、総合力で圧倒的に勝るこちらが更に有利になる。トラップを仕掛けたり奇襲ポイントに移動する余裕すらないのなら、それこそ一方的な虐殺になるだろう。


 大きく左にカーブする通路の奥、直角に曲がった先が自分たちの担当する西ブロックだ。先頭を走っているのは中央ブロック担当の組合員のようで、西ブロックには未だ誰も足を踏み入れていなかった。


「行きましょう」

「おう」

「前から1人来るよ」


 曲がってすぐ、緩やかにカーブする斜面を走り抜けているとリンさんが声を上げる。【Hue】でも確認できた。


「S字型に曲がった通路の先、アサルトライフルを構えた男が1人。その更に奥の行き止まりから、据え置きのミニガンを構えた女が1人」

「距離100、脇道も無し。どうする?」

「広いので自分がを抜けます。追い越した敵の処理を」

「「了解」」


 接敵。


「うおおおおおおおおおおああああああああ!!」

「うるさいな」


 走る。


 アサルトライフルを構えた男は弾をばらまくが、距離が近すぎるが故に照準が定まらない。動きを妨げる枷となってしまっているアタッシュケース型のスヴォルを投げつけ牽制。反射的に回避行動をとった男の頭上を、右手に携えた銃を使うまでもなく一瞬で追い越して、行き止まりに偽装された銃座へと速度を落とさずに走り抜ける。


 岩壁に偽装された壁の向こう側では、ミニガンを構成する6本の銃身がモーターによって駆動し、ヘリコプターのローター音を思わせる銃声と共に弾丸を吐き出す。100発というふざけた連射速度ゆえに発砲音は暴風のように繋がり、発射炎マズルフラッシュはガスバーナーのように銃口から噴き出す。


 ビルの柱すら破壊する超高密度の弾幕が、7.62㎜×51㎜弾の豪雨が、偽装された壁を一瞬で粉微塵に破壊し尽くし───


 


 比較的深い角度で弾丸が衝突した地面は、その硬度も相まって跳弾することは絶対にない。2人なら跳弾し減速した弾丸の10や20など問題にならないだろうが、万が一のことを考えて下向きに弾く。


 自分は、高さ5mはある壁の最上部を走り抜けていた。左手に構えたスヴォルのシールドを使い、浅い角度で弾丸を弾いていく。とはいえ衝撃はかなりのものだが、おかげで靴のスパイクを使わずに壁を走れている。


「バケモノが───!!」


 銃声。


 偽装した壁という防弾板を自ら破壊し、自分の動きに照準が間に合わなくなった瞬間、右手の拳銃で額を撃ち抜いた。特殊弾を使えば撃たれる前に殺すこともできたが、使わなくても安全かつ確実に倒せるのなら温存するべきだろう。


 後方では、アサルトライフルを持っていた男が倒れ伏しているところだった。一撃で脳幹を撃ち抜かれ、確実に心臓が吹き飛ばされていた。地面にめり込んだ銀白色のアタッシュケースをワイヤーで引き抜き、掌を覆う装甲と融合させる。


 合流し、再び走り始める。ミニガン使いの女を早く殺すことができたため、全体としての時間ロスは5秒程度に留まった。

 もし、自分が上を抜けずにアサルトライフル男を殺していたら、ミニガン使いの女は仲間の死体ごと撃つことを躊躇っていたかもしれない。そうなれば偽装された壁は破壊されず、余計な時間を食っていたに違いない。

 結果として、手持ちが少ない特殊弾を消費せず時間も浪費せずに済んだ。


「おま、B級映画の忍者みたいな動きしてんな。ホントに人間か?」

「『身体操作』系のスキルと『思考加速』があれば、訓練次第で誰でもできる。というか、トニーの能力は何だ?」


 死体を【視た】ところ、その異常性が浮き彫りになった。


 脳幹を撃ち抜いていたのはリンさんの5.7mm弾であったが、心臓を吹き飛ばしたのは消去法でトニーとなる。何も持たずに、大口径のライフル弾を直撃したような攻撃を行ったのだろうか。


「ま、稟花ちゃんのスキルとちょい近いんだが───手頃な敵は居るか?」

「......この先にある分岐を左に行った先、右側の坑道内に2人待ち伏せしている」

「んじゃ、自分の目で見てくれ」


 傾斜がほとんどなくなり、道が曲がることが少なくなる。本来ならトラップや待ち伏せを警戒しなければならないが、自分とリンさんの目を搔い潜ることはまず不可能だ。


 件の分岐を左に曲がり、敵が潜む坑道の50mほど手前でトニーが小さく「装填」と呟く。その瞬間、【Hue】が多数の弾丸を視認した。完全に無から発生したそれらは肉眼で認識することはできない上、実体を伴っていない。

 まるで虚像のような、そんな印象すら受けた。


「ほらよっと」


 空中に漂う弾丸のうち2つが、物理的にあり得ない速度で加速し美しい弧を描いて飛翔する。そのまま、全く減速せずに坑道内へと突き刺さる。


「ごぁっ」

「ぼっ」


 小さな呻き声が、強化された聴力で拾われた。【視た】ところ、どちらも正確に心臓を撃ち抜いているが、やはり弾丸が残っていない。


 だが、確かに大口径弾で破壊されたような傷が残っている。いや、破壊の痕跡しか残っていないのなら───


「疑似的な弾丸の生成と操作、といった感じか」

「その通り。こいつ自体に実体は無いんだけども、当たると「実体があった場合」の破壊を再現して着弾した対象を変形させる。まるで超能力ハイパースキルみたいだろ」


 もし、無から弾丸を生成し操作する能力ならば考えるまでもなく超能力ハイパースキルのtypeCに分類される。


 だが、トニーの能力が働きかける対象はだ。トニーが操作する弾丸は一種の幻であり、能力を発動する対象を定めるための誘導装置に過ぎない。確かに、超能力ハイパースキルのような付加能力グラントスキルだ。


 曲がりくねった坑道を走り続ける。


「これからどうすんだ?」

「......この先に、かなり強い奴がいる。

「つまり、そいつを倒すの?」


 無言で頷く。あの能力色、間違いない。茶色と黒が入り交じり、ドブのように濁ったその昏い能力色。


西ブロックここの最下層近くに、『魔眼』が居ます」


 ギルドに属さないが、ギルドに所属できるだけの実力を持った者。自分のような例外もいるが、その大半が何らかの重大な罪を犯した者だ。


 第一支部管轄下で有名な人間を10人挙げるのであれば、確実にその名を聞くことになる能力者の一人。

 視界に入る物体を自在に操作する化け物。正面戦闘ではSSランクを超えると評価されている敵性指名手配能力者。


 それを、他のチームの援護が入るまでに倒さなければならない。そうでなければ、ただ時間を浪費するだけ。何も得ることができず、今の自分にとって最も恐ろしいペナルティを食らうことになるだろう。


「リンさん、手伝ってもらえますか?」

「勿論、私にできることであれば何でも」


 今回の作戦における虎の子、のカートリッジをバックパックから取り出し、簡潔に作戦を告げた。



「今回の目標である『魔眼』は回避、防御共に不可能な弾丸を撃ち込んで殺します」

 

 

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