先輩と後輩が幸せになるまでの話

@standstone

第1話

三年生の卒業とともに桜は花びらを落とし、私立湊山高校につながる坂には、桃色の絨毯が広がっていた。

 沈み始めた太陽が、ほんのりと赤く照らす道を、私と先輩は歩いていた。

「さっちゃん、トロンボーン上手くなったね。」

 前を歩いていた先輩がこちらを振り返る。

「そうですかね。」

「三月のソロコンクールの時、びっくりしたよ。去年入部してきた時とは段違いになってた。」

 夕日に照らされた先輩の顔はよく見えなかったけれど、きっといつものように目尻に皺を寄せて笑っているのだろうと思った。

「雄達先輩こそ、県大会までぬけたじゃないですか。」

口に出してから、胸がちくりとした。

「うん。県どまりだった。」

 何か声を掛けたいけれど、何も言えず、古びた駄菓子屋のガラス窓に張られたチラシを横目で見る。

「湊山高校吹奏楽部 夏の全国合奏コンクール十二回連続金賞受賞 冬のソロコンクール 県大会突破二名」「今年も頑張る生徒の活躍のために寄付金よろしくお願いします。」

 端のちぎれた紙がぴらぴらと風にあおられていた。

 湊山高校吹奏楽部トロンボーン

 新二年矢ノ島 皐月

 新三年中嶋 雄達

 私たち吹奏楽部員は顧問・佐久間先生のもと、音楽を学ぶため、毎日練習に励んでいる。

 全国でトップを争う強豪の湊山では、将来世界で活躍するプロを目指す生徒にのみ、音楽受験に特化した推薦入学が認められていた。

「俺さ、中学で佐久間先生から推薦の話をもらうまで、プロの道なんか考えたこともなかったんだ。」

先輩が歩く速度を落としたのが分かった。

「何となく入学して、何となくプロを目指して。そんな気持ちで、本気で勝ちに来る奴らを超えられる訳がないのに。」

私はまた、何も言えなかった。

音楽は実力主義である。

より多くの結果を残したものだけが、音大や留学の切符を得ることができる。そういう厳しい世界だ。

「先輩だってすごかったです。」も、「来年頑張りましょうよ。」も、先輩を傷つけるだけの言葉なんだと思った。


その先も、私は黙って歩いた。

先輩も、もう何も話さなかったけれど、乗り換えの駅で別れるとき、私に手を置いて言った。

「さっちゃんは、大丈夫。頑張れる子だからね。きっとすぐに大きくなる。」

先輩はそのまま電車を降りてしまい、言い出せなかった私の言葉たちは、ホームに置いてけぼりになってしまった。

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