ありきたりな運命と呼んで
やなぎ怜
(1)
アルファの女の子は妊娠させることができる。オメガの男の子は妊娠することができる。その、単純な事実を教えられたときのわたしは、まだ第二の性別に支配された世の中のなんたるかを、まったく理解していなかった。
この世界には男女という性別に加えて、さらに三つの第二性別が存在する。
アルファ、ベータ、オメガ。
アルファは生まれながらのリーダーが多く、文武ともに優れた能力を発揮する。人口に占める割合はおよそ一割ていどだと言われている。
ベータは言ってしまえば一般人。凡人とも言いかえられる。しかし社会の大半を占めているのはこのベータだ。
そしてオメガ。少ないアルファよりさらに少ない貴重な存在。しかしその存在は「発情期」という特性により古来より蔑まれ、虐げられてきた歴史を持つ。
オメガはおよそ三ヶ月に一度、
そんなオメガの発情期の際に発せられる性フェロモンは、一定の条件下で特定の人物のみを誘因する性質に変化する。
性交の際にアルファによってうなじを噛まれることにより、オメガのフェロモンはその噛んだアルファにしか効かなくなるのである。
それからオメガは男性性であっても子宮をそなえているため、妊娠することが可能だ。またアルファ女性は陰茎のように変化する陰核をもって、妊娠させることができる……。
いずれも、義務教育を受けていれば習うことだった。
唯一習わないのは、「運命のつがい」とかいう現象だろうか。
曰く、ひと目見ただけで相手が「運命」だとわかってしまうという、都市伝説めいた伝承である。これにより元の家庭を捨ててしまった話などは、ドラマなどでは定番であるが、現実にそんなことが存在するのかまでは、わたしは知らない。
そしてこれらの性別はいずれもひけらかさない、明らかにしない風潮が強い。邪推したり、聞き出そうとする行為はマナー違反、ということになっている。
けれどもそんなことは、がんぜない子供には関係のない話だった。
第二性というものは成人するまでに変わってしまうことがたまにあるとは聞いていたが、わたしはたいていの人間にはアルファだと思われていた。それこそ小学生になったころから。
わたしは昔から勉強だけはできた。勉強に関してだけは要領がいいと自分でも思うくらいだ。一度学んだことはそうそう忘れないし、公立小学校レベルのテストなどは満点を取れて当たり前。そういう人間がわたしだった。
一方で、友達をつくるのは下手だった。気がついたらわたしは孤立していた。教師の覚えがよかったことを指して、なぜか「ぶりっこ」と呼ばれていた。
教師に媚を売ったことは一度としてないと断言できるが、成績もよく、大人しく生真面目なわたしはよく褒められた。だから、先のセリフは要はやっかみなんだろう。
しかし、当時のわたしにはそんなことはわからなかった。勉強は出来たが、人の機微にはまだ疎かったからだ。
教師の評判がよく、文武ともに苦手なものがなかったものの、わたしの性格は自覚するほどに根暗だった。
だから上手いことクラスメイトたちのヘイトをコントロールすることもできなかったし、かと言って大人を味方につけて被害者らしく振る舞う
となると、学校に行くのが憂鬱になる。
そして特に反応を示さないわたしを相手に、いじめっ子たちの酷な言動がエスカレートして行ったのは、むべなるかな。
物を隠されたときはお定まりの学級会が開かれたものの、もちろんそんなことが抑止力になるわけもなく、わたしはますます憂鬱を深めて行った。
各学年に二クラスしかないために、学年が上がってクラス替えをしても、大して環境に差は生まれない。わたしは憂鬱な気分で新学年のスタートを切った。
しかし天は紅顔の美少年という印象に反して、性格はなかなか度胸があった。
「お前、自分で隠してたじゃん」
手を変え品を変え、わたしに嫌がらせをしていた一部のクラスメイトたちは、今度はわたしがイジメの報復に物を隠したと主張した。もちろん真っ赤な嘘だ。
わたしの憂鬱は深くなった。イジメには加担していないが、特別かばってくれるわけでもないクラスメイトが、その証言の嘘を証明してくれるはずがないと思い込んでいたからだ。
学級会特有の、居心地の悪い沈黙。それをおもむろに引き裂いて、天はそう言った。くだらないとでも言いたげな、呆れた声色を隠そうともしない言葉に、だれもが呆気に取られた。
クラスのリーダー格でイジメっ子の筆頭であった女子生徒は、だれも証言などしないだろうと高を括っていたか、あるいは多少なりとも天に気があったのか、大いにショックを受け、狼狽する。
それは己の言い分が嘘であると自白しているも同然なほどの、動揺ぶりだった。
結局そこからは怒涛の天オンステージといった様相を呈し、イジメっ子は最後には泣き出したので学級会はしまいになった。
「泣くほど気まずいなら最初からやんなよな。頭カラッポなのか?」
天が吐き捨てるようにそう言ったので、イジメっ子はさらに大きな嗚咽を漏らした。
彼女らに日ごろ迷惑をかけられていたわたしが、溜飲を下げたのは言わずもがな。
けれども一方で、天がわたしにも呆れているのは肌でわかった。「お前も言い返せよ」と目で言われているような気がしたのは、被害妄想かもしれない。
しかしこの一件で特に天と親しくはならなかったのだから、わたしの邪推は当たらずとも遠からずといったところなんだろう。
ズバズバと物申せる天からすれば、不利な状況に置かれても、黙り込んだままのわたしはバカに見えていたに違いない。
そしてこの一件で、
「加持天を敵に回すとヤバイ」
ということはクラスメイトの共通認識となった。
けれども運命というものが存在するのだとすれば厄介で、「絶対的な強者」として認識されていた天も、ある出来事がきっかけで食い物にされる弱者へと変貌することになる。
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