第10話 子猫
鈴菜と女性客が帰った後、3人は店内の椅子に腰掛けて作戦会議を始めた。
ソファで足を組んで、幸恵ママはため息まじりにつぶやいた。
「本当は親御さんが助けてくれるのが、子供にとっては一番良かったんだけどね。残念ながらそううまくいく家庭ばかりじゃないわね」
「なんだか悲しいわあ。子猫ちゃんが可哀想。親が助けてくれないなんてねえ」
孝子もカウンターのいつもの席で顔を曇らせた。
同じくカンター席の琉宇那がすっと手を上げ、
「それで、いじめ加害者の親御さんのところですが、私が行きましょうか」
と切り出した。
「それがいいわね」とママは頷いた。
「学校のほうはどうしましょうか。孝子さんが行きます?」
「あら、私でいいの? それなら頑張っちゃうわあ」
幸恵ママはうーんと唸った。
「今回は学校はナシでいきましょう。子猫ちゃんから聞いた感じでは、どうも担任の先生はあてにならなさそうだし、下手したら加害者側につく恐れもあるわ。いじめの主犯格は先生のお気に入りみたいよ。あと、鈴菜ちゃんの親御さんのところに干渉するのもナシにしましょう。親子関係がこれ以上こじれても可哀想だし」
「そうなのね。じゃあ、いじめっ子を狙い撃ちにするのね?」
「そういうこと。琉宇那ちゃん、これが加害者の住所よ。よろしく頼むわね」
ママからメモを手渡たされた琉宇那は、
「はい。まかせてください。必ず結果を出してみせます」
と強気な笑みを浮かべた。
夜9時。
仕事着のスーツ姿のままで、琉宇那はマンションの1室を訪れた。
玄関のチャイムを押すと、インターフォン越しに「はい」と応答があったので、琉宇那が「きのうお電話しました
「やだ、本当に来たの。あなたねえ、不躾に電話してきたり家に押しかけてきたり、ちょっと失礼じゃないの? しかも、こんな家族団らんの時間帯に来るなんて、ほんと常識がないわ」
「申しわけありません。本当はもっと早い時間に来たかったのですが、仕事が長引いてしまって」
「あっそう。言い訳はいらない。それで、用件は?」
「昨晩もお伝えしたように、お子さんの件なのですが……」
女性はまなじりをつり上げた。
「うちの子はいじめなんてやってません! 同じ事を何回も言わせないでよ」
「……残念ですが、おたくの娘さんはいじめをしています。それもいじめグループのリーダーです」
「はっ、そんなわけない。うちの娘は優しい子だし、明るくて友達も多いのよ。いじめられたなんて言ってるほうがおかしいわ。どうせ被害妄想でしょ」
「いいえ。お子さんがいじめをしているのは間違いありません。ウラは取れています。今日はその調査をしていて、こちらに来るのが遅れたのです」
「はあ? な、何よ、それ……。だ、大体ねえ、あなたは何なの? いじめられてるって嘘をついている子の親じゃないんでしょ。赤の他人が口を挟まな……」
「申しおくれました。私、こういうものです」
琉宇那は青いレザーの名刺入れから1枚取り出して、母親に渡した。
母親は胡散臭いものでも見るような目で受け取り、名刺に目を走らせ、顔をひきつらせた。
「中澤法律事務所……弁護士、
「お子さんのいじめについて、お母様から注意していただけませんか」
「あ、あなたね、うちの子を訴えるつもりなの!? それって脅しのつもり?」
「いいえ、訴えるつもりはありません」
「どうだか。ありもしない罪をでっち上げて、慰謝料をふんだくるつもりなんでしょ。うちの子に濡れ衣着せるだなんて心が痛まないの?」
「濡れ衣ではありません、ですから心も痛みません。お子さんがいじめをしているのは事実です。クラスメートの証言もありますし、おたくのお子さんはSNSにいじめについて書き込んでいたので、そちらの記録もあります。書き込みは削除要請済みですが、ログは先ほど保存しました。何ならお見せしましょうか?」
口では弁護士に敵わないと思ったのか、母親は琉宇那を睨み付けた。だが、琉宇那はひるむことなく冷たく見つめ返した。
先に目を反らしたのは、母親のほうだった。
「いじめをやめるよう、お子さんに注意していただけませんか」
「ふ、ふん。きっと誤解だと思うけど、一応言うだけは言っておきます。こんな当たり屋みたいなことをするクラスメートとは関わるなって注意しますから!」
それだけ言うと、母親は乱暴にドアを閉めた。
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