第4話 子猫

その朝、駅のホームに特急電車が近づいてくるのを確認して、鈴菜はふらりと列を離れた。



特急はこの駅では止まらない。高速で通り過ぎていく。だから……。



学生鞄をどさりと足元に落とし、一歩、一歩、死へと近づいていく。あと1歩で飛び込めるというところで、誰かに腕を引かれた。

振り返ると、ライトベージュのパンツスーツ姿の若い女――琉宇那が鈴菜の腕をつかんでいた。


「あなた、どういうつもり!? 死ぬ気なの? はあ? 何それ!」

昨日とはうってかわって激しい口調で怒鳴られて、鈴菜は何も言えず黙り込んだ。


激高した琉宇那は乱暴に学生鞄を拾い上げて、鈴菜の腕を引いて駅を出た。そのまま有無を言わせぬ勢いで駅前のコーヒーショップへと入った。きつく腕を握られ痛いほどだったが、鈴菜は何も言えずただ大人しく着いていくことしかできなかった。


席に座るなり、尋常ではない目つきで、琉宇那は鈴菜に詰め寄った。

「ねえ、どういうつもり? 本当にッ……」

そこまで言って、琉宇那は口元を歪めて顔をそむけた。目元がきらりと光った。

「あの、ここお店だし、何か注文しないとまずいんじゃないですか」

「今はそんなことどうでもいいでしょ!」

怒鳴られて、思わず鈴菜は身をすくませた。

「本当にもう……!」

両手で顔をおおった琉宇那を、鈴菜は妙に冷めた気持ちで眺めた。

「別にどうでも良くないですか?」

「……何が?」

「私とあなたは他人なんだし、私が死んだって別にどうでもよくないですか」

そのとき琉宇那は今にも泣き出しそうな、傷ついた子供のような顔になった。そして何も言わずに立ち上がると、どこかへ行ってしまった。

私に呆れて、帰ったのかもしれないなと鈴菜は思った。それならそれで構わない。どうだっていい。そう思いながら、少し裏切られたような気持ちにもなっていた。


だが、琉宇那はすぐに戻ってきた。両手に紙コップを持っている。その一つを鈴菜に突き出した。どうやらホットコーヒーのようだ。

受け取って、黙ってすすっていたら、

「どうでもよくないよ」と琉宇那はぽつりと言った。

鈴菜は聞こえないふりをした。

「死んだってどうでもいいとか、そんなわけない……」

そっぽを向く鈴菜に琉宇那は構わず話し続けた。

「私、おつき合いしていた人が、自殺した、んだ。だから、そういうの、もう二度と見たくない」

それを聞いても、鈴菜は何も言えなかった。言う必要も感じなかった。そんなの自分には関係ない話ではないか。過去に何があったか知らないが他人を巻き込まないでほしい。そう思っているのに、胸に罪悪感という不快な感情が広がるのを感じていた。

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