明日使えない労務のイロハ! ~転生する前に知りたかったお話~

佐椋 岬(サクラ ミサキ)

第1話 選ばれたのは現実でした

まぁ、どこにでもあるよくある話。

職場が合わないとか、ブラックすぎて鬱になったとか、人生に疲れたとか。

生きるのが辛くなってトラックの前に飛び出すとか、本当によく聞く話。

僕、古都森こともり けいも例に漏れずその一人だった。

数十年も昔のトレンディードラマだったらトラックが急ブレーキをかけて、轢かれる直前に止まったりなんかするのかもしれないけど。『僕は死なない』的な事を言えたのかもしれないけど。残念ながら面と向かって『貴女が好きだから』と言える相手もメンタルも不在なワケで。

実際のところ、どんなに運転技術がある人でも自動ブレーキ搭載の車だったとしても、無理なものは無理だったりする。制動距離の壁は越えられない、物理学賞って偉大だね。

特にこう、自分で言ってりゃ世話無いけど来世に託して宝くじを買う感覚で転生希望、自ら体当たりに向かうタイプの人間を避けるのはほぼ不可能。

それでも実行してしまうのは今の世に無理して頑張るほどの希望やら価値を見出せないからであって。

……死ぬ直前だっていうのにもう少し他に考えること無いのかな僕は。

やけに冷静な思考を遮るようにヘッドライトが頭を照らす。順当に行けば『キキーッ、ドンッ』が来てフィニッシュ。

急ブレーキの音が耳に届いた辺りで僕の意識はブラックアウトした。



「んっ……」

おぼろげに意識が戻ってくる。身体は……どうやら動きそうだ。

立ち上がって四肢を伸ばし、辺りを見回してみると思っていたのとは違った風景だった。

目の前にはやけに現実的な壁と扉。例えば光を放っているとか、取っ手が無くて魔法陣が浮かんでいるとか、そういったファンタジックな要素は無く到って普通の扉。

ここが実は都会のオフィス街にあるお洒落なコンサルティング会社の受付と言われて、例えば女性社員の方が出てきて来客僕の応対して応接室に案内されたりしても全く違和感の無い空間。

先ほど眼前に迫ってきたトラックの方がよっぽど非現実的な風景だった。

振り返ると背後には曇りガラスの大きな自動ドアがある、多分エントランスなんだろう。

形だけ見ると、僕がエントランスの扉を潜ったところで力尽きて行き倒れたみたいな状況だけど残念ながら直前にこんな立派なエントランスを潜った覚えは無い。

「どういう……状況なんだろう」

誰に向かって言うでもなく呟く。脳の処理が追いついていないので独り言くらいは許して欲しい。

今一度辺りを見回してみても他に変わったものも無いので、奥に続くであろう扉の前に近づいてみる。

するとこれまたリアルなセキュリティのパネルと、その横にご丁寧に『御用の方はお知らせ下さい』と書かれたインターホンがある。ますます何処ぞのオフィスじみて来た。

このまま待ち続けても状況は変わらなそうなので、意を決してインターホンを押してみる。

「はーい、少々お待ち下さい」

扉の向こうから返事が聞こえた。声から判断すると女性かな。

数秒で扉が開かれ、中から現れたのは綺麗な女の人だった。肩の辺りまで伸びたセミロングの髪を小さく揺らして僕に笑顔を向けてくれる。

……どこと無くその笑顔に隠し切れない疲労感が漂っているのは気のせいだろうか。

「あの、すみません、えーと……どこから話せばいいでしょうか」

唐突に『トラックに轢かれて気付いたら御社のエントランスで倒れてたんですけど、ここってどこでしょうか』と言ったらどういう反応されるだろうか。救急車を呼ばれるだろうか。いや、トラックに轢かれた人間に対する対応としてそれはそれで合ってるのか。

僕が言い淀んでいると、彼女はすぐに察してくれた様子で言葉を紡いだ。

「あ、異世界転生希望の方ですね、どうぞこちらへ」

「……ちょっと待って」

いくらなんでも話が早すぎるだろう、心が読めるとかそういったレベルの話じゃないぞ。

「何でしょう?」

「いや、合ってるんですけど僕がどうして異世界転生希望だって判ったんですか。というか自分で言うのも滑稽ですけどそもそも異世界転生希望って何ですか、確かにワンチャン転生に賭けましたけど客観的に判断したら生身でトラックに向かって飛び出すって正直ただの自殺者ですよ?」

言ってて悲しくなってきたな、何一つ間違ってないんだけど。

僕の問いに彼女は苦笑いで答えてくれた。

「最近多いんですよ、異世界転生希望の方。弊社はそんな行き場の無い魂のかたに一時的に待機して頂く為の場所となっておりまして」

言いながら僕を奥の部屋へと案内してくれる。話の内容は正直雲を掴むような話だけど、そこは後で詳しく聞こう。

「……色々確認したいことはあるんですけどとりあえずそれは置いておいて、『魂の方』ってことは僕やっぱり死んだんですよね」

「ええ、それはもう凄惨に。ご覧になりますか?」

そう言うと彼女は手に持っていたタブレットを手早く操作した。程なくして、タブレットから悲鳴やサイレンが響き、阿鼻叫喚な場面だと想像に難くないシーンが映し出される。

「ご存知ですか?ニュースなんかで良く聞く『全身を強く打って死亡』というのは原型を」

「ご存知なのでその先は結構です!!!」

つまり僕がそういう状況だったってことだ、そりゃそうか。

見たらトラウマものの事故現場な上にその主が自分なんていうムービーなんて間違っても精神衛生上良くないので、僕は大人しく案内された席についた。

対面のデスク越しに彼女が座る。まるでこれから面接が始まりますとでも言いそうな雰囲気だ。

「それでは異世界転生のための登録手続きを始めさせて頂きますねー」

「……いや、待って待って、本当に理解が追いつかない」

異世界転生ってこんな事務的なんですか……手続きってなんぞ……と色々おかしい。

「あ、初めての転生ですね?大丈夫ですよ、しっかりとご説明させて頂きます。私、コーディネーターのディアナと申します、よろしくお願い致しますね」

僕の反応は彼女の予想通りだったらしく、先ほどの恐怖のタブレットをパパッと操作して僕に向けてくれた。今度はグロムービーではないのが一目瞭然、プレゼン用資料作成ソフトで作りましたと言わんばかりの『初めての異世界転生登録』という文字が表示されていた。

ディアナさんの説明によると、最近現世に絶望して無茶な方法で異世界転生を試みる人間が後を絶たず、転生待ちの魂で大渋滞を起こしているらしい。

転生させる側も必死に対応に当たっているものの、如何せん数が多すぎて人手不足だという話で、待機期間がどうしても生じてしまう為にまずは一旦登録型という形で対応を余儀なくされたそうで。

……まぁ、確かに僕も転生させる側の状況なんて知らなかったしそもそも本当に異世界転生できると思ってもいなかったのだけれども。

転生希望者がここまでの数になってしまうと受け入れる側の世界も人数制限があるようで、現在は必ずしも希望通りの異世界に転生できるわけではない状況だそうだ。

今時点で異世界で手持ちの能力を活かしてスローライフを送れている人は相当恵まれた条件らしい。現世だけではなくこちらも相当世知辛いんだなぁ……せめて現実じゃないところでは理想が叶って欲しかった。

「というわけですので、ご希望の転生条件をお聞かせ頂き、登録という形で進めさせて頂ければと。よろしいですか?」

よろしいというか他に選択肢があるんだろうか。興味本位で僕は確認してみることにした。

「問題無いんですけど、ちなみに拒否したらどういう状況になるんでしょう?」

「そうなると大変申し訳ございませんが弊社では対応しきれませんので、先ほどのエントランスから通常の運命にお戻り頂くことになりますね」

ディアナさんは笑顔を崩さないまま応える。その笑顔に嫌な予感を覚えつつ、先が気になるので尋ねてみる。

「具体的には?」

「意識が飛ぶ直前の元の身体に戻って頂きますので、目の前にトラックが迫ってくる状況からリスタートして全身を強く」

「是非とも登録させてください!!!」

その先を聞きたくなかったので、僕はディアナさんの言葉を強引に遮った。

「はーい、ご登録ありがとうございます」

ディアナさんの笑顔が怖い……いや、彼女は何一つ悪くないんだけど。

「ちなみにもし僕が何も知らずにエントランスから出て行ってたら……」

「はい、全身を」

「ですよね!?50%&50%《フィフティフィフティ》に勝利することがこんなに嬉しかったの初めてですよ!!」

やっぱり軽率な行動というのは良くない、みんな、ツライのは判るし共感しかなくて実際に行動も起こしちゃった僕が言うのもなんだけど、命は大切にね?

現実逃避にと心の視聴者に語りかける。いや、いまこの状況がそもそも現実かどうかって言われると微妙だけど。

「ではまずこちらにお名前や生年月日、あとはご希望条件等をご入力頂けますか?」

ディアナさんが再びタブレットを操作し入力画面を呼び出す。

「今更ですけど、こういった端末とかはやけに現実的なんですね」

「そうですね、異世界転生希望者が20××年頃の日本の方が群を抜き突出して非常に多いので、その頃主流だったデバイスに合わせた方が手続きがスムーズでして」

「あぁぁ20××年頃の日本本当に闇しかない……」

その世界に生きていた僕が言うと説得力も増すんじゃないだろうか。落ち込む気持ちをどうにかしまい込んで僕は個人情報の登録を進めた。

一通り入力したところでディアナさんにタブレットを返す。

「『古都森 慧』さんですね。ご希望条件は……成程、やはりお手持ちのスキルでスローライフを御所望ですか。大変申し訳ないのですがそちら只今希望者が殺到していて今すぐにはそちらの世界をご用意できないんです」

これも予想通りなのか、ディアナさんは端末をもう一つ取り出して、カタカタとキーボードを操作する。

「今現在だとすぐにご案内できる世界はこちらなんですけれど……お早い転生をご希望でしたか?」

画面に3つの世界が提示される。……3つの世界って言葉が既にゲシュタルト崩壊を起こしている気がするんだけどもうその辺りは突っ込んだ方が負けなんだろうな。

順に見ていくと一つ目が『ファンタジー世界。店員があだ名で呼び合う関係の酒場で笑顔を絶やさず働く世界』とある。

「すみません……これ転生前の世界よりキッツいです……絶対無理です……」

「そうですか、ご希望にファンタジー世界とあったのでとりあえずそこだけでもせめて満たそうかと思ったのですが」

「そんなに人気なんですか、ファンタジー世界」

「人気ですねー、ちなみに前回こちらに向かった方のお話だと、働くメンバー同士で交流の宴の席で歌詞の『キミ』という部分を好きな異性のお名前に変えてラブソングを歌うことを強要されたのが嫌で戻ってきたというお話も」

「すみません絶対嫌ですトラックを選ぶかもしれないくらいの勢いで嫌です」

気を取り直して次の世界を見てみる。『エルフの女性が多い世界での保育士として過ごす世界』とある。

「さっきよりは良さそうですが……こちらの詳細は?」

「エルフの方は長命ですので出生率が高いんですよね、ですので保育士は何人いても困らないしいればいるだけありがたいというお話でして」

「あ、不穏になってきた」

さっきまでの流れから察するとこの導入は嫌な予感がするけど、とりあえず最後まで聞いてみようと僕は続きを促した。

「女性の保育士さんの方が安心出来るという声は多いんですけど、そのエルフの保育士さんが御懐妊されて産休・育休に入るケースも多発して手が足りずに男性の方の募集も急ぎで行っておりまして」

「それ絶対残業多いやつー!いや出産はおめでたいことなんだけど!現場が回ってないからってやむなく外部に人材頼んでるやつー!!」

「アットホームな環境で(深夜も物理的に)明るい職場、住み込み大歓迎だそうです。連続24時間を過ぎてもきっちりお給金は定時超過として割増でお支払いされるとのことで」

「帰れないの確定してるやつー!絶対辛いやつー!使命感とか意識の高さでカバーするのも限界のやつー!!」

「ちなみに似た感じだと回復魔法の得意なフェアリーがいる診療所で患者さんケアのアシスタントを」

「生命を司る尊いお仕事をなさっている方々の労働環境の改善は急務だと思うんですよ本当に……」

僕はがっくりと肩を落とす。何だろう、異世界転生希望のはずが転職希望みたいになってきた。ディアナさんがハローワークの窓口対応の方に見えてきた。

期待せずに3つ目の世界を見てみる。『魔術システムによるプロバイダと呼ばれる通信水晶にまつわる問い合わせ対応』とのことで。

「いい、オチが読める」

「お急ぎですとどうしてもこういった条件になってしまうんですよね、スローライフは大人気なので倍率も高くて」

「もう競争世界は嫌なんですよ……しんどいですよ……」

疲労感超えて悲壮感、心のリリックも悲鳴を上げる。

がっくりと肩を落とす僕の様子も気にせず、ディアナさんはさらに端末操作を続けた。転生希望者を何人も見てきた彼女にとってはもはや見慣れた風景なのかもしれない。

「ご希望に副えず申し訳ありません……そうしますとやはりどうしても待機期間が発生してしまいまして」

「あぁますますそれっぽい……昔失業保険貰ったときに聴いたことあるワードです……」

説明を続けてくれたディアナさんによると、彼岸と此岸の狭間に位置するようなこの世界で待機するには転生世界の選択肢を広げるようなスキル取得の講座に参加したりする必要があるらしい。

受講中に希望先の世界に空きが出たらセミナー卒業、場合によっては希望を少し変えて枠が残っている世界を選択することもできるとか。正直完全にただの転職先探しと職業訓練。

全てを捨てて現世のしがらみから開放されようとか言う甘い言葉に乗せられちゃいけないことがよく判った。

「まぁ……衣食住が確保されているだけ現世より幾分マシかぁ……」

受講先次第で環境は多少異なるにしろ、身の回り品・希望の食事・暮らす部屋は原則支給されるらしい。それは助かる。

「本来現実世界でもこうあるべきだと私は思うんですけどね、資本主義が悪いとは言いませんが勤労・納税の義務が重過ぎると思います。生存権は何処に行ってしまったのかと憤りを覚えずにはいられません」

ディアナさんは大きく肩を竦める。彼女としても転生希望者に希望の世界を案内できないのは不本意なんだろう。

「とりあえず行ってみましょうか、慧さんのご希望に副えられるかは判りませんが」

そう言うとディアナさんは端末や資料を片付けて、更に奥の部屋への扉をノックして僕を案内してくれた。

「どうぞー」

ディアナさんと比べると若干おざなりに返事が返ってくる。

扉を開けるとそこにはしかめっ面で機嫌が悪そうにデスクを指でトントンと叩く女性がいた。

ポニーテールにまとめられた長い金色の髪が不機嫌そうにゆれている。

「シャロムさん、お仕事ですよ」

「お断りですの。これ以上仕事増やされてたまりますか、いい加減手が回らないって何度も申し上げておりましてよ?」

「相変わらず発言内容と口調が一致しない所が哀愁満載ですね」

ディアナさんの反応を見るに、おそらくこの光景が日常茶飯事なのは容易に想像できた。……あくまでやり取りが、という話で目の前の光景は割と非現実的だったけど。

昔あったSFモノのアニメ何かで見るような、何もない空間にディスプレイがいくつもマルチに浮かび上がっていて、シャロムさんと呼ばれたその方を取り囲むように自己主張して光っている。

「ご新規の来訪者様でしょうから察しはつきますけれど、待機の手続きですのね?ごめんあそばせ、少々お待ちくださいませね」

ディスプレイに次々と手を翳しながら、シャロムさんはこちらを見ずに話を続ける。翳された順にディスプレイが宙に霧散していく所を見ると、処理が終わったら自動で閉じていくようなシステムなんだろうか。

2つ3つ閉じられた所で一息をつくと、シャロムさんは左手を挙げて振り払うように腕を薙いだ。すると彼女を取り囲んでいたディスプレイが全て一瞬でデスクに吸収されたかのように姿を消した。

「え、何それ凄い」

現代日本社会のデバイスしか知らない僕にとっては割と衝撃的な映像だった。

「あぁ……何と説明したらよいでしょうか。キーボードやマウスと行った入力装置を介する手間を省いて、思考をダイレクトに反映させて操作を簡易化しておりますの。入力デバイスは椅子ですわ……まぁシステムの説明はどうでも良いですわね」

「そんなに顔に出てましたか、僕」

「ええ、興味深そうに驚愕の表情を浮かべていらっしゃったので。それはさておき本題に入りましょうか。ディアナ、彼の情報を」

「はい、どうぞ」

ディアナさんが指先で宙に四角を描いて弾くような仕種を見せると、シャロムさんの手元に新たなディスプレイが出現して僕の情報が開示される。

「『古都森 慧』さん……なるほど」

僕の情報を見ながらシャロムさんはまるでクラシックの指揮者のように宙で指を躍らせ、また次々とディスプレイを出現させて説明と手続きを進めてくれた。

ざっくり言うと待機期間の過ごし方や衣食住の申請システム、スキル取得の講座なんかの話。一通りの説明をしたあと『一度で全てのお話を理解するのは大変でしょうから』とスマホのようなものを手渡してくれた。

「細かい話はそちらをご覧下さいませ、その端末は待機者の証も兼用しておりますの。具体的には離●票や保●脱退証明書、リ●フレットのようなものが全てそちらに入っておりますから、必要に応じてご提示をお願い致しますわ」

「ぶっちゃけすぎません!?」

目の前の光景や世界は非現実的なのに、どうしてこうも手続きだけはやけに現実的なんだ……

がっくりと肩を落とす僕に、シャロムさんが苦笑を浮かべる。

「お気持ちはお察ししますわ。ですが現実世界と大きく異なりすぎて全く右も左も判らないよりは幾分マシじゃありませんこと?」

「まぁそれは確かに」

気を取り直して、と言わんばかりにシャロムさんは説明を続ける。

「まずは住居の確保ですわね、最初に宿舎へ向かって下さいませ。現実世界だと離職票は失業給付の申請を先に出しがちですけれど、住宅確保給付金なんかを申請するなら離職の証明になるものが必要なので先にお役所に行った方が手間が省けるのと同じですわ」

「もう離職って隠す気も無いんですね……いえ、情報を頂けるのは非常にありがたいですけど。ところで住宅確保給付金って何です?」

「……あぁ、嫌ですわ前世の職業病ですの。住宅確保給付金は噛み砕いて言うと、失業中申請すれば家賃相当額が貰えるシステムですわね、生活困窮者自立支援法というものの範疇ですわ。雇用保険とは別ですからご存知無い方も多いんですの」

「前世って」

多分日本社会にはもう戻らないと思うので、むしろ内容よりそっちの発言の方が気になったけど口を紡いだ。

「食事の補助なんかも同じ自立支援の一環ですから、その辺りはここも現実社会をモデルに対応を行っているようですわ。衣食住を確保しないとそもそも生活が成り立ちませんし―――」

そこまで言ってシャロムさんは言葉を止める。話が脱線していることに気づいたらしい。

「―――話が反れましたわね、手続きは宿舎の窓口で兼ねていますからそちらで資料を提示してくださいませ。気が進まないかとは存じますけれど」

シャロムさんは大きく肩を竦めた。

「転生を希望したのに好きでもない労働や受講をさせるだなんて気が触れているとしか思えない所業ですもの。そもそもこういった取次ぎをする存在だってやるならちゃんと最初から用意しやがれですのよ不在になってから募集なんて愚の骨頂ですわそんなんだからいつまで経っても絶望して転生希望する方が減らな」

「はーい、シャロムさんそこでストップですよー」

段々とヒートアップして明らかに口が悪くなってきたシャロムさんを羽交い締めにして口を塞ぎ、ディアナさんが笑顔のまま続ける。

「まずはゆっくりと案内を読み返して今後の方針を決めてくださいね」

「判りました」

今後の方針……ねぇ。いや、お二人が悪いわけでは全然無いけれど『何もしない』って選択肢が無いのがツラいなぁっていうのが正直な感想。人生ってヤツはつくづくままならないなぁ。

とりあえず一通り目を通すだけ通して、希望の講座が無かったので何もしないっていうのはダメなのか明日にでも聞いてみよう……と思いながら、僕は説明された宿舎の手続きへと向かうのだった。


(第二話へ続く)

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