同棲することになった幽霊女子の残念な点は、おっぱいのほかにも何点か・・・

なゆた先生

第1章 お風呂場にて

「お宅の水道、漏れてませんか?」

 数日前の夕方に、市役所からこんな電話があった。

 担当者の話によると、どうやらこの部屋の水道の使用量は、同じアパートの住人より5倍も多いらしい。

 でもそれは当然のことだった。

 なぜなら、この部屋に住んでいるのは、俺だけじゃないのだから。

 ただ、家主であるはずの俺も、一体どんな奴が何人住んでいるのかまるで見当もつかない。

 ちゃぶ台の上には、広げた教科書とノート。そして、その隅に忌まわしき水道明細がある。時折窓から吹き込む春風に揺れる。そんな光景にさえ、“何者か”のせいに思えてくる。

「……5倍なんだから、俺の他に4人いるってこと?」

 そんなことを独り言ちながら、部屋の隅を見やる。俺の視線の先には、何十枚かのお札でガチガチに封印された押入れがあった。

 俺、鶴見伊歌が住むこの部屋は、いわゆる事故物件というやつだった。入居して一ヶ月が経ったが、この不気味さには、なかなか慣れない。

 ——あのお札を剥がしたい……。

 学校から帰って8時間ぶっ通しでゲームをしていると、衝動的にそう思うことがある。しかし、直ぐにある記憶がそれを押しとどめる。それはここに住み始めて間もない頃見た、押入れから伸びる青白い腕が踊る光景。

 ちなみにお札は、押入れ以外にも貼ってある。特に多いのは台所やトイレなんかの水回り。ちなみに俺も最近、神社の巫女だという同級生から買ったお札をお風呂の入口に追加しておいた。



 数年前、この部屋に住んでいた女が自殺したらしい。こういうことに詳しいクラスメイトのなんとか君によれば、「自殺した霊は基本的に苦しんで死んでるから、タチが悪い霊だとあっちの世界に引っ張ってっちゃうこともあるんだってよwww」とのこと。人の不幸を心から願うあの笑顔は、今思い出しても、もう二、三発は殴りたい。

 あと、誰かは知らないけど、月一で戸口にお花を供えていく嫌がらせはやめてほしい。

「そんなに嫌なら引越せよ」

 顔面にアザを作りながら、ヘラヘラしているなんとか君のセリフが脳裏に浮かんだ。

 その提案の答えは「否」だ。

 別に意地じゃない。こんなところに住み続けるのには、もちろん理由がある。

 それは家賃だ。

 事故物件ということでなんと月々三千円。近隣の相場の十分の一以下だ。ちなみに母さんからは正規の仕送りをもらっている。その差額は全額俺のお小遣いになるわけだ。我ながらなんて頭がいいんだろう。

 だから怪奇現象とか、ポルターガイスト的なものは我慢する。ここ数週間、夜中に目覚ましが頭に落ちて来て、痛かったこともあったけど、最近、枕元から離せばいいことに気付いたし、いきなり時計が超スピードで逆回転しても、唐突に女の声で、「痛いよ」や「助けて」「苦しいよ」なんて聞えても、枕に顔を埋めて震えながら大抵は許してやっている。なぜなら俺は懐が深いから。

 でも、一つだけ許せないことがある。

 水道代だ。

 この水道代を適正値にしなければ、我慢してこんなホーンテッドマッションに住んでいる意味もない。現状ではギリギリ黒字を維持しているものの、一昨日ゲーム買っちゃったし、来週には伊之助のフィギュアが着払いで届くから、少なくとも来月以降はロスは避けなければ。

 だから俺は行動を起こすことにした。

 だいたい三日に一回の頻度で起きることだ。朝起きたら風呂場のシャワーが出しっ放しになっている地味な怪奇現象。

 しかしながら例え地味でも、今回の請求の大部分を占めているには明らかなわけで。だから今日は少し夜更かしをして、シャワーの水が出た瞬間止めに行く。今日だけじゃない。向こうが音を上げるまで根気よく続けてやろう。


 時刻は午前二時を過ぎた。草木も眠る丑三つ時というやつだ。

 しばらく過ぎた頃、時計の秒針の音の向こう側で、微かに響いてくる蛇口を捻る音。どうやら始まったらしい。俺は忍び足で浴室の前までやってくる。そして意を決して扉を開けた。


 まさか見えるなんて想像もしていなかった。

 そこには、黒髪を肩まで伸ばした同い年くらいの女の子が、気持ち良さそうにシャワーを浴びていた。

 ただ、その子は普通ではなかった。身体は少し透けていて、太ももから下は完全に溶けている。湯気で見えないわけじゃない。足がない。彼女は完全に浮遊していたのだ。

 そしてシャワーから流れるお湯は、色白で華奢な身体を素通りして行く。それは世間でいうところの出しっ放し。

 水道代はこれが原因だ。マジでふざけんな!

 ただ、せっかく裸でいてくれるのだから今はこの子のおっぱいだ。ううん、カタチはいいが、サイズは小さめ。Aに近いBくらいだろうか。いや……

 ここで再び、水道代のことが頭を過ぎる。

 嘘はイケない。これは誰が何と言おうとA。なんなら崖とでも表現してやろう。あれ? そこまで来たら、もはやカタチも何もないじゃん。

 ここへ来てようやく裸の女と目が合った。

「はじめまして。鶴見伊歌っていいます」

 なんとなく自己紹介をしてしまったが、得体の知れない奴には、まずこちらに敵意がないことを知ってもらわないと。『インディペンデンスデイ』でも、アメリカ軍は宇宙人にウェルカム作戦とかやってたし。

「こんばんは。帰蝶です。小泉帰蝶」

 幽霊女は、顔を引きつらせながらも、丁寧な挨拶を返してくる。どうやら言葉は通じるようだ。

 彼女の声は透き通っていて、とても可愛らしかった。

 さて、無断で他人様のバスルームを使っているわりに、この足のない御仁は、意外にも礼儀正しいらしい。けれど水道代の恨みは続くよ、どこまでも。

 改めて頭から膝まで観察する。彼女も俺の視線に合わせて自分の姿を確かめてゆく。最後に俺が目を逸らすと、ようやく彼女もその理由を察したらしい。

 幽霊の真っ白な頬が途端にポッと赤くなる。

 このまま彼女の身体を凝視続けるのは失礼だろう。といっても、ここは俺しか住んでいない俺の家なんだけどね。自分の家のバスルームで立ち尽くして何が悪い。しかも田舎の1LDKだぞ。一人で住むように出来てんだよ。

「ゆっくりしていってね。ただ、お願いだからシャワーは止めておいて」

 おもてなしの言葉をかけた後、硬直したまま浮遊を続ける全裸の幽霊を残して、俺は浴室から足早に退却した。そして寝床につく。どうやら慣れない徹夜をしたせいで頭がおかしくなったらしい。

 そもそも、今が夢の中なのかも。

 そう思った矢先にバスルームの方から、さっきの声で絶叫が響いてくる。

 思った通り、夢の中だった。朝起きたらきっと覚めている。


 午前二時三十分、時間も時間なだけに、俺はまどろみの中に沈んでいった。

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