第24話 コスプレデビュー

『それでは、エントリーナンバー9番、神楽坂イリアさんのコスプレです! どうぞ!』


 イリアの順番が来た。

 イリアは、会場の舞台の真ん中に歩いていく。


 そして、そこで一度、お辞儀をすると、そのまま勇ましいポーズをとった。

 アニメで見た、戦闘時の決めポーズだ。


「おぉ、再現度が高い」


 俺は思わずうなった。アニメは付き合いで見た程度だが、印象に残っているシーンで、イリアはそれを忠実に再現していた。


 会場のみんなも同意見のようで、ざわめいていた。


 イリアはパタパタと会場を駆け回る。小さい体の特権を活かして、設定された舞台を隅々まで使っていた。


 その派手な立ち回り、そして元気な様子に、観客は驚きの声を上げていた。

 パシャパシャ、とシャッター音が聞こえるのは、カメコだろう。


 イリアは、その小さい体を一生懸命に跳ね回らせて、飛び跳ねていた。


「えい、やぁ! とぉ! マリアンヌ、さんじょう!」


 たどたどしい言葉で、大好きなキャラになり切っている。

 その姿は、まるで本物のアニメの主人公だった。


 俺が、イリアと一緒に見たあのアニメの格闘シーンが、目に浮かんだ、ようなきがした。


 やがて、ホイッスルがなり、終了を告げられた。


『ありがとうございました! とても可愛らしいマリアンヌちゃんでしたね! みなさん、拍手をおねがいします!』


 マイクの人が最後に大きく盛り上げてくれて、万雷の拍手が注がれる。

 主役のイリアは、目をキラキラさせながら、その拍手に両手を挙げて答える。

 そして、名残惜しそうにしながら、舞台から降りてきたのだった。


「イリア、気持ちよかったか?」


「うん! とっても!」


 イリアは、まだ顔をほころばせ、俺に抱き着く。

 汗に蒸れた空気が漂う。イリアの顔は真っ赤だ。


「わたし、こんなにおおぜいのまえで、あんなにおおきな声をだしたの、はじめて!」


 そうだろう。こんな経験、中々できるものじゃない。


「よくやったぞ、イリア。立派だった」


「えへへ、センセ……わたしね、夢、あるの」


「ん?」


「せいゆうさんに、なりたい」


「声優って、声の役者さん?」


「うん。さっき、大きな声を出して、わかったの。アニメに自分の声をのせて、みんなをえがおにしたい!」


 両手をぶんぶんと振り、イリアは決意を込めて宣言する。


「なれるよ。イリアは頑張り屋だ。イリアなら、なれる」


「うれしいな……えへへ、センセ、ありがと」


 悦びにみちている。イリアは、夢見心地のようだった。

 ふらふらしながら俺の元に近づいてきたイリアは、目が真っ赤だった。


「イリア……?」


 顔の赤さが増していく。体からは汗でできた蒸気がほんのりと立ち上っている。


 足元がふらついている。

 一目でおかしいとわかる。


「おい、イリア、大丈夫か?」


「ん……」


 イリアは小さくうめくと、そのまま一、二歩歩き……そして、膝から崩れ落ちる。

 俺は、慌ててイリアを抱きかかえた。


「ど、どうしたんだ、イリア、イリア!」


「あついよぉ……あつい……」


 熱中症だ。俺は鳥肌が立つのを感じていた。


 こんな暑い日に外に出れば、こうなる危険があるのは分かっていたことだった。

 水は飲んでいたからと、油断していた。くそ、俺がついていながら。


 イリアの意識が急激に薄れていく。俺はイベントスタッフに声をかけた。

 冷たい水、冷房の効いた場所を教えてもらい、救護の為に、急いで移動する。


 俺はイリアを抱きかかえ、その場を移動した。


「センセー……あついの……」


「大丈夫だ、絶対に俺が、イリアを守る」


「センセー……かっこいい……ダンテみたい」


「はは、ダンテだったら、とっくの昔にイリアを助けてあげられるだろうけどな」


 俺は、熱を帯びたイリアに冷たい飲み物を与える。

 体を冷やし、冷えた水を飲ませ、とにかく体の調子を取り戻させることに没頭する。


 事情を知った会場の係員さんが、俺のことをサポートしてくれたのも大きかった。

 それが功を奏したのか、イリアの様子が、少しずつ戻ってきていた。


 赤らんでいた顔が元の落ち着いた顔色に戻り、熱感を訴えていたのが落ち着いていた。


 もう大丈夫だ。

 俺は、ほっと胸をなでおろしていた。


 息を整え、すぅすぅと寝息を立てるイリアは天使のような寝顔をしていた。

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