1-13

 周囲に人影が無いことを確認して、マシロはドアをノックした。しばしの時間の後、ドアが少しだけ開き、隙間からザリガニの触覚が生えてきた。触覚をみょんみょん動かして、ザリガニ男は周囲を確認する。それからドアを開け、マシロをグイッと中に引き寄せた。


「誰にもつけられてないな?」


 ザリガニ男がマシロの左手に向かって問いかけると、ドロンという煙と共に腕時計がタヌキの姿に変じた。


「大丈夫ですよ。尾行も監視も、こちらを疑い見る影も無しです」


「よし、鞄を奥に持っていけ」


 奥に行くように促され、マシロは「お邪魔します」と呟いて靴を脱ぎ、部屋の奥へキャリーバッグを押していった。


 六畳間には黒い影の怪人と、化け狸兄弟のポン吉、ポン三郎の姿があった。本日は勢ぞろいである。


 ちなみに、マシロが計画に参加すると聞いた際にポン吉とポン三郎は猛反対したのだが、彼女が持参したパンの耳を食べて渋々了承した。恐るべきはKUDOUベーカリーである。


 マシロがキャリーバッグのファスナーを下すと、中にギチギチに詰まっていた携帯電話が零れ落ちた。色とりどり、形状もバラバラのそれを見て、怪人達は感嘆の声を上げた。


「一日でこれだけ集めたのか、やるなぁ」


「これだけの量となれば、相当重かったでしょう。いやはや、一戸殿はなかなかの健脚であらせられる」


 黒い怪人とタヌキ兄弟は口々に感想を述べ、マシロを労った。ザリガニ男はマシロの隣に座り込み、ハサミで携帯電話を器用に挟んでしげしげと眺めた。


「スマートフォンは買ってこなかったんだな」


「あの、安いので良いと言われたので、その、ガラケーばかり……。マズかったですか?」


「いや、ガラケーの方が分解しやすい。それに、スマートフォンばかり買い漁っていると、特殊詐欺の受け子をやっているのか疑われるからな」


 ザリガニのくせに、人間社会に妙に詳しいなと思ったが、言葉にするのは辞めたマシロであった。ザリガニ男は携帯電話を床に置くと、マシロの顔をその黒い目で覗き込んだ。


「期待以上の働きだ。でかしたぞ」


 でかしたぞ。その短い言葉に、マシロは目を見開いた。驚きを隠せないマシロに、ザリガニ男は怪訝な表情を作った。


「なんだ、そんな驚いた顔して。なんか変な事でも言ったか?」


「いえ、その、褒められたのに、ビックリして……」


 何を言っているんだと、ザリガニ男は首を傾げた。マシロがなんでそんな事で驚いているのか、理解ができないといった風だ。


「頼んだ仕事を期待以上の成果で達成したんだ、褒めるくらいのことはするさ。それとも、人間の世界では違うのか?」


 問われて、マシロは言葉を詰まらせた。


 果たしてそうだろうかと、自問する。自分の周りの人間は、期待以上の成果を上げれば褒められていたと思う。だが、自分はここ数年間、誰かに何かを褒められた記憶が無い。それは自分が誰かの期待に応えられなかったからなのか、期待を裏切ることに疲れて何もしてこなかったからなのか。


 負の感情のスパイラルに陥り、鬱屈としているマシロに対し、ザリガニ男は溜息交じりに声をかけた。


「雑用係とは言え、俺はアンタの事を仲間だと思っている。仲間が仕事を果たして無事に帰ってきた。それを喜び、労うために『でかした』と言ったんだ。それ以上でも、それ以下でもない。素直に受け取っておけ」


 そう言って、ザリガニ男はマシロの背中をハサミでぶっきらぼうに叩いた。


 甲殻は固いしトゲトゲしているしで、叩かれた場所がズキズキと痛むが、不思議と嫌な感じはしなかった。暖かい痛みが体を伝わって、心のわだかまりを溶かしていくようだった。


 マシロは自分の頬が緩んでいくのを感じた。そして、だらしない顔を見られたくなくて、スカジャンの袖で自分の顔を覆った。


「よし、早速分解作業に移るぞ」


「おう」


 怪人達は携帯電話の山を囲み、車座になって座った。各々がそれぞれの方法で携帯電話を割り、電子部品とプラスチックとに分別した。


 プラスチック、主に外装と文字盤はザリガニ男がハサミで粉々に粉砕し、区指定の不燃ごみの袋へ。電子部品はタヌキ兄弟が小さい前足でさらに細かい部品に分解し、はんだ付けされている物はコテで融解させてさらに細かく分解した。その様相は、さながら電化製品を組み立てるライン工の様であった。


 怪人と言えば秘密のアジトで、ミサイルや毒ガス、巨大ロボットなどを秘密裏に製造しているイメージだが、目の前の彼等のなんと地味な事か。六畳一間のアパートに怪人二人とタヌキが三匹身を寄せ合い、ガラケーを分解してはんだが焼ける臭いを漂わせている。


 なんとも哀愁漂う背中を、マシロは少し離れた所から見ていた。途中、ポン四郎が「部屋に戻りますか?」と問うてきたが、マシロは「皆さんの邪魔はしないから居させてくれ」と断っていた。


 内職に勤しむ怪人達の背中をボーっと見つめながら、マシロは考えていた。


 この分解した携帯電話は、何に使うのだろうか。パッと思いつくのは、爆弾である。マシロはどんな薬品を使えば、どんな電子部品があれば爆弾が作れるのか、それを判断できる知識を持ち合わせていない。


 しかし、怪人達が集まり、警察やギャラティカルセブンを警戒しながら行っているというこの状況が、彼らが良からぬ事に手を染めている証左に他ならない。


 仮に彼等が作っているのが爆弾の類だとして、果たしてそれは誰に向けられるのか。マシロはそれを想像し、すぐに辞めた。


 考えて結論が出るものでなし、怪人達に聞いても答えてくれるものでなし。答えが得られたとして、それを受け止められるとも思えない。


 その爆弾が自分や、自分の家族に向けられるかも知れないという考えが過ったが、マシロはそれを否定した。目の前の怪人達は自分を受け入れ、必要とし、褒めてくれさえした。そんな人達が無辜の一般市民の命を奪うはずが無い、そう思う、そう信じたい。


 それは余りにも甘い考えだろうか、マシロは自問したがそれもすぐに考えるのを辞めた。


 彼女はこの先に待ち受ける事態への不確かな不安より、今この瞬間の安寧を優先することにしたのだ。誰かに、確かに必要とされ、認められているという事実に、マシロは満足し、誰にも見られないように一人で笑った。

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