第24話 .Lily

「それで――ヘイリーの話を踏まえて色々と考えてみたんですけど、ごめんなさい、なにも分かりませんでした!」


 言い訳をしてもどうしようもないので、正直に言って頭を下げる。最初に声を掛けたのはサラだった。


「そう単純な話ではありませんでしょうから、致し方のないことです。リリー様おひとりで気に病むことはございません」


 そう言いながら、サラは不器用に微笑んだ。そう言ってもらえると救われる気持ちがあるけれど、でも不甲斐なさは消えなかった。


「これだけ考えても分からないということは、きっとこの状態でこれ以上考えたって分からないことなんだと思います。出来事を解決する最もな方法は解くことではなくて知ることです。その上で、現にわたしは、なにが起こっているのかをきちんと把握できていないと思います」


 言いながらヘイリーに目を合わせると、彼女は幼い瞳でごく真剣にリリーのことを見ていた。場にそぐわず照れくさくなりながら、話を続ける。


「なにも分からないと分かったあとは、とにかく知るための方法をひたすら考えました。話を聞いたあとで、断ってくれて構いません。これから話す計画は、平たく言えば、してはいけないこと、です」


 リリーが全員を見回すと、オムライスを突っついているアリスが目に入った。


「私は手伝うけどね」


 アリスはそう言うだろうと思っていたが、「聞いてから断ってもいいからね」と付け加えておく。


「わたくしにもできることがあれば、協力させてください」


 しかし、言う前にサラもまた了承した。残ったのはヘイリーだけだが、心配には及ばないようだった。


「……私には、みなさんしかいません」

「――よし」


 手を貸しにくいことであるのは間違いない。断られる覚悟も、一人でやる覚悟もできていた。それでもやはり、人が多い方が助かる。周りの頼もしさに、リリーは一層気を引き締めた。


「……ヘイリーがなぜここに来たのかについて考えて、そして一刻もはやくミカフィエルに帰してあげたいのは山々だけど、まずは猫事件の解決を念頭に置いて行動していきたいです。容疑者の第一人者は他でもないわたしです。上手いことそれを利用されつつもある。問題はそれだけではなくて、サラさんとアリスは知っていることですが、どうやらターラさんは、わたしが猫事件に関わることをよく思っていません。ターラさんがどうしてわたしを猫事件から遠ざけたいのかが分からない以上、調査は露見せずに行いたい。つまり、三人にはそれに協力してもらうことになります」


 女王であるターラを裏切ることになる。計画はそういう側面を持っていた。マクナイル城近衛兵としてやってはならないことだし、もっと言えば、人としてもやっていはいけないことだ。リリーは彼女のことをよく知っている。


 女王と兵士の関係だと、一概に言える間柄ではないのだ。子供の頃から、王妃のヘレナと共に、彼女は母のように接してくれていた。物心ついたときにはもう一緒にいることが多かったから、きっと覚えていないくらい小さな頃から同じ時間を同じ場所で過ごしてきたのだろう。彼女は纏う雰囲気こそアリスと同じように冷えきったものを感じさせるが、その実、ひどく寂しがりやな女の人なのである。氷そのものではなく、どちらかと言えば、雪原で凍った草花のような人。しばらく会えないと抱きついてくるし、暇さえあればシャーリィやリリーと喋りたがった。忙しい時でも、なにかお願いをしたら出来る限り聞いてくれた。食事はみんなと一緒でないと嫌だし、一人になることを嫌う。前に、サラにまで構ってもらっていたのをみたことがある。サラは当然狼狽していたが、それもターラの孤独な心ゆえの行動なのだ。


 ただでさえ、昨日はそのターラに怒った背中を見せてしまい、挙句の果てにはそれっきりになってまっている。もし黙って捜査をしていることが知れたら、彼女はリリーになにを思うだろうか。


 いま、リリーは三人に覚悟を問うているが、実のところ、一番心持ちが不安定なのは自分自身だった。


 アリスにじっと見つめられて、見透かされている、と思った。情けのない話だった。リリーは俯きながら、自分に語りかける。――怖いのか。ターラを裏切り、嫌われるのが。誰かに嫌われるのは、ずっと避けてきた。自分の感情を押し殺してでも、嫌われない方法を探してきた。そういう逃避がリリーの身には染み付いていた。


「これで、ターラさんにはひどく嫌われることになるかもしれないし、失望させることになるかもしれない。……でも、仕方のないことだと思う」

「じゃ、計画を」


 アリスが言う。リリーは頷き、口を開いた。


「この先の計画を説明します。まず明日からですが――」


 話し始めようとしたところで、リリーの言葉が止まった。やはり意志が揺らいだというわけではなく、横から漏れ聞こえてきた会話に耳を奪われたのだ。


『え、じゃあここの人が?』


 隣のテーブル。


「どうしたの?」


 突然止まったリリーの動きを訝しんだアリスが表情を覗き込んでくる。リリーは目線だけで隣のテーブルを囲む二人の女性を示すと、三人がそちらに意識を向けた。


 若い女性と、顔に皺のある年配の女性がテーブルを囲んでいて、ひそひそと会話をしている。気になったのはその内容だ。


『そうみたいですよ。ここの人が猫を殺したんじゃないかって噂聞いて』


 リリーは思わず顔を隠しそうになった。噂になっているのか、もう。ここの人とあえて言うのなら名前までは広まっていないかもしれない。実際、名前が出れば自分にはひとたまりもないとリリーは思う。城内では、顔と名前が一致するくらいには他人に知られている。


 サラが小さな声で言った。「若い方は、うちのメイドです」


『そんな噂が流れてるの?』

『ほら、うちには情報通がいるじゃないですか? あの子が言ってたんですよ』

『へえ、じゃあ本当かもしれないわね……』


 ああ怖い怖いと言って身を震わせるふりをしている彼女たちから目を逸らす。若い方が言っていた『うちの情報通』。メイドで、かつ城内の噂や世俗に強い者といえば――思い浮かぶのはまず、ついこの間階段のところで話をしたアナ・キャロラインだった。


 けれど……と、リリーは二人の会話に引っかかりを覚えていた。言うのか、アナが、そんなことを。――たしかに彼女は色んな噂を知っている。皆が彼女に話すからだ。けれど無責任なことや根拠に乏しい話、誰が誰を嫌いだみたいな、いわゆる黒い話を言いふらしたりはしない。事これに関しても、まるでアナの言いそうにないことだった。事件はあれ以降、かん口令が引かれているにも関わらず、一部の無関係の人にも知れてしまっているらしいことは把握していた。事が事だけに、準国事隊と近衛兵だけでは隠し通すのも無理があるのだろう。それでもやはりアナが言うだろうかと聞かれると、疑念が浮かぶ。あるいは、別の人のことなのだろうか。


 そして、リリーは彼女たちのおかげでひとつ気が付いていた。


「案外、こっそり喋っていても他所に聞こえるみたいですね。場所、移動しませんか?」


 リリーがそう言うと、アリスが「待った」と制す。真剣な顔をしているので、なにかまずいことを言ってしまったのかと、リリーはたじろいだ。


 アリスは真面目な顔で声を上げた。


「ご飯、全部食べないと!」

「う、うん!」

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