ガソリン車に乗った最後の記憶
草原紡
第1話
街中ではもう感じることができない匂いを嗅いで俺は車を運転する。
人がいない田舎道は、俺にとっては心地よかった。
窓を全開にして空気が入ってくるこの感じがたまらなかった。まあそこまで速度は出せない、それでも嫌なことを道に捨てている気分になる。
一度でいいから結構な速度を出して運転したい。俺が子供の頃はこの車で、まだそんなこともできた。今はもう無理だ。有害ガスは可能な限り排出しないようになった。
風と匂いを満喫して、いつもの場所に車を止めた。
じゃまたな、次の休みに。俺は50分程かけて徒歩で駅まで向かい、普段の生活圏内まで帰った。
数日経ち仕事が一段落した俺は、また愛車がある場所まで行こうとしていた。
駅までの道のりを歩きながら、ぼーっと辺りを見る。
車が通っても、ガソリン車なんかの異臭がしない。ガソリン車は、いまや過去の物となった。ガソリン車だけじゃない、地球に優しくない物で、代替できるものは積極的にされている。有害ガスを排出する車はもう売ってない。禁止されている。
売るのも、買うのも、運転するのも。
それを示すように、選挙ポスターはもっとクリーンな日本を謳っている。
見る人から見れば素晴らしい世界なのだろ、俺がその幸せを部分的に享受していることも事実だ。
それでもやっぱりあの車は手放せない。時代に取り残された駅に入り、あの場所に向かう。
その日はいつものように車を走らせ、いつものように終わる予定だった。
どこを見ても無遠慮に生えている草、それとは対照的に空に浮かぶ控えめな雲量。最高の景色。
何も考えず俺は雰囲気に酔っていた。そんな時だ、道端にいる1人の子供を見かけたのは。
ん?人がいると自然も違って見える、多少落胆しながらもそのまま素通りをしようとした。
その子が俺の乗ってる車に手を振り「そこのガソリン車止まってください!」と呼び寄せるまでは。
心臓がちょっと跳ね上がるくらいの衝撃を受けた。なんでガソリン車って知ってる、というか今の子分かるのか? 見た目は小学生くらいだが。
さすがにこのまま素通りはできそうにない、子供の近くに車を止める。運転中は開けっ放しにしている窓にその子は顔を近づけ「乗せてください」の一言。
無遠慮の草、控えめな雲量、助手席に無邪気な顔で座る子。はぁー。ため息を心の中で吐きながらさっきの会話を思い出す。
子供の乗りたい宣言に俺は常識的な返答をした。親は? どうしてここにいるの?など。俺との押し問答を繰り返して、子供は埒が明かないと思ったのか。
「おねがいします。乗せてください」頭を下げながら言った。90度くらい下がってるんじゃないだろうかと思うほどのお辞儀。
結果「あんまり顔出すなよ」子供は布素材のシートに、少々無作法な格好をして窓から顔を出し景色を見ている。時折、臭いと言っては何度も、車の窓から顔を出す。
この感じじゃ、こういう車に乗ったのは初めてかな。しかし、どうしようかもう雰囲気を楽しむとか、そういう感じじゃない。そもそもこの状況が犯罪では?
子供を乗せて連れまわしているこの状況が。この子側からの要求とは言えまずいだろうな。ただ、無邪気に楽しんでる顔を見ると追い出すのもなんとなく気が引ける。
「なあ、もうすぐ車止めるんだけど」子供の顔は特に変わらず「次来るときの日時教えてください」え。どうしよう教えるか? ちらっと顔を見る。
無言の顔は警察という単語を俺の頭に浮かび上がらせた。最近の子は怖い、罪の意識からそう見えてるだけかもしれないが。
結局、車を止めてある場所も知られてしまったし、俺が次来る日付を教えて、その子とは別れた。
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