第22話 龍は鎖に縛られない

「……こ、これは、流石に無理じゃないのか」

「いけるいける。ローズを信じてくれ」


 震える怯え声と余裕綽々の自信を乗せて、翼竜は密閉された空間に風を巻き起こす。

 一行がいるのは母船内部の上層、中枢部。その狭く薄暗い無機質な通路を、ローズに乗って進んでいた。低空飛行で強引に。

 勿論空とは訳が違う。翼は満足に広げられず、壁に接触しそうになっている。

 しかも、超小型の円盤や車輪が付いた自走する機械が襲ってきていた。枝分かれした左右の脇道から次々と現れては、光線や音波を放ってくる。

 多数の敵による妨害にも、ローズは真っ向から突進していく。


「はんっ、邪魔にもならねえな!」

「キミ、また精神が昂っているな!」


 ショトラが悲鳴のように指摘したが、確かにハイトは不敵かつ豪快に笑っていた。


 何故なら、楽しいから。

 兜を脱いで、直接風圧を感じられるのだ。宇宙空間の壮大な美しさも最高だが、肌の感覚が無い事だけは残念だった。

 久々の、飛んでいる実感。僅かな上下の移動すらも空気を感じられて嬉しい。やはり、飛ぶには身一つが最高だった。


 気分が良ければ、体も良く動くもの。

 銛や網を振るって、機械を打ち払う。速度と体重移動、ローズの動きを最大限に駆使して、大して手間も取らずに突破する。

 ハイトは前の座席に収まるショトラへ笑いかけた。


「な? 大丈夫だろ?」

「……ああ。認めるしかないか。……だとしたら、問題は捕まっている位置だが、本当にそれを試すのか?」

「まあ、見ててくれよ」


 この母船円盤は広い。それはもう一つの島や国程に。闇雲に飛んでも、決して目的地には辿り着けないだろう。

 ショトラは大型円盤や上昇する装置に攻撃(クラッキング)を仕掛けた際に情報を得ていたが、捕らえられた島の住民達が何処にいるのかは探れなかったのだ。


 そこでハイトは大きく息を吸い、笛を吹いた。漁でも使い慣れている、翼竜に指示を出す笛だ。

 一緒に捕まっているはずの翼竜に助けに来た事を報せ、捕まっている場所を教えてもらう為に。

 だが、笛の音に返答はなく、ただただ通路に響くばかり。


「反応はあるのか!?」

「んー……まだ無えな」

「やはり、防音壁なのではないか? だとしたら無意味だぞ」

「でも他に案はないんだろ?」

「今考えているところだ。何処か上位権限がある場所から侵入さえすれば……」


 ショトラは悩み、そのまま相談が途切れる。やはり効果的な案は無いらしい。


 すると目前には物理的にも行き止まり、壁が待ち構えていた。

 正確には、左右に直角に曲がる丁字路。中心から直進を続けた結果、端まで着いてしまったらしい。

 機械に追われている今、速度を落とすのは避けたい。だから、無茶をする事に決めた。


「よし、しっかり掴まってくれよ」


 ぶつからない程度に翼を広げ、更に逆方向に羽ばたいて、少し減速。姿勢を調整。右の翼だけで羽ばたき、更には時を合わせて側壁を蹴る。

 視界が回る。翼を擦りながらの、直角に近い急旋回。

 次いで迫る正面の壁も蹴って、衝突を阻止。姿勢を安定させ、高速のまま直角に曲がった。

 旋回で揺さぶられたせいか、くらくらしながらショトラが呻く。


「む、無茶をするな……潜入した以上、そこまで急がなくとも」

「ここまで来たんだ。皆を待たせられるか」


 飛行を楽しんでいても、軽口を叩いていても、根底には使命がある。神聖な鎧を身に付けた者としての責任が。

 熱い思いを胸に、相棒の手綱を握る。


 と、その時。ローズが甲高く鳴いた。ハイトの方を振り返り、訴えかけてくるように見てくる。

 意図は伝わった。手綱を引いて、またも急角度で進路を変える。


「よーしよし。分かった。そっちなんだな」

「分かったのか……?」

「俺とローズの仲だぜ? 心配すんなよ」


 翼竜乗りたる者、心を通わせて初めて一人前と認められる。それこそ鳴き声や仕草での対話を会得しなければ、手綱を握らせてもらえないのだ。

 だから仲間の返事が向こうの方から聞こえてた、というローズの報告もハイトには分かったのだ。流石のショトラも信じられないだろうか。


「ここだな」


 通路の途中、扉の前でローズを止めた。

 訝しげな顔でも速やかにショトラは降り、扉横で作業を始める。


「……確かに、記録がある……凄いな。この部屋で間違いない」

「で、どうやって開けるか。力ずくで壊せるか?」

「ワタシなら開けられる。キミは敵を引き付けてくれ」

「おうよ、任せろ!!」


 いつも通りの役割分担。

 ショトラが頭脳で作業し、ハイトが体を張って守るのだ。

 

 見据えるのは、超小型の円盤。

 飛ぶのはもとかく、通路内で守る為に戦うのは難しい。武器となる速度を活かせない。

 重量差があるのでローズの体当たりで吹き飛ばせるが、それだけでは両側からの敵に対応出来ない。

 だからハイトは降りた。

 自分の足でしっかりと踏ん張って、自走機械を迎え撃つ。

 走る痛みと衝撃。少し後方へ押されたが、突進を体で止めた。重い鋼鉄の機械を、重心を落として人の力で拮抗する。

 それから火龍の熱を呼び起こし、炎のような腕で掴んだ。圧力を耐えつつ、加熱。熱暴走により機能停止に追い込む。

 そうなればこっちのもの。

 盛る気炎。全身を酷使。大魚よりは小さな敵を持ち上げ、飛んでいた円盤へ向けて豪快に叩きつけた。

 圧砕。そしてそのまま武器として、出鱈目に振るう。振り回す。


「ローズ、そっちは任せた!」


 鳴き声が応え、振動が伝わってきた。大きな口で噛みつき、体当たりで蹴散らしている。

 一人と一頭。ショトラを間に、邪魔物を通さないよう番人となる。

 光線や音波で傷つきながらも、ひたすらに殴り、払い、打ち壊す。技術による相手方に対し、原始的な戦いを繰り広げる。


 通路は暴力的な戦闘音と振動で満ちる。

 それでも流石の手腕、集中力。無事にショトラは作業を完了した。


「よし、開いた。……さあ、……ピャアッ!」


 喜びも束の間。尻餅をつき、悲鳴があがる。

 扉が開いた瞬間、翼竜の群れが飛び出してきたのだ。

 数と重量の暴力。通路に殺到し、その勢いのまま機械をぶつかり壊していく。

 番人の仕事は終了。床に着いたままのショトラを助け起こし、ハイトも室内を覗き込む。


「皆出てったか。この中は翼竜だけだったんだな」

「ああ。だが、島の住人が囚われているのも近くの部屋だろう」


 気を取り直して、空になった部屋を後に次へと進む。悲鳴には触れない情けはあった。


 とはいえ、周囲ではまだ翼竜が暴れている。撃退の手間が省けるというもの。無秩序に過ぎると通れなくなるので、笛やローズの声で統制する必要はあったが。


 そして目的の部屋を発見。やはり効率を考えてか、位置は近くにしていた。見つけるのに時間はさほどかからなかった。

 急いで扉を開け、逸る気持ちのままに呼びかける。


「皆っ、大丈夫か!」


 こちらを見てどよめき、騒がしくなり、そして歓声が反響した。見知った顔を見て安心する。

 見たところ、室内にいるのは捕まった全員ではない。まだまだ部屋は分けられているようだ。

 その中で真っ先に進み出てくる人物がいた。父親のイーサンである。


「うおい、ハイトか! なんて格好してやがる!?」

「親父! いや、これはここまで来るのに必要で……」


 現在の姿に思い至り、あたふたするハイト。神聖なる鎧を無断で身に付けた事への言い訳を必死で考える。

 しかし、実際は予想に反していた。


「分あってるよ。うっし、野郎共。俺達も暴れるぞ! ガキなんぞに遅れはとれねえ!」

「何言ってんだ! 体は大丈夫なのか!?」

「当たり前だ、ウズウズしてらあ! それとも邪魔か? 天使サマ」

「いや、確かに陽動がいれば助かるが」

「なら決まりだな!」


 父親は屈強な男達を引き連れ、意気揚々と叫び声を上げて突進していく。

 すると、すぐに騒々しい物音が聞こえてきた。雄叫び、破壊音。なにやら大活躍している。

 相棒の翼竜を見つけたと喜びの声が響き、更に騒ぎは大きくなる。乗り手と翼竜が合わされば、最早小型の機械では手が付けられないのだろう。

 祭以上の、派手な喧騒。これはこれで龍の血を引く男達らしい。宇宙規模の母船だろうと、中に入ってしまえば大した事ではないのだ。


「ははっ。魔王も形無しだな」


 静かになった空き部屋で、ハイトは涙さえ浮かべて笑う。この騒々しさに、故郷の魂を感じて。


「さあ、後はもう簡単そうだな。全員を解放し終えたら、ワタシ達は次へ行こうか」

「皆も助けて、まだ何かあるか?」

「決まっている。この艦の略奪者に、全てを奪った責任をとらさなければならない」


 ショトラは真っ直ぐにハイトを見て、重々しく告げた。

 いよいよ最後の戦い。瞳の奥で、暗い炎が勢いを増して燃え盛る。

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