第21話 魔王の腹の中
「うおっ! こりゃまた凄え数だな!」
「それはそうだ、母船だからな。全てを相手せずに助かった」
入り口が背後で閉まり、いよいよ決戦を始めようという時。改めて敵の戦力を見たハイトは、強がりめいた笑みで戦意を維持した。
母船に侵入を果たしたハイトが見たのは、大型円盤の大軍だった。広々とした円形空間の中に、数え切れない程の円盤が綺麗に整列している。外にも数多くいるはずだが、その分の空白があって尚密集しているという印象。正に神々へ仇なす魔王の軍勢だった。
そして敵の侵入への対応は素早かった。
出撃準備で浮遊していた物が、警報音が鳴った直後に着地していく。その代わりに、大型円盤を奪った時と同じく、腕で抱えられる程度の超小型の円盤が向かってきた。
やはりその時同様、武器にしてやろうと投網を構える。が、ショトラは前方へ真っ直ぐに指を差した。
「そんなもの無視して直進だ!」
「お? おう!」
「中央に柱のような物があるはずだ。次に目指すのはそれだ!」
戸惑いつつも指示に従い、ローズを高速のまま直進させる。
寒々しい金属壁に囲まれた空間は、宇宙に比べ移動の実感がしやすい。爽快感は劣るが移動する分には楽だった。
ただ、襲ってくる敵が鬱陶しい。遅いので幾らでも追い抜けるが、前方に待ち伏せされていたら一瞬のすれ違い様に攻撃を食らってしまう。一応痛みは耐えられる程度なので気合いで無視して進んでいく。
すると、すぐにそれらしい柱が見えた。大型円盤が余裕で入る程太い。一部扉のような部分だけは硝子なのか透明。根本の辺りはぽっかりと開けていて、ショトラが好きに触りそうな金属の塊が設置されていた。
丁度その前の床に、ショトラが武器から光線を床に向けて放つ。
「あの位置に着地してくれ」
「おう。……いや、このままで止まれるのか?」
「なんだと?」
「いや、今、これ速過ぎてだな……」
比較対象があるので、そして速さの必要がなくなったのでよく分かるようになったが、現在の速度はとんでもない。今更ながら怖じ気づいてしまう。
翼を目一杯広げて減速を試みる。
だが、中々止まれない。鎧で風圧を感じられなくとも速度が落ちていない感覚はある。逆向きに必死に羽ばたいてもらって、それでも予定より余分に進んで、その間に攻撃に晒され続けて、やっと止まる。
安堵の息を吐き、急いで再加速して目的地へ戻る。
「そうか。宇宙に相応しい速度だったな」
「悪いな。俺の領分なのに」
「いや、気にしないさ。ワタシも悪い。それより、着いたら今の内に少しでも休んでおくといい。ああ、鎧はまだ脱ぐんじゃないぞ。ローズからも降りないでくれ」
まずは安全を確保する為ショトラの光線やハイトの網で周辺の障害を片付ける。鬱陶しいが、撃破自体は今更苦にもならない。三位一体の活躍で強引に蹴散らした。
そうして着地するなりショトラは飛び降りて、素早く作業を始めた。分解し、中の複雑な構造をいじる。動かす手は淀みなく、流れるよう。その姿には美しさすらある。
一方、ハイトはローズの背中に突っ伏していた。気付けば息が荒くなっており、整えようとしても静まらない。鎧の内側は顔中が汗で濡れ、体も冷えて寒い程だ。体中の傷も痛む。突入時は昂っていたが、止まって気が抜けてしまったか。
水が飲みたい。なんでもいいから食べたい。とにかく疲れている。ローズにも飲食は必要だ。思う存分与えなければ。
したい事、すべき事はある。しかし鎧を脱げない以上、思うように動けなかった。休息するが、休まらない。
しかも邪魔物の援軍だって追い付いてくるのだ。
やはりここ1番で物を言うのは気力なのか。
のろのろと体を持ち上げ、強引に気持ちを切り替え、迎撃の体勢をとる。息を整えて集中する。
が、用意した網を投げる前に、柱の一部分が開いた。
「よし、上へ行けるぞ。休みは終わりだ」
「うおぉ。よし、分かった」
目前の敵からさっさと退散。再び気持ちを切り替え、ローズと共に歩む。
入り込んだ柱の内部は広くて開放的だが圧迫感のある、不思議な空間だった。
後ろで扉が閉まり、邪魔物から解放される。そして体が受けるのは下に押し付けられる、ゆっくりと上昇していく感覚。扉の外では円盤が視界の下へ消えていく。どうやらこの柱全体が上下に移動する装置のようだった。
大掛かりだが、この魔王城を見た後では今更だった。それよりも重要なのは、自動ならば休めるのではないか、という事である。
「もう鎧は取っていいのか?」
「……ああ。大丈夫なようだ」
「ぶはぁぁっ!」
聞いた瞬間、勢いよく兜を外した。慎重に扱い、荷物入れへと丁寧にしまう。
新鮮な空気は清々しい。屋内の上に、鎧の魔力で空気は綺麗な状態を保っていたのだが、これは気分の問題である。
そしてすぐに水だ。特別製の頑丈な箱を開封。まずはローズの口元に持っていき、自分の分も取り出して溢れる勢いで飲んだ。
続いては魚の燻製。疲れ切った体に濃い風味が良く沁みる。何度も食べたはずの燻製が最高の味わいだった。
「この状態でよく食べられるな……」
「食わねえとやってらんねえよ。そっちこそなんなんだ、それ」
「完全栄養食だ。数秒で必要な栄養を摂取出来る」
「あんまり旨そうじゃねえけど」
「その通りだ。味は優先度が低い。そもそも一切考慮していない」
「そっちこそ、そんなのよく食べられるな……じゃ、これ食うか?」
自身も食べながら、まだ荷物に残っていた果物を差し出す。
ショトラは摘まみ、口にした。その途端に浮かぶのは、これまでの付き合いで分かるようになってきた、小さな笑顔。
「ああ。いいな。疲労が随分と軽くなる」
「だろ? やっぱり食い物は大事だよな」
「同意はするが、キミはやや偏り過ぎではないか? 食べてばかりだ」
「そうか? 俺が普通で、そっちが偏ってんじゃねえか? もっと食え」
他愛ない、場違いな話。笑い、和み、疲れが回復する。
ショトラとも大分打ち解けてやり取りが心地よい。ローズの姿にも癒された。
この短い準備の時間で気力体力を整えられるというのは、優秀な戦士として適性であるのかもしれない。
そして、時間はあっという間に過ぎ、装置の上昇が止まる。
「さあ、目的の階層に着いたな。出発するか?」
「いや、もう色々見えてるんだが」
ハイトはげんなりと嫌な顔をした。
透明な扉の向こうには、超小型の円盤。他にも車輪の付いた走る機械が混ざっている。次の相手が準備万端で待ち構えているのだ。
休憩する余裕を取れて助かったが、敵の相手をするには正直、気力が足りていなかった。まだまだ休みたい。
とはいえ、まだ休憩出来るかと言えば、そうもいかない。
透明な壁に体当たりや光線による攻撃を仕掛けてきているのだ。突破は時間の問題である。
「仕方ねえ。行くか!」
「ああ。休息はもう充分だろう。全てを奪回する時だ」
欲求は意思の力で捨てた。代わりの誰かなどいないから。
ハイトは己の頬を叩いて鼓舞する。ショトラは鋭い顔付きで武器を構える。二人でローズに跨がり、戦闘態勢を整えた。
一休みは終わり。和んだ気分を投げ捨てて、勇ましく戦うべく熱意を燃やす。やはりここ一番で頼りになるのは気合いと根性だった。
助走の為に限界まで下がると、自ら扉を開けた。
そして走り出して低空飛行。飛び込んでくる敵の軍勢を、正面から堂々と迎え撃つ。
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