第19話 ワイバーン スター シューティング

「ははっ、あはははっ! わはははははっ!」


 神聖な鎧の内側で、ハイトは高揚した気分のままに大笑する。

 夜空を高速で駆けていく。星の煌めきの中を飛んでいく。明るい暗闇の中心を突き進んでいく。

 前方にいた敵を追い抜いた今、邪魔する物は何もない。

 夢か、幻か、お伽噺か。世界が現実とは思えない、ふわふわした不思議な感覚。ハイトは未知の感情に支配され、ただただ陽気な気分だった。


 そこに、耳元の機械から氷のような声が割り込む。


「キミ、少し落ち着くんだ。すぐ第二陣と鉢合わせるぞ。……ワタシにも笑いたくなる気持ちはあるがな」

「だろ? 最高だよな!」

「だから落ち着け。ワタシはあまりに馬鹿げているから笑えてくると言いたいんだ。楽しくて笑える訳じゃない」

「なんでだよ! 楽しいだろ!?」

「……駄目だな。振り切れている。放置するしかないのか……」


 ショトラの呆れた声は変わらない。諦念すら漂う、無情の突き放し。信頼からは程遠い反応だった。

 それにローズへ密着するようにしており、命綱や金具をしきりに触ってもいる。確かに楽しさより怖さの方が勝っているようだたった。

 それでもハイトの爽快な笑いは濁らない。むしろ、より高らかに声を張る。


「あはははっ! わはははははっ!」

「だからだな…………いや、こうして翔んでいる時点で、ワタシも正気ではないのか?」

「はははっ、確かにそんな事言ってたな。なら仲間だろ?」

「だとしても、これ以上正気を削る訳にはいかないな。制動役は必要だ」

「なら任せた。二人でそれぞれ役割分担。いつも通りだな」

「全くキミは……」


 端末越しに伝わる、苦笑の気配。呆れだけでなく、温かい感情もそこにはあった。

 僅かな言葉でも分かる。いつも通りと言うにはあまりに短い関係だが、濃厚な経験がそう言わせていた。


「……ああ、まだする事があったな」

「うん? うわなんだコレ!?」


 ハイトは笑みを途切れさせ、驚きに目を剥く。

 黒と白ばかりの視界に、突然色や図形が表れたのだ。数字や矢印を描く見慣れぬ光が美しい世界に水を差す。


「心配は要らない。ヘルメットの前面に情報を投射しただけだ」

「邪魔じゃないか? これ」

「そう言うな。攻撃の予測に、最適な進路の指示。交戦が始まれば必ず役に立つ。なにしろ速度と距離が地上とは桁違いだ」


 昼間の空中戦でも、ショトラの助言が無ければ勝てなかっただろう。その戦いより難しいのならば、確かに必要であるはずだ。

 だから素直に納得。

 また豪快に笑い始める事はなく、感情を抑えた強気な笑みで前を睨む。


「ん? ほら早速だ」

「これか? この光ってるのがそうか?」


 話していると、すぐに視界に強い光点が表れた。表示された数字によると、まだまだ遥か彼方。しかし猛烈な勢いで近付いている。

 更に光の反応が増えていた。大型から小型の円盤を出撃させているのだろう。第一陣を追い抜いた事から、機動性を優先したのか。

 ハイトの爽快な楽しさを持った高揚感に、戦いの熱も加わる。


「奇襲が済んで、こっからが本番ってトコだな」

「ああ。笑っている場合ではない」

「はん。笑う余裕が無きゃ最後まで勝てねえよ!」


 手綱を引き、横腹を蹴り、指示。ローズが大きく羽ばたいて更に加速する。

 兜の前面に映る表示が、接近を報せる。

 もう間もなく、戦場の範囲。否応にも体が熱くなる。


「さあ……先に行かせてもらうぞ!」


 気合いを入れて叫ぶ。相手に聞こえるはずもないが、己を奮い立たせるには効果的だ。意識を改め、手綱を引く。

 安定した飛行姿勢から、こまめに旋回を繰り返す回避軌道へ。


 そんな中で、警戒を促す音が聞こえた。

 その、直後。

 太い光線が、既にローズが去った場所を通り過ぎる。地上で見た回収目的のものではなく、破壊を目的とした、攻撃。


「警戒しろ! 当たれば全てが終わるぞ!」

「分かってる! 全部避けてやるさ!」


 緊張感を伴う声に、威勢良く、あるいは虚勢を張って応える。

 鎧が破損すれば、この環境では生きていられない。

 無傷の勝利か、死か。二つに一つ。圧倒的に不利な戦いである。

 死への恐怖はあれど、必要以上には怯えず、適正な評価でもって対応すべき。

 深呼吸し、心を静める。そして冷静に表示を見て行路を判断し、それを正確に進む。ローズとショトラを、信じて頼る。


 案内に従い、大きく進路を右へ。その軌跡を何本もの光線が追ってくる。追いつかれそうになれば、加速して急上昇。眩しさを眼下に見つつ、なんとか突破。

 かと思えば次に警告と指示が示すのは、急降下。急いで従い、死の光の下を潜り抜ける。

 広大な宙を最大限に活用して飛び回れば、安全な空間を選んで進めた。

 忙しく旋回。羽ばたき、曲がる。迂回する。掻い潜る。

 美しい空間を自由に飛んで、光線を避け続ける。

 光線を目印のように沿って飛び、発信源である円盤本体を追い抜き、前へ。前へ。


 しかしどれだけ前へ進んでも、奥には増援の光線が待っている。更にショトラの案内によれば、追い抜いた円盤が、背後からも撃ってくるらしい。

 危機はより大きく。

 慌てて振り返ろうと、鞍上で身をよじる。

 その動きを止める、強い一声があった。


「キミは前だ! 後ろは任せろ」

「ん? おう!」


 迷いなく承諾。言われた通り、前方へ集中するハイト。ショトラはというと狭い体勢で、器用に武器を背後に向けていた。

 気にはなるが、余所見は厳禁。前を、表示を見続ける。手綱を握り続け、安全にローズを進める。

 背後から迫っていた光線は、結局届く事はなかった。


「光を散らす妨害弾だ。そう何度も使えはしない」

「分かった。それはなるべく頼らねえ」


 ハイトは受け入れ、頷く。言葉にしたそれは決意でもあった。

 気合いを入れる為に頬を叩こうとして、鎧姿だったので途中で変更。代わりに強く歯を噛み締めた。


 敵陣に近付けば、自ずと囲まれる状況になる。よって攻撃は前後左右を考慮する。真後ろだけでなく、様々な角度から円盤は追走してくる。

 数も多く、安全地帯は僅か。

 こんな時だからこそ、ハイトは笑う。

 たかがクラゲに負ける訳にはいかない、と。


 目指すのは光線の通らない、暗黒の道無き道。

 右に、左に、上に、下に。時には一回転し、時には翼を畳んで身を縮め強引に。

 円盤が直接体当たりしてくれば、良い機会だと光線を遮ってくれるように誘導してやる。

 反発による加速のお陰で速度は勝っていた。包囲から脱し、盾にするためにも、次々と円盤を追い抜いていく。

 ギリギリの隙間を命からがら通り、無理に羽ばたかせて窮地を切り抜ける。

 光線に晒され続け、接し続け、その威圧感にも慣れてきた。殺気めいた気配、放たれる予感すら感じつつある。

 一行の道行きは順調であるようだった。


「安心したよ。技術の方までは暴走していないようだな」

「ははっ。当たり、前だ」

「キミ、どうした?」


 話しかけてきたショトラが、返事から異変に気付く。心配げに顔を上げてハイトを見てきた。


 彼は、尋常ではない汗をかいていた。息も荒い。

 極度の緊張感の中で飛行を続けていれば、それも当然ではあった。

 容易くやってのけたように見えても、そう見えるだけだ。実際には奇跡的な綱渡りである。

 精神は消耗していく。いずれは、限界まで。

 本体に限界を迎えてしまえば、終わるのはハイト達だけではない。連れ去られた島の住民、そしてこれから連れて来られるであろう他国の住民。全ての命運が終わってしまう。


 だからこそ、ハイトは慣れ親しんだ方法で対応する。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「は!? 急になんだ!?」

「ドンドンッ、ソーラァ!」


 ハイトが口にしたのは、漁師歌。

 今は連携の為の導という意味は無いが、それでもこの歌は魂に刻まれた戦いの調べだ。疲れた体を動かし、折れかけた心を震わせる。

 力となるのは、決して怒りや憎しみだけではないのだ。


「俺達ゃ海の翼竜乗りぃ! 魚も海獣も網の中ぁ!」

「……キミ。ああ、それがキミ達の知恵か」


 ショトラも納得したのか、穏やかな声が認める。

 致死性の光を察知し、安全地帯を読む。絶えず旋回して狙いを絞らせない。

 翼竜の騎乗は全身運動だ。頭も使う。

 疲労困憊の状態でも、慣れ親しんだ漁師歌により、前に進む力を搾り取る。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「……ドンドン、ソーラ!」

「うお。急に混ざるなよ!?」

「いけなかったか?」

「いや、驚いただけだ。歓迎するぜ?」

「ならば歌おうじゃないか」

「おう! せえーのぉ!」


 ぎこちなくも歌に加わったショトラ。嬉しい驚きに笑みを深めるハイト。

 二人が揃い、合わせて歌う。

 それは決して星浮かぶ闇には響かない。宇宙服の中だけの、肉体と魂に力を与える歌声。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドン、ソーラ!」


 翼竜は歌う戦士達を背に、星と円盤クラゲと光線が舞う黒い海の只中を飛翔していく。

 美しく、優雅に、華麗に、まるで歌に合わせて踊るように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る