第三章 スタートアウト スターズ
第18話 これは大いなる飛翔
ハイト達が宇宙空間に飛び出してから、それなりの時間が経った頃。敵の迎撃を突破する為の準備が始まった。
まずは大型円盤内部で、多くの小型の円盤が一斉に浮遊する。そして床の大穴が空くと、一層下の空間へ列を為して降りていく。全てが降りると床が閉じ、ガランとした広い空間しか見えなくなった。
そこでショトラが壁に様子を映し出す。
円盤が整列している場の、更に下の底が開いた。その向こうは黒々とした宇宙、外へと繋がったのだ。そこから次々と円盤が放出されている。流れるように一定間隔で進んでいく様にはある種の美しさすらあった。
これは言うなれば偵察隊であり、先遣隊であり、身代わりの盾役。一行が出撃する前になるべく時間と距離を稼いでおき、安全に進む為の犠牲である。
なのだが、ハイトはそれよりも真っ暗な中に浮かぶ多数の円盤に、場違いな感想を抱いていた。
「こりゃ夜に湧いたクラゲの群れだな」
「キミは何を言っているんだ」
すかさず飛んでくる呆れの視線。
言う前から予想していた反応なので、それにも動じず堂々と返す。
「いや、本当に見た感じが似てるんだよ。夜の海を照らすとぼんやり光ってさ」
「今この時に言う必要がある内容なのか?」
「要はもう、怖くもなんともないな、って事だ」
「……そうだな。今は味方である訳だし、こんな小型の物を恐れていては奪還など夢のまた夢だ。大型の物は昨日の怪物に匹敵すると思った方がいい」
「クラーケンの事か? あれは人数が揃っててヘマさえしなければ、よっぽど大丈夫なんだがな。クラゲは邪魔なだけだし、食える分クラーケンの方がマシだな」
「……それなら魔王だ。魔王の住む城だと思え」
「そうすると俺の手に負えなくなるから、鯨にしとこう」
「それは何のこだわりなんだ」
あくまでも泰然とするハイトに、苦笑したようなショトラ。決して明るくはなかった内面が、話す内に見た目通りの状態に倣う。
緊張をほぐす為の、逸る気持ちを和らげる為の、他愛ない話であった。
そして、ハイトには別の目的もあって話をしていた。
彼は戦士ではなく漁師である。むしろ漁師や翼竜乗りとしてしか、この戦いでは役に立てないと理解している。その再確認であり、自己証明。自分に何が出来るかを一番に考えていたのだ。
火龍の鎧を身に付けた今だからこそ、調子に乗ってはいけない、と。
これも戦いの準備なのだと、真剣に漁師や海に例えた話をし続ける。
単に余計な気力や高揚感が溢れんばかりにみなぎっており、持て余していたというのも理由の一つであったが。
そうして平和に、長い時間が過ぎ。この間に、着々と戦況は動いていた。
「さて、間もなく敵の射程圏内だろうが……先頭はどうなるか。細かく調査するまでもなく乗っ取られたと理解するはずだが」
「そりゃ敵に回ったんなら攻撃されるだろ」
「だと思うが、この期に及んでも経費を優先する場合もあるからな。確保や調査を優先する可能性はある」
「……それは馬鹿だろ」
「ああ。楽で有り難い敵だ。そうである事を願う」
暗闇と星々。その先に見える、星ならざる動く光。
今見ているのは先頭の円盤から送られてくる映像だという。便利は便利なのだが、ハイトはずっと見ていると現在地が混乱してくるので苦手としていた。
遥か彼方に見える小さな数々の点が徐々に大きくなってくる。敵の調査挺である、円盤の軍団。確実に接触は間近となっている。
その光が、急激に拡大した。瞬く間に眩しい光が四角い視界を埋め尽くす。
そして映像は途絶。暗黒の中の星々を映していた壁も、最早黒しか映さない。
答えは一つ。敵から発射された光線が円盤を貫き、破壊したのだ。
「やっぱ攻撃してきたぞ!」
「当然だ。やはり楽には済まないな」
ショトラは落ち着いて次の手を打つ。
すなわち円盤を指揮しての、反撃である。
まずは綺麗に並んでいた円盤を、狙いが絞られないようバラバラな配置に動かす。速度、軌道、それぞれを絶えず変更し的にさせない。
それから、こちらからも攻撃。搭載された武器は心許ないが、時間稼ぎの役割は果たせる。光線を放ち、分解した円盤の部品を底から出してばらまき、それから中継しての
新たに撃墜された物も出てしまったが、大いに善戦していると言っていいだろう。
それと同時に自らの準備も整えておく。
二人共ローズに跨がり、円盤内部の天井付近で旋回しつつ滑空。速度を維持したままで、いつでも出られるように待機する。
だからこそハイトは疑問に思う。
さほど速くはないが旋回しているので、壁に映される各円盤の様子はまともに見ていられない。そのはずだ。
「何がなんだか分からねえ。どうやって把握して命令してるんだ?」
「今はどちらもしていない。あらかじめしておいた命令通りに動いているだけだ。キミ達の文明には、製造者の命令を受けて自動で動く人形は無いか?」
「ああ、ゴーレムって奴だな。見た事は無えけど聞いた事ならある。そいつに仕事させて自分は楽する為の物だったか」
「それだ。ワタシは今楽をしている」
「なんだ。凄いと思ってたのは勘違いか」
「そう言ってくれるな。あらかじめしておく命令を作る行程がまた大変なんだ」
その表情には疲れが見えて、ショトラも苦労しているのだと察した。元々本気でない軽口だったが、ハイトは反省する。見ているだけの自分が一番楽をしているのだから。
せめてもの準備として、鎧を装備したローズの乗り心地に慣れるように心がける。鎧だけではなく、ショトラが作った特別製の荷物入れや切り札の箱もあるので、重心には注意が必要だった。
今までとの差異を確認し、意識し、乗りこなしていく。
それから彼方の戦闘は、善戦から苦戦に移行していった。
こちらの攻撃は効果が薄く、あちらの光線は必殺の一撃。狙いも確実。
不快な音を境に、沈黙と暗くなる視界が発生する。そして空いた空間にまた新たな円盤からの映像が映される。
その繰り返しが既に十を超えた。味方の劣勢に焦りを刺激され、ハイトは顔をしかめる。
「またか。どんどん壊れてくな……」
「仕方ない。同じ外見でも、こちらは輸送用。あちらは戦闘用。性能差が大きいんだ。今のところ計算通りに進んでいる。心配するな」
「いや、心配っつうか……」
「気が逸るか? それなら出発を早めてもいいが」
「……いや、計算通りの時まで待つ。それが最善なんだろ?」
「ああ」
強い返答を受け、ハイトは気を引き締め直す。話した事で幾分か平静になった。
目を閉じ、深呼吸。
静かに、集中して、時を待つ。
味方の円盤は次々と破壊されていく。
光線に撃たれ、沈黙。数十程あった円盤も、残るはあと一桁。
ここが、ショトラの見極めた、時間と距離を稼ぐ限界地点。
「潮時だな。開けるぞ」
いよいよ、出発の時。
底が開き、最下層の底も開き、宇宙空間への一本道が繋がる。
奥に見えるのは未体験となる暗黒の空。否応なく緊張感が高まり、喉を鳴らす。
「キミ、今だ!」
「行くぞローズ!」
鳴き声が凛々しく応じる。鎧越しなのでくもぐって聞こえたが、調子は良好の様子。ならば遠慮なく全力を出してもらう。
頭を下へ向け、強く羽ばたかせる。ぐんぐん加速し、猛烈な急降下を実行。
鎧で風圧を感じない。違和感を覚えながら一枚、二枚と壁を通過していく。
そして、遂に。
鎧姿の翼竜と乗り手、三位一体の英雄が狭い宇宙船から広大な外へと飛び出す。
そこは宇宙空間、神々の領域。
「うっ……おぉっ……!」
ハイトの声は言葉にならなかった。
飛び出した先にあったのは、見渡す限りの、四方八方を包み込む夜空。無数の星。明るい黒と光の景色。
宇宙船内で見た光景とはまた違う。夜空を飛んだ時とも、勿論違う。
星の海に包まれ、自分を見失った。ちっぽけな人間には規模が大き過ぎて、受け入れ切れない。ただただ見惚れるばかり、衝撃に打ちのめされる一方だった。
だが、感慨も束の間。
強烈な衝撃が発生。背後から押される感覚がし、一気に加速する。体勢を崩しそうになりながらも必死に安定を保った。
「また加速するぞ、備えろ!」
「おう!」
手綱を握り、狙う先にあるのは、生き残りの味方、小型の円盤。
速度を活かしつつ、確実に操り至近距離を飛ぶ。そして通り過ぎる際の一瞬で、再度強引な加速。新たな翼を得て前へ。
加速の正体は、反重力機構。
地上で浮遊し、地へ縛る力を振りほどく為の機能。今回はハイト達を対象に使い、反発により加速させていたのだ。
それを、大型、小型で二回。更には生き残った味方の円盤全てで繰り返す。
発想はショトラだが、実行するにはハイトの技が重要だった。速度に振り回されないよう制御し、反発を受けられる位置取りを続けなければならない。至難の技だ。
それでも、準備は十全にしてきた。神秘の景色で感覚も磨かれた。ここまで来て、失敗など有り得ない。
加速、加速、加速、加速、加速──
宇宙に相応しい、地上ではあり得ない速度で翼竜は宇宙を駆けていく。
「ははっ、なんだこりゃ凄え!」
「ああ、全くだ!」
一行はノロマな
風無き夜空の風となる。
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