第11話 在りし日、胸に刻む敗走者
文明促進支援事業は超長期の計画である。
その為定期的に、人員の交代や物資の補給用の宇宙船が担当の惑星と中継ステーションを往復する事になっていた。この事業はあらゆる物が逼迫しがちであり、毎回参加クルーの誰もが待ち望んでいた。
しかし、その生命線とも呼べる往復に異常が起きていた。
「やはり……まだ応答が無いですね」
拠点である宇宙船内にて、ショトラは苦い顔で呟く。
これで五日連絡が取れなかった。予定では既に補給を終え、担当する惑星付近にまで戻ってきているはずである。
通信機器、あるいは宇宙船本体のトラブルか。ショトラは同乗する仲間の安否を心配する。
勿論それは他の乗組員も同様で、船内には重苦しい不安が広がっていた。
「宇宙にいる彼らだけじゃない。補給品が無ければ私達だって……」
「こちらから無人機を送るべきでは?」
「いや駄目だ。無人機では対応不可能な事態かもしれない」
「それを見極める為にも早く行動しなければ」
「慌てていては二次被害が……」
「これは、予想以上に大きなトラブルが起きているようだね。だからこそ、皆落ち着いてほしい」
議論が発展し騒然となりかけた場を、キャプテンが疲れのにじみ出る声で収める。いつもの胡散臭い笑顔も痛々しい程に弱い。ここ数日、調査に忙殺されていたせいか、寝不足に見える。
それだけに、彼の言葉には人に聞かせる力があった。
「外に出ている皆を呼び戻そう。全てのプロジェクトはしばらく凍結、ここで待機だ」
「その必要がある事態ですか? 到着が遅れているだけで、今ここにいる乗組員に問題はないのでは? 物資もある程度は余裕が有りますし」
「杞憂ならいいんだけどね。君らの安全が第一だ」
反対意見はあったが、最終的に全員がキャプテンの決定に従う。
緊急の通信を各地に散っている仲間へ入れる。続々と応答。不思議そうにする者もいたが、やはり皆素直に承諾してくれる。こういう時に日頃の行いは表れるもの。キャプテンはあれで中々人徳があった。
しかし、異変は突然、その途中に発生した。
通信にノイズが入ったかと思えば、そのまま途絶してしまったのだ。
「こちらも? では連絡船でなく、この艦の通信機器に問題が」
「……違う。ただの通信障害じゃない」
「え?」
早い段階での力強い断定。
真剣なキャプテンの言葉が場に更なる緊張をもたらす。
それを裏付けるように、甲高い電子音が耳をつんざく。
「これはっ!?」
その音は仲間からの救援要請を報せるものだった。
対応するべく途端に船内が慌ただしくなる。画面を注視し、救援活動に備えた。
しかしすぐに続けて他の乗組員からも、そしてまた他の乗組員からも。やがて外に出ている全ての班から救援要請が届いた。
明らかな非常事態。予期せぬ異常事態。一体全体何が起きているのか。
単なる不安ではない、居心地の悪い恐怖が場の空気を包む。
そして、起きた出来事が判明しても、したからこそ、恐怖は最大限に高まった。
その内の一つから送られてきた映像を見て、ショトラは茫然と固まるしかない。
「え?」
まず見えたのは、空飛ぶ円盤。それと地上を繋ぐ太い光。その中をゆっくりと人影が浮上していく。
仲間の乗組員もいれば、この星の住民もいて、恐怖や戸惑いに顔をひきつらせている。悲鳴を叫んでいる。助けを求めている。
映像には、人間が宇宙船に回収される様子が収められていた。
宇宙船が人を誘拐する。
それはフィクションの中の出来事であり、現実にはありえないはずの光景だった。散々探しても宇宙航行が可能な異星人は見つからなかったが故に、このプロジェクトは発足したのだから。
だからショトラは夢でも見ているのかと思った。信じられずに、目をこすって何度も映像を確認した。
それでも現実に変化はない。恐る恐る、否定される願望を込めて、問いかける。
「……キャプテン、これは……」
「敵だ」
突きつけられた言葉に愕然とし、足腰に力が入らず崩れ落ちそうになった。
知的生命体の侵略活動。
見てきた夢の、その現実。信じてきたものが折れた瞬間である。
「誰から、何処から救援に向かえば……!」
「宇宙航行技術を持った知的生命体との戦闘は想定されていない。故に、救援する手段がない。攻められた時点で、僕達の負けだ」
「……それは、そうですが……っ!」
キャプテンの冷静な指摘に、否定的な意見を言おうとするショトラ。
しかし反論が続かない。思いつかない。認めざるを得ない。
用意されているのは、原生生物を最低限の力で撃退する非殺傷武器だけだ。宇宙船をどうにかする力など無かったのだ。
それでも何か方法があるはずだと思考を巡らせる。
だが閃く前に、宇宙船の発進準備が始まった。
「逃げよう」
「な!? それでもキャプテンですか!?」
轟く怒号。ショトラは殴りかからんばかりの勢いで詰め寄る。
苦楽を共にしてきた仲間達。それにあの花をくれた子供達を始めとした、この星の住民。
見捨てて逃げるなんて行為は、己の夢が許さなかった。
だが、やはり現実は、愚かな夢を拒絶する。
「僕達は負けたんだ。だからもう、どれだけ被害を減らせるかの戦いなんだ」
「それでも、なにか出来る事はあるはずです!」
「この艦が敵の手に渡ったら航行データを割り出され、他の支援中の惑星とそこにいる仲間、それから故郷まで襲撃されてしまう。それは、絶対に避けなくてはいけない」
「……建前でしょう、それは。逃げる為の」
「でも、事実だ。それに」
キャプテンの言葉を遮り、更なる警告音が響く。
救援要請ではなく、警告。会話している内に、今度はこの宇宙船自体にも危機が迫っていたのだ。
「僕達だって、決して助ける側じゃない」
振動。騒音。あらゆる異常が船内に吹き荒れる。発進準備は遅いくらいだったのだ。
更に外部を映す画面には、円盤状の艦隊。圧倒的な戦力差を見せつけられた。
キャプテンは異常へ対処すべく機器を操作しながら、画面から目を離さないまま、乗組員へ告げる。
「さあ、皆。この艦は長く持たない。各自小型挺に乗って逃げてくれ」
「何を!? 皆を見捨てて逃げるなんて、出来ません!」
ショトラに続き、口々に乗組員も叫ぶ。皆気持ちは同じ。正義感の強い、熱く感情的な意見を主張した。この旅路の中で培われた不屈の精神までは折れていない。
それを、長らく率いてきたキャプテン自らが曲げる。
「いや、ここは人の心を捨てて逃げるんだ。未来へ繋ぐ為に、単なる記録媒体となってくれ。この星で過ごした日々を、決して殺してはいけない」
キャプテンが与えたのは使命、あるいは免罪符。逃げる理由と正当性。それ以上に揺さぶるのが、高速で流れる画面上の戦い。真剣で気迫すら備える態度。
彼をよく知る部下だからこそ、説得は効いた。
乗組員は次々と、未練を見せながらも小型挺に向かっていく。
最後にショトラだけが残った。
「……キャプテンも行きましょう」
「悪いがやる事が山程あってね。忙しくて間に合いそうもない」
「キャプテンも心を捨てて下さい」
「ギリギリまで皆を助けてみるよ。キャプテンだからね」
「こんな時に何を格好つけているんですか!? いいから早く!」
「若い女の子の前なんだ。格好つけもするさ」
「ふざけないで下さい!」
「もう一度言う。彼らを、殺さないでくれ」
言われた途端に浮かぶ、幾つもの顔。笑顔。
救えと言っているのだ。命ではなく、人生の証を。
もう逆らえない。夢を否定出来ない。
葛藤の表情のまま振り返り、重石を断ち切るように走り、乗り込む。
そして小型挺は射出された。敵のレーダーを狂わせるキャプテンの援護を受けて、無事宇宙空間へ。
夢見た担当の星から、愛着のある宇宙船から、ぐんぐんと離れていく。その距離の分、大きく大きく無力感が膨らんだ。
「皆、皆、済まない……っ! 」
仲間へと伸ばす手も、侵略者の悪意も、届かない。
しかし、遥か遠くから通信は届く。
別れのメッセージ、ではない。
解析、測定した敵のデータ。対抗する為に即席で構築されたシステム。全てにおいて無駄が省かれた、無機質な情報郡だ。
そこにキャプテンの覚悟と思い、熱量を感じ、ショトラは涙ぐむ。
だが、それもやがて途切れた。
暗黒に浮かぶ静寂。広い宇宙で、孤立無援。
顔はぐちゃぐちゃ。暴走する感情に己が振り回される。異常を感知して警告音が鳴っても、コントロール不能の激情に任せて我が身をかきむしった。
そして。
荒波の引いた冷たい頭で、静かに、誓う。
「絶対に、許さない」
進路を故郷の星ではなく、敵が来たと推測される方向へ向けた。
ただ、復讐の為に。人の心を捨てて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます