第二章 チーム ザ スターゲイザー
第10話 在りし日、希望的抱く若人
分厚い曇り空の下、広々とした草原地帯。山や河が遠くにうっすらとしか見えない中央部に、その広大な景色には似つかわしくない巨大な人工物、宇宙船があった。
その前に居るのは複数の人影。宇宙船の乗組員である若者──ショトラと、残るは更に小さな子供達である。
「よし、これで大丈夫だ。行っていいぞ」
細い足に薬を塗り、包帯を巻く。手早く手際よく、ショトラは子供の怪我の治療を終えた。
頭を優しく撫でて立たせれば、彼らは元気に走っていく。その背中を笑顔で見送った。
赤茶色の毛が深く、衣服は身に付けていない──宇宙服と頭部装着型の多機能端末を身に付けた己の基準からすれば、原始人と表現されるような存在を。
そこは故郷から遠く離れた、未だ文明が発達していない星である。
故郷の宇宙開発が始まってから、既に多くの年月が流れた。航行可能な地域を広げ、生物が住む惑星を幾つも発見した。しかし彼らは、彼ら以外に宇宙進出を果たした高度な生命と遭遇出来なかった。
そこで、ある一つのプロジェクトが立ち上がった。
文明促進支援事業。
先進国が発展途上国にするように、未開の惑星に技術と知識を提供するのだ。
様々な問題点もある。多くの批判もある。
だがそれ以上の利点と、なにより多くの夢を乗せてプロジェクトは進められていた。
幼い頃より宇宙と異星への憧れを抱いていたショトラは研鑽の結果見事夢を掴み、その一員として携わっていたのだ。
「ん? なんだ?」
はしゃぎ回る様子を眺めていたが、突然先程の子供が戻ってきた。
怪我が痛むのかと心配していると、その手には小さな花が数輪握られていた。天真爛漫な笑顔を見せながらその内の一輪を差し出してくる。
「はは。お礼か? ありがとう」
そっと貴重品を扱うように受け取り、こちらも笑顔に、そして温かい気持ちになる。
報われた。自信が持てた。
自然に任せる方が正しい、なんて意見も聞くが、胸を張って反論出来る。
この子達がより安全に、より幸せになれるように手助けする事は、何も間違っていないのだ。
「おーおー。懐かれちゃって、まあ」
声をかけてきたのは少し背が大きく、ショトラと同じデザインの宇宙服とレトロな端末を身に付けた壮年の男。胡散臭い笑顔を見せながら宇宙船の入り口からゆっくりと歩いてきていた。
彼はこの惑星に派遣された一団のキャプテン、ガームリングである。
「キャプテン。あまりこの子達に近付かないで下さい。慣れていない人がいると不安になるでしょう」
「辛辣だねえ。もっと柔らかくならないもんかね」
「事実を言っただけです。それより、そちらの仕事は?」
サボりですか、と言外の意味を鋭い視線に込めて質問する。
ショトラは子供達の面倒を見る役割を与えられている。怪我の治療を最優先したが、身体機能の調査、精神的及び文化的教育、成長過程の記録など多くの要素が含まれるものだった。
一方キャプテンの仕事は宇宙船内に留まり、各地のクルーへ指示を出す事だった。持ち場を離れていい訳がない。しかし彼は肩をすくめて飄々と言い返してきた。
「とりあえず畑が形になったからね。一休みだ。この星の作物がどう生育するかはまだまだ調査段階だけどね」
「では次の予定は建築ですね。調査チームが発見した材料と候補地から選定しなければなりませんか」
「一休みだって言ったでしょ。仕事の話は後々」
「いつまでも洞窟に住まわせる訳にはいかないでしょう。ワタシ達は何の為に来たんですか」
いまいちやる気が感じられない。しかし優秀である事は知っている。キャプテンとして頼れるものの、苦手とする存在だった。
それでも根気強く話していると、子供達に手を引っ張られた。何かあったかと慌てて振り向き、そこで見た。
彼らは摘んだ花を食べていた。むしゃむしゃと美味しそうに。
更には体が大きめな一人がショトラの持つ花を物欲しげに見ている。手を引っ張った子供は恐らく、狙われていると教えてくれたのだろう。
持ち前の頭で認識の違いを理解した。
理解はしたが呆気にとられ、しばしポカンと固まる。それから声を上げて笑い、自分も貰った花を口にしてみた。
少しだけ甘い。そんな味に、そして子供達との共通の経験に、再び温かい気持ちになった。
「なんだ出来るじゃないの」
「何の話です?」
「もっと柔らかく、って話だよ。ぼくらには見せてくれないじゃない、そんな笑顔」
「……そんな顔になってましたか」
「ああ。なってた」
自分の顔をペタペタと触って確認。真面目にしていようと気を付けていたのだが、と気を引き締め直す。
ところがキャプテンは、何処か心配そうな顔つきで尋ねてくる。
「やっぱアレ? 人嫌いとか現実逃避でここまで来ちゃったクチ?」
「違います」
冷めた目で見据えつつ、静かに力強く否定。
咳払いをし、己の信念を主張する。
「ワタシは経済的にも人間関係にも恵まれていましたよ。だからこそ、今度はワタシの番なんです。他人に多くのものを与えられる人間になりたい……その夢の極地がここだったんです。このプロジェクトが成功すれば多くの文化の交流が始まり、互いに影響を与え合い、そして更なる未知の発見に繋がっていく……それはとても、素晴らしい事じゃないですか」
熱く、真剣に語る。
先人が思い続け、自身も描くこの夢を、ショトラは本気で信じていた。
話し終えてから、のめり込み過ぎだったかと照れたが、もう遅いと開き直って堂々とキャプテンと向き合った。
すると目の前には、相変わらず胡散臭い笑顔を向ける彼がいて、やはり苦手だとショトラは感じる。
「そっかそっか。そういう考えなのか。その子達にも慕われてるし……うん、いい神様だね」
「……なんですか神様って」
「あれ、天使様の方が良かったかな?」
「……だからなんなんですか?」
「この星の人間からしたらそう見えるって話だよ。知識と技術、繁栄を与えてるんだから。僕らの星の神様だって、かつて他所の星から来た宇宙人だった、って説もあるんだし」
「それは与太話でしょう」
すげなく辛辣に返す。
神話の知識はある。確かに伝承が事実であって神が実在しないという前提で考えれば、その正体となり得る存在は限られるし、宇宙人はその候補だろう。
とはいえ妄想の域を出ない。ショトラはそういう意見には否定的なスタンスであった。
だが、無邪気に遊ぶ子供を見て、ふと思い直す。
「いえ、神様も悪くないですかね」
「お? どうしたんだい急に?」
「という訳で働きましょう。この星の繁栄の為に」
「いやいや、神様だって休みは必要なんだよ?」
「いいえ。この星の神話では神は休まず働いていた、と記してもらいましょう。さあ、目的は明確です。共に困難へ挑戦しましょう!」
キャプテンがうんざりした顔になったが、一切お構い無し。
情熱的に、前向きに。
その顔には、何処までも明るい信念が輝いていた。
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