第4話 シートベルトをお締め下さい
青い海上で、未知の戦士と
この信じられないような現実に、ハイトは熱い感慨を覚えていた。初めてローズに乗って飛んだ時や初めて漁に参加した時よりも尚熱い、使命感があった。
この英雄に相応しい騎手にならなければいけない。
片手を手綱から離して背中に回し客人を支える。向こうも両手で力強く、それこそ痛いくらいの強さで抱えてきていた。
緩やかに上昇していき、クラーケンの顔より少し上の高度で水平に直す。慎重に重心を保ち、飛行姿勢を整えた。
眼下の海上では父親や比較的無事な漁師達が負傷者を連れ帰っている。それを追って、クラーケンが空中を滑るように移動しつつあった。
大人しく見ている訳にはいかない。
「無茶はしねえけどな、しっかり捕まっとけよ!」
「……Anznuntn dtnm」
返事は多少震えていた気がした。これだけの人物にも恐怖はあるのか、と安心し共感する。尚更気合いが入った。
クラーケンの周囲を旋回しながら滑空。ローズに羽ばたきをさせずともいいように、大きく距離をとって。腕や重心が崩れる危険を避けた安全策。
しかしその結果、距離はクラーケンの全長よりも多少遠い。これでは流石に狙えないだろうか。
その疑念へ答えるように、巨体に変化が起こる。体表が無数に膨らんだのだ。
初めに見た、暴力的な水流の準備動作。
「マズイッ!」
手を打つのが遅れた。最悪を覚悟するハイト。
その恐れを、落ち着いた声が払った。
「Snpimyud」
水流が彼我の中間程度の距離に差し掛かった瞬間放たれた、幾筋もの光線。
光に目を細めながらも決して逸らしはせずにハイトは見届ける。
空を真っ直ぐ突き抜けた先で、爆音と共に水煙が広がった。
相殺。
だけではない。
眩い連射はその後も止まず、クラーケンの頭の中心部を次々と射抜いていく。その様は横殴る光の雨。
足が守ろうとお構い無し。体表が焦げた箇所で埋まっていく。
ならばハイトも負けてはいられない。
攻撃に集中させられるよう、飛行姿勢に気を遣う。通り過ぎれば速やかかつ丁寧に反転。ぶらさず、頭の正面を視界に入れ続ける。
しかし猛攻が突如止んだ。真正面、絶好の機会であっても静まったまま。
訝しんだハイトは背後を振り返り、問いかける。
「どうした、なんかあったか!?」
「Enrggrd」
何か答えた彼は首と武器をくるくると回している。
一見ふざけたような動きだが、異なる文明では真面目な動きなのだろう。何かしらの深刻な問題が生じているのかもしれない。
「……どうすりゃいいんだ?」
「Rutgir」
首を捻って背後を見れば、武器を持つ右手でハイトの背中を掴む左手を叩いていた。
会話が成立しないので雰囲気で察するしかない。手をしきりに動かしている事からすると、もしかしたら両手を自由にしたいのではないか、と判断する。
「つってもなあ……いや、こうか!」
手綱を放して両手を自由にし、後ろを向く。
そして戦士の腰辺りを掴むと、子供をそうするように軽々と持ち上げた。
「P!?」
悲鳴が耳を叩いた。この高さでぶら下がる事から来る恐怖だろうか。
持ち上げた軽さといい、柔らかさといい、妙に可愛らしく思えた。
それはともかく。ハイトは素早く前を向き、丁重に下ろす。
「……これは違うな」
すると当然、密着した上で向かい合う形になった。気恥ずかしいにも程がある。
だからもう一度抱え上げ、悲鳴を聞きながら腕を捻り向きを反転する。二人共しっかり前を見る形だ。
そして右手で手綱を握り、左手でがっしりと決して離さないように抱える。
「これでどうだ」
「kdmatki stnidrun……」
ブツブツと呟くその声は何処となく不満気。お気に召さなかったようだ。なんとなく分かる。
ただ、過程はともかく結果は成功。
戦士の空いた両手が閃く。
武器の側面を開き、部品を取り出し、新しい物と入れ換える。瞬く間に終わった、驚きべき早業。熟練を感じさせる。
その巧みな指が、クラーケンを指し示す。
「Ikz」
「おう」
ローズに合図を送り、加速。
再びクラーケンに向かい合い、光線を放つ。輝く連射はやはり惚れ惚れする精度。
しかし黒くなるばかりで一向に効き目が見えない。
「Mtckzitkr!」
再び指先を伸ばし、何度も強く突きつける。どうやら至近距離での戦いをご所望らしい。
ハイトも望むところ。
致死の力を誇る足を警戒しつつ、近付く。そこは完全に相手の射程範囲内。嵐の真っ只中。
先達の漁を鮮明に思い出して、今からでも技術を盗む。
常に全体を見て、余裕を持ってローズに指示。
左から来れば上へ。下から迫れば右へ。囲まれないよう、絶えず全ての腕を意識して攻撃を潜り抜ける。
それだけに刻々と精神がすり減っていく。汗が流れ目に入っても、拭う暇さえ無い。
しかし、まだ戦士は納得していない。前へと指を差し続ける。
「Mtd!」
「全く、度胸あんだなアンタ!」
恐れを塗り潰すように、強気に笑う。
しかし、要望は叶えたいがこれ以上は難しい。
今のところは無事だが、それはハッキリ言って奇跡のようなものだ。風圧だけでも下手をすれば落とされてしまう。
己の未熟を知るが故に、ハイトは踏み出せない。
それでも強引に近付こうとすれば、その為に必要なのは速度か。
その速度を生み出す為に必要なのは──
「上だ」
足の圧力を潜り抜け、一旦離脱。力強く羽ばたかせ、ぐんぐんと上昇。クラーケンが豆粒のように見える高度まで。
そこで速度を落として反転。羽ばたきにより、その場で姿勢を維持。真っ青な絶景で適当な時期を待つ。
「Oikm msk……」
「なあに、アンタが最初に来た時と同じだよ」
戦士の震えた声に、穏やかな雰囲気で落ち着いた返事を返す。
その間に肌で感じる風向きが代わり、丁度いい。ローズの首元を優しく撫でれば、鳴き声も調子良さげ。
準備万端。ハイトはニヤリと不敵に笑う。
「舌噛むんじゃねえぞ!」
舌があるのかどうかも分からないが。
手早くローズに指示。頭を下へ向け、翼を折り畳んで加速。風の力も借りて急降下。
つい少し前に見たばかりの、流星のように。
「P-------------------------!!!」
甲高い悲鳴が空へ溶けていく。
猛烈な風の抵抗を受け、顔が歪む。目が乾く。体が吹き飛びそうになる。
それでも笑って飛行を制御。
そして遂に、クラーケンの支配領域へ突入。不気味な敵意に迎えられる。
まずは右。速度を殺さずに旋回。巨大な足を置き去りに落下。
次は真横に一回転。背中側からの足を回避しながら、切りもみ状態で突撃。戦士を支える腕に一層の力を込める。
死神が振るう鎌よりも速く加速。足に接触しても逆に端を削って通過。上空からこの間までほんの数秒。
空を制する竜の底力を、海の支配者に魅せつけた。
「ローズ!」
翼を大きく広げて急制動。そのまま着地するようにクラーケンの頭部を踏みつけ、脚で鷲掴む。
「さ、到着だ」
「Nnd?」
誇らしげなハイトと違いしばし呆けていた戦士だが、直ぐ様事態を思い出しのか、大きな目に光が灯る。
となれば行動は迅速。
至近距離にある不気味な異変箇所。その中央、金属質な突起部分へ身を乗り出して武器を向けた。すると、その間を雷めいた光線が走る。
そして世界が白む、強烈な発光。
次いで立ち上るのは、黒煙と焼ける匂い。
クラーケンは今度こそ動きを止め、海面へと落ちていったのだった。
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