手稿レベル2 マギスクリプト

「ふぅ、こんなところですかね……」


 フェアトは部屋に籠もりきりで徹夜をして、作業を終わらせた。

 手稿を数百ページ埋めたところで、外が明るくなっているのに気が付いたのだ。


「あぁ~、もう朝か昼かな~……。眩しい……」


 カーテンを開けて目を細める。

 伸びをして身体をほぐしていると、急にドアが叩かれた。


「せ、先生! 起きてるか!」

「あ~、今起きたところです」


 徹夜をしたと悟られないように嘘を吐いてから、部屋のドアを開ける。

 そこには大慌てのメラニがいた。


「何か英雄の教室の色々なところが立派になっているぜ!?」

「立派に……? あ~……もしかして……」


 徹夜で一気に手稿の餌となる情報を与えたために、英雄の教室が拡張されたのだろう。


「……先生、もしかして寝ないで手稿を」

「さ、さぁ、何のことやら」


 メラニは勘が良いらしい。

 そこまで嘘が上手いわけではないフェアトは目を逸らしてしまう。


「まぁ、頑張りたいのはわかるけどよ、倒れたら元も子もないぜ。一段落付いたらちゃんと睡眠を取るように。意外と生徒も先生を見てるんだからな」

「アハハ、心得ておきます。……それで、英雄の教室の色々なところが立派になっているとは、具体的には?」

「えーっと、教室が良い感じになってたり、給食室が良い感じになってたり、女子寮が良い感じになってたり……」

「……メラニ君、あとで語彙を広げるための勉強もしましょうか」

「う゛っ」


 とにかく、大体の部分が良い方向に変化したらしい。

 徹夜明けで移動するのはしんどいのだが、見て回った方が良さそうだ。


「それじゃあ、確認に行きま――」

「はー、手稿の持ち主がこんな馬鹿だとは思わなかったよ。頭を使おう?」

「アハハ、辛辣ですね。メラニ君」

「い、いや、今のは私様じゃないぜ……?」

「え?」


 フェアトは冷静になった。

 徹夜明けで気付かなかったのだが、聞こえてきたのは男の声だったのだ。

 それもとんでもなく捻くれたような口調。


「えーっと、英雄の教室にどなたかお客様でも?」

「いや、入ってきたらわかるし、そもそもこの前から門を開けていないぜ……」


 キョロキョロと辺りを見回すが、誰もいない。

 そうこうしている内に、先ほどの声が再び聞こえてきた。


「おいおい、頭だけじゃなく耳まで悪いのか。フェアトよぉ?」

「ええと、どなたでしょうか?」


 フェアトは気が付いた。

 それは自らの手元から声が聞こえてきているのだ。


「自己紹介といこうかね。当方は手稿に組み込まれているマギスクリプト――の空きに生成された対人用インターフェイス。名前はそうだなぁ……マギスクリプトの空き……。よし、マギス・アキとでも呼んでくれ! 和洋折衷の格好良い名前だろう!」

「マギス・アキさんですか、初めまして」

「あ、はい。初めまして――……って、おいおい! テメェはいつでも平常運転だなぁ! フェアトよぉ? もうちっと驚けよ」


 手稿の表紙にギョロッと眼と口が現れて、生き物のように蠢いていた。

 フェアトは気にしていないが、メラニは少し引き気味である。


「そっちのメラニを見ろよ! こんな模範的な可愛いリアクションをしてくれている!」

「あ、私様がちょっと引いているのは、開幕ノリツッコミをしている手稿にだぜ……」

「あー、もう! ちょっとお茶目な一面を見せようとしただけなのにな! 女の子に嫌われるのは当方悲しい! 知識を得ることなんかより、女の子に好かれたい! ハーレムを築きたい!」

「すげぇ……先生と正反対だぜ、こいつ……」


 さらに引き気味でメラニが一歩下がる。

 フェアトは気にせず笑っていた。


「僕としては愉快で良いと思いますね。ああ、マギス・アキさん。質問いいでしょうか?」

「テメェと喋るためのインターフェイスだ。何でも聞けよ!」

「どうして突然、喋り始めたのですか? 手稿を入手してから、そんなそぶりは一切なかったような……」

「そりゃあ、テメェが手稿に餌――経験値を与え続けて、手稿がパワーアップしたからだよ。言うなれば手稿レベル2というところだな」

「……手稿レベル2」


 つまり、手稿に経験などを書き込むことによってパワーアップしたのは英雄の教室の設備だけではなく、手稿もだったのだろう。

 そこまでは納得できるが、人格まで発生するのは度が過ぎている。

 まさしく神の所業だろう。


「お、レベル2っていう言い方気に入ったか? 異界の言い方だが、そういう感じでインターフェイスを調整しておくよ。ページを開いて確認してみろ」

「はい、では失礼して――」

「うひゃっほう!? 表紙にある口に指を突っ込むなよ!?」

「ああ、これは失礼……」


 表紙に顔があるのも慣れるまで大変そうだなと思いつつ、手稿のページをペラペラとめくってみる。

 すると、各レベルが表示されているページを発見した。


【手稿レベル2】当方が喋って説明してやるよ。どうだ、最高だろう?

【宿直室レベル1】味気なくて狭くて簡素な宿直室。風呂のお湯は不思議パワー。

【教室レベル2】ボロボロだった木の机と椅子が綺麗になった。

【給食室レベル2】鍋やフライパンが綺麗になって、塩や砂糖の基本調味料追加!

【女子寮レベル2】ヒミツの花園。当方はプライバシーを守る。詳細はフェアトに読めない仕様。男の生徒がやってきたらどうするか? 宿直室にでも放り込め!

【畑レベル1】外に新しくできた。メラニの好きな人参の種もサービス。


「これは……」

「へへ、どうだよ。すげぇだろう?」

「ええ、すごいわかりやすいですね、マギス・アキさん。英雄の教室を瞬時に把握できる。このコメントは貴方が書いたのですか?」

「対人用のインターフェイスだからな! それくらいは任せておけ!」


 どれどれ……とメラニも覗き込んできた。

 最初は感心していたが、女子寮レベル2の項目で固まってしまった。


「な、なななななななな!? なんてことを書いてやがるんだ!!」


 どうやら男であるフェアトには読めない不思議なコメントがあるらしい。


「たしかに女の子には助かるけど……パイとか特に……」

「ああ、メラニさん。僕には女子寮の項目は一部読めない仕様になっているので平気です」

「そ、そうか……安心したぜ!」


 フェアトはパラパラとページをめくっていくと、また新しい項目を発見した。

 どうやらそれが手稿レベル2の本当の力らしい。


「生徒のスキル開花……なるほど」

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