星見の暗号
メラニとパイが頼まれたのは、本の内容を書き写すことだった。
それぞれに分厚い本を一冊ずつ渡された。
ただ本を読むのと違って、書き写すともなるとかなりの時間がかかるだろう。
「うぇえ~、マジでこの分厚い本を書き写すんですかぁ~!」
「ひ、暇つぶしには丁度いいな……!」
「いや、そもそも、メラニ様はどうやって書き写すんですか……?」
「ああ、それなら――」
メラニは装備していた小物入れから、革のベルトとペンを取り出した。
それは特殊な加工が施されていて、メラニの前足に装着できる。
器用に口を使って装着したあとは、学校での書き取りと同じように作業が可能だだ。
「す、すごい!」
「へっへーん、どうだ。私様はただの可愛い動物じゃないんだぜ!」
「可愛くて、しかもすごいです! ……あ、でも、書き写す紙はどこに?」
パイが疑問を口にしたところ、忘れていたとばかりにフェアトがやってきた。
「それはこれを使ってください」
フェアトは躊躇なく、自分が持っていた手稿の白紙ページを大量に破って渡していく。
いきなりのことでパイは驚いてしまう。
「だ、大事な本なのでは!?」
「ああ、僕のこれは特殊で、破ろうとすると綺麗に根元から剥がれる感じなんですよ。そして、ページを手稿に近づけると元通りにくっつく。無限にページも現れるし、とても便利です」
「そんな本……見たことが……。もしかして世界に数えるほどしかないという魔導書――」
「では、写本作りをお願いしますね」
自分に仕事を任せられたことが嬉しくなって、パイはさっそく作業を開始しようとした。
しかし――
「は、はい! お任せを……って、この本、読めませんよ!?」
「ええ、その通りです。暗号化されている本は現状読めないので、写本にする必要があります。僕は瞬間記憶ができても、その記憶の中で組み換えつつというのは難しいですからね」
「そういうものなんですか?」
「暗記と暗算の関係のようなものです」
つまり、その二つにたとえるのなら、フェアトは暗記だけは完璧にできる。
しかし、その暗記した数字を使っての暗算は不得意という感じだ。
暗記した内容に何らかの変化を要する事柄は、紙に映して実物をイジりながらでないと把握しにくいのだ。
「なるほど……わかるような、わからないような……」
「というわけで、時間も限られているのでメラニ君とパイ君に頼るしかありません」
「は、はい! 頑張ります! メラニ様は人間の字を書くのは難しいでしょうし――って、はやっ!?」
パイが横に目をやると、すごい勢いでメラニが書き写していた。
これはメラニの元からの高いスペックもあるのだが、毎日地道に努力をした成果でもある。
「では、お任せしました。僕は残り数百冊ある本を楽しませて頂きます」
それから図書テントの中での作業は続き、日が暮れ始めたタイミングで、イカとガラクのコンビがやってきた。
「おやおや、熱心なことですね。しかし、もう退出時間です」
「ふひひひひ! だからって、盗んだらだめだどぉ! 前にやろうとしたら結界で外に出られなくな――」
ガラクは余計なことを言ったのか、イカに小突かれた。
「……っていう話を聞いたことがあるどぉ!」
「しかし、こんな短時間では本棚一つ分ですら難しいでしょうからねぇ。本当に盗むくらいしか――」
我関せずという体でいたフェアトは、
「おや、イカ様ではないですか。ご安心を。丁度、すべての本に目を通しましたので」
「私に様付けするな! って、ちょっと待て……もう読み切っただと!? 常識的に考えてありえない!! この量の本を、しかも古代語混じりなのだぞ!? この私ですら何年もかかって……」
イカは自らの努力を踏み付けられた気がして
本棚からランダムに一冊取り出して、それをフェアトに突き付ける。
「で、では、この本の内容を言ってみろ……!」
「専門外で恐縮ですが――それは天文学者であった魔術師プトレマイオスの魔導書『アルマゲスト』の力ある原典を手に入れた古代星見の民が、独自の解釈をして持続的発展に利用した研究論文ですね」
「……本当に読んでいるだと!? そんな馬鹿な……」
イカは膝から崩れ落ちた。
何も理解していない護衛のガラクはポカンと口を開けているだけだ。
「では、失礼します」
イカのことなど歯牙にもかけないように、フェアトたちは去って行った。
「い、イカの旦那……。アイツら行っちまった……」
「ふ、ふふふ……油断していました。パイ相手なら楽勝と思っていましたが、あのフェアトという男は侮れない……。どうやら全力で潰すしかなさそうです」
「そうとくりゃ、オラの出番だな! 今からでも追って、寝床のテントを見つけてくるど!」
「ええ、お願いします。前時代的な星見の里のテントなどでは、夜中の暗殺を防ぐことはできませんからね」
イカとガラクだけになったテントの中で、悪巧みの声が響き渡っていた。
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