◇20
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『あの……泉さん。ちょっと、聞きたいことが』
『織草さん、どうしたの?』
『これ……作ったものって、持ち帰ることってできますか?』
『あー……一応、衛生面的には、ここで食べてくれた方がいいんだけど』
『……わかりました。無理なこと言ってすみません』
『誰かにあげるつもりだった?』
『はい……お世話になった人、というか』
『バイト関係?』
『そうですね。まぁ、男の人なので、甘い物が好きかはわからな』
『緊急集合————ッ‼‼‼』
『⁉』
アリア——閉業しているので、旧アリアと言うべきかもだが……室内の状態は、以前に訪問した際とは打って変わって随分こざっぱりしていた。机や床に乱雑に放置されていた衣服(フォルテさんのものと思われる)は消え失せ、棚に収められていた謎のアイテムの数々(石像や不気味な仮面などが陳列されていたような)なども綺麗さっぱり無くなっていた。
「服は近所でやっていたフリーマーケット? に出したし、アイテムも……
物の所在について聞くと、七凪はそう答えた。次に来た時には、部屋の乱雑さについて指摘した後、片付けでもしてやろうかと意気込んだのもあったので、若干拍子抜けだった。
「んで、用事は何だ? アンプルの補充だったら、メンテ中だから無理だぞ」
「メンテとかあるんですね……? いや、今日は別件で」
「別件?」
「まずは……依頼料です。わたしの取り分の半分なので、額はそんなにですけど」
「あ、そうだった。そんじゃ遠慮なく、悪いな」
わたしが現金の入った封筒を手渡すと、七凪は中を確認することもなく机の中にしまった。もちろんしっかりと折半しているけれども、せめて額は見た方がいいのでは?
行方不明者の帰還等の後処理も終わり、依頼者である五カッケー団からの謝礼の受け取りも滞りなく済んだ。ハートキャッチ的にはそこで終わりだが、聞いたところによれば、その後彼らには、椛さんからのありがたい説教パートが待ち受けていたそうだ。流石当主と言うべきか、真面目な人だ。
「それと……えっと、もう一つ」
「ん?」
「もう一つ、渡したいもの……今回のお礼、みたいなものがありまして」
「お、おう?」
「元々は別に渡すことは考えてなかったというか、いややっぱり誠意は見せるべき、というか……でも単なる義務感というわけではなく、これを渡したいというわたしの気持ちは決して嘘ではなくて……」
「どっちが何でどうなってるんだ⁉」
なんだか、
〝躊躇い〟が生まれてしまった。
手に持っている品物——元々は、ちょっとした返礼のつもりだったのだけど、渡す相手についてクラスの女子たちから質問攻めにあったせいで、手元のこれに、妙な〝意味〟が付与されてしまったのだ。
わたしは(実際のところ、本当に、これっぽっちも)そういう意図は無かったのだけど……。
『うんうん、お礼は大事だよねー! 帷はえらいなー! でもほら、そこは男の子だからさ、意識はしちゃうと思うんだよ。だって手作りだし! 知らないけど!』
『そうだね。織草さんにその気がないなら、ちゃんと釘を刺しておいた方がいいと思う。男子ってバカだから、変な勘違いされても困るでしょ。知らないけど』
『なんか最終的にふわっとしてませんか?』
……ええい、
渡してしまえ。
つばさと泉のありがたいアドバイスを念頭に入れつつ、わたしはバッグから小さな袋を取り出して、彼の手に握らせた。
「今度、学校で文化祭をやるんです。わたしのクラスは喫茶店で……その時に出す軽食の試作品です」
「これ……クッキーか」
「はい。レシピ通りに作ったので、味は悪くない……はずです」
袋を持ち上げて中身を観察する七凪。丸や四角やハートや星、様々な形状のバタークッキーが明かりに透かされていた。依頼料の時と同じようにさっさとしまえばいいものを、さっきから彼は色んな角度から眺めている。勘弁してほしい。
「へー、文化祭ね」
「あの、形は自信ないので、あんまり見ないでもらえると」
「クッキーだったら紅茶か? 確か奥に茶葉とカップが結構あったような……」
「一人で食べてください!」
このままじゃ目の前で開封されかねないと思い、わたしはバッグの口を閉める。
用は済んだ。
ならば、長居することもない。
「帰るのか?」
「色々あるんですよ。課題とか、書類作りとか、素振りとか……」
「忙しいんだなぁ」
いかにも暇そうな口ぶりの七凪を横目に、そそくさと帰り支度をする。
「改めて、今回はありがとうございました。それではっ」
礼の言葉も早口で、去る時も足早に。
それは偏に〝気恥ずかしさ〟からの行動なのだけど——。
ただ。まぁ。
自分が言った通りだ。
色々ある。
七凪に告げたように、明日までに提出しなければいけない数学の課題があるし、文化祭の器具利用申請書も仕上げておかないといけない。剣鉈の素振りは……日課なのでやっておかないと落ち着かない。明日は明日で、ハートキャッチに出向けば、また化心絡みの依頼が舞い込んでくるのだろう。
それに……魔術師を止める、という新たな目的も生まれた。
漠然としていた〝わたしの世界〟の中で、〝正しい〟と思うものを、見つけることができた。
学校生活に、ハートキャッチの仕事、
記憶探しに、魔術師探し。
やることは山積みだし、わたしにとっては——笑われても仕方のないことだけど——そのどれもが同じくらい重要だ。
なので〝死んでる〟場合じゃない。
筺花の力——花の巫女の心臓の能力は未知数だ。
良くも、悪くも。
だとしても今は、彼女を信じて、わたしも頑張ってみようと思う。
少しずつではあるけども。
生きて……〝世界〟を広げるんだ。
幸いにも、その世界にいるのはわたしだけじゃない。
筺花も、葵さんも、椛さんも、つばさも、泉もいる。
そして、また一人——。
「——甘いもの、好きなんだよ。サンキュー」
扉に手をかけるわたしの背に、彼の声がかかった。
打算も、真意も込められていない、ただの感想。
故に、ただただ高揚感だけが湧きあがる。
「良かったです」
わたしも返す。
「当日までに、もっと上手く仕上げますから」
振り返らずに答えた。
この瞬間、追加で大事な目標ができた。
ウェルカム トゥ マイ ワールド 終
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