◇13

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「さて、と」

 七凪が自身のジャケットの内側に手をいれ、やがて手のひらサイズの小さなポーチ(淡いピンク・花柄……ミスマッチだ)を取り出した。

「まずは準備するか。準備って言えるほどのものかはわからんが」

「それは?」

「〈なんでもたくさん物が入れられるポーチ・試作バージョン〉。試作品だから、ちゃんとした名前はまだない。性質は……中が魔術で広げられていて、色んなものをしまえるようになってるって感じで、さっきの〝地図〟も、ここに入ってたやつだな」

「すごいですね。それなら、あの化心に対抗する武器も入ってるんですか?」

「ない」

「えっ」

「さっきも言ったが、こいつは試作品でな……入れられる物の数に限界があるんだ。サイズはともかく……頑張って詰め込んで十個ってとこだ」

「……それなりに物が入るポーチ、ってことですね」

「なんなら最近、中身をいくつか他の魔術師に売っちまったから、ほぼすっからかんだし」

「…………」

「いや、いつもはちゃんと大事にしてるんだけどさ? ホント、マジで。ただ、あの、ちょっとその時はバイト代入るのと腹が減るタイミングがマッチしなかった、っつーか……」

「今回の依頼料、全額差し上げましょうか?」

「怒られずに心配されるだけだと、それはそれで落ち込むものがあるな……!」

 魔術師の懐事情というのは、思ったよりも深刻なのだろうか……七凪だけの問題なのかもしれないが。

「と、とにかく」咳払いをしてから。七凪がポーチを弄る。

 内から出てきたのは、黒い手袋。一見普通の皮手袋に見えるが、目を凝らしてよく見ると、手の甲の辺りに、文字(少なくとも日本語ではない)がうっすらと書かれていた。

「まず〈暴君の鉄槌〉は必須だな。ま、これは俺専用だが」

「ただの手袋……では、もちろん無いですよね。どんな効果があるんですか?」

「効果はシンプルに『装着すると手に痛みが伝わらない』ってやつだ。俺のデザイアは〝殴る〟ことで発動するんだが、固い物を殴ると……まぁ、普通に痛いからな。なので、こいつは割と便利に使ってる。使うと体力を代償に持ってかれるから、普段からはめられないのがネックだけど」

「なるほど」

「んで、次が……」

「通販番組みたいになってきましたね」

 物珍しいものを目の前にしたことで、若干テンションの上がっている自分がいる。敵地のど真ん中(なんなら閉じ込められてる)での心持ちでないのは、もちろんわかっているのだけども。

「……ああ、これか」七凪はポーチの中に手を入れて呟いてから「ちょっと手出してくれ」とわたしに言った。

「……? はい?」

「じゃあこれ、やるから」

 そう言うと彼はわたしの右手を掴んでから、

 その指に——中指に、指輪をはめた。

 …………?

 指輪を? はめた?

「ちょっとこれ、抜けないんですけど……え、固っ……」

「つけた瞬間に取ろうとするなよ」

「贈り物の初手でいきなり指輪は、流石に重すぎるというか……」

「何の話してんの?」

「吊り橋効果的なアレには、まだ早いというか……」

「何の話してんの⁉」

 十秒ほど、指輪を取ろうとするわたしとそれを阻止する七凪という絵面が繰り広げられたが、やはりこんなことをやっている場合ではなかったので、一旦休戦となった。

「今から俺も、同じのをつけるんだけどさ」七凪もポーチの中から指輪を取り出し、手袋の上からそれをはめた。物はわたしとまったく同質のもの、銀製と思われるそれには刻印のようなものはなく、細いシンプルなデザインをしていた。

 よもや、この短い間にファーストリングとファーストペアルックを奪われるとは。

 ……別にそれが、どうという訳ではないのだけども。

「これも魔術道具……〈居離環きょりかん〉だ。二個揃ってようやく使える道具で……二人の人間がそれぞれつけると、魔力がリードみたいに結ばれて、お互いがどこにいるのか、なんとなくわかるようになる。ほら、二手に分かれた時とか、役に立つんじゃねーか?」

「そう…………ですね」

「なんで間があったんだ?」

「魔力って、魔術師以外でも持っているものなんですか?」

「ん? ああ、誰にでもあるぜ、大抵の奴は気づかないけど。魔術師ってのは……言ってしまえば『魔力が世界と自分に流れている』ってことを自覚して、それを操れるってだけだからな。……その自覚するってのが難しいんだが」

「その人が持っている魔力の量は、もともと決まっているんですか?」

「ほぼ生まれつきだな、修行で増やすこともできるが……。そいつが持ってる魔力の多い少ないが、そのまま魔術師としての才能と言っても————ん?」

「どうしました?」

「いや……指輪、つけたんだけど、さ」

「……?」

「お前、フォルテから何か言われたか?」

「言われるって、何をですか?」

「たとえば……『魔術師にならないか』とか」

「言われたことないですけど」

「まったく?」

「全然」謎の月刊誌を勧められたことはあったけども、本気かどうか疑わしかったし。

「そうか……」

 わたしの手と自身の手をしばらく見つめながら、七凪は何か言いたげな様子だったが、やがて「ま、この話はまた今度にしよう」と言って立ち上がった。なんだったんだ一体?

「悪い、もっと色々強そうなものも入ってるかと思ったんだが……とりあえず今はこんなもんだな」

 ポーチをひっくり返してから、肩をすくめる七凪。

「何も無いよりはずっと良いです。ありがとうございます」

 実際これは本心で思っている。

 いつもに比べれば、多少なりとも準備ができるだけ重畳だとも。

 無い物ねだりをしても仕方がない、今は、持っている手札をどう使うかということに、思考のリソースを割くべきだろう。

 ……それに今回は、一人じゃないわけだし。


「ちなみにですけど、売ってしまう前は、どんな道具を持ってたんですか?」

「ああ、ショットガン持ってたぜ。魔術でカスタムしてるおかげで、化心にもめっちゃ効くやつだったっけな……」

「…………」

 ショットガン、欲しかったなぁ!

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