◇9

◇9


「『巨大生物格闘シリーズ』は、デカい魚釣ったり、デカい蛇を酒に漬けたりするんだけどさ、やっぱり画面が派手っつーか、メンバーのリアクションも自然っつーか、そういうのが良かったよ、あの頃は」

「さっき知ったばかりで古参みたいなこと言わないでください」

「俺が思うに、高い車や時計を買い始めた企画辺りでダメになったな、あと歌を出したりとか」

「さっき知ったばかりで厄介にならないでください」

 夕暮れのホテル内は、照明というものが一切機能していないことも相まって、ほとんど完全な闇に近づこうとしていた。

 その薄暗い廊下を、わたしと七凪はゆっくりと進んでいく。火事によって建物自体が完全に崩壊していたので、移動するのにも瓦礫を避けたり、安全そうな床を選ぶ必要があり、本来ならすぐにたどり着けるであろうフロントへ行くのにも苦労することとなった。

 頼れる明かりは、わたしのスマホのライトと、これまたわたしが用意した懐中電灯(手回しで充電するタイプ)のみ。一人ならともかく、二人で使う分には心もとないと感じたので「魔法使いの映画で観たことあるんですけど、杖の先を光らせて明かりにする奴ってできるんですか?」と提案してみたところ「あー、それな。よくあるけど、俺は杖は持ってねーからムリだ、悪ぃ」と返された。この男を魔術師の括りに入れてはいけないのでは、という気持ちがより強まった(なんで杖すら持ってないんだ)。

 七凪がバッと手をわたしの前にかざし、静止を促すような動作をした。

「いや、言わなくてもわかるぜ、お前がどう思っているかは」その姿勢のままわたしに話しかける七凪。「もしかしなくても、疑ってるな? 俺が本当に魔女の弟子なのかって」

「……何も言うつもりはなかったですけど」

 わたしの態度があまりにも見え見えだったのか、あるいは彼が聡い方だったのか。いずれにせよ、心中を見抜かれたのは意外だった。

「〝力〟を持った奴にはまぁまぁ会って来たからな。そいつらから〝そう〟思われるのも言われるのも、俺にとっちゃ慣れっこだ。実際のところ、魔術師としての実力で言うなら、自分が並以下って自覚もある。だからお前も、正直に俺の印象を話してくれて全然構わないぜ」

「そうなんですか? ……まぁたしかに『杖も無くて魔力も探れなくておまけに不器用で——むしろこの人、何ができるんだろう?』とは思ってます」

「そこまで言わなくてもいいじゃん…………」

「言われ慣れてるんじゃないんですか?」

 普通にショックを受けないでほしい。

 わたしが悪いみたいじゃないか。

「……ま、まぁ、あれだ。杖を持たない魔術師ってのもいるんだよ。たしかに大半は杖を使うけどさ、別に絶対に必要ってわけじゃねーっていうか、むしろ杖を使わない方が性に合ってるって奴も結構いるぜ、俺もそのタイプ」七凪が早口でまくしたてる。「あ、そういや、フォルテと一緒にいたんだろ? ほら、アイツは杖を持ってなかった! つまりはそういうことだ、わかりやすいだろ?」

「……フォルテさん、杖使ってましたけど」

「マジで⁉」

 かつて、戦闘の訓練ということで、フォルテさんと対峙したことがある。当時彼女は『回避の練習よ~』と言いながら魔術の弾(当たると身体が痺れるやつだった)を撃ってきたのだが、その時はたしかに杖を持っていた。それを見ていたが故に、空骸に襲われた時も、彼女が魔術師だと咄嗟に判断できたわけだ。

「あっれ、おっかしいな~」首を傾げる七凪、どうにも納得できていない様子だ。「アイツが杖持ってるの、俺見たことねーんだけど」

「さっきの印象に追加で『本当にこの人はフォルテさんと一緒にいたのかな?』とも思い始めました」

「待て待て待てって!」

 わかったわかった、と言いながら、七凪が自身の上着の内側を探る。そして、彼は折りたたまれた〝白い紙〟を取り出した。

「つまりはだ、俺が魔術道具師ウィッチクラフターとして、ちゃんと道具を使っている証拠を見せればいいんだろ? こいつを見れば、お前も納得するさ」

 七凪が紙を広げる。サイズにしてA3くらいの大き目な紙には、短く黒いうねった線が——ちょうど黒いボールペンを使ったくらいの太さの線が描かれていた。

「何ですか、これ」

「〈前進未踏ぜんしんみとう〉。自分が通った道が、自動的に紙の上に刻まれるっていう地図——ウィッチクラフトだ。こいつをホテルに入る直前で起動させておいた」

「一から地図を作ることができる、ということですか?」

「ああ。道具の材料集めとかなんだで、色んな土地を旅するからな。その最中、森とか洞窟とか、道が無いところを行くこともある。んで、そういう時に役に立つのがこの地図ってわけだ。こいつは俺が持ってる道具の中でも、特に大事なモンになるな」

「なるほど……」

「今はまだ入ってすぐだから、短い線しかないが、色々歩いて回るうちに、ホテルの中は全部掴めるようになるぜ。……な? これは〝それ〟っぽいだろ?」

「……ふむ」

 たしかに、自分の通り道を記録できる、というのは、探索においてかなり有用なものといえるだろう。旅をしながら修行をしていた、という彼の言葉にも、説得力が生まれてくるし、何よりこんな不思議な紙を普通に使えるのは、魔術に精通している証拠か。

 ただ、まぁ。

 これは非常に言いにくいこと、なんだけど。

「……さっき入口の壁に、フロアマップが貼られてたので、スマホで撮ってあります」

「えっ」

「なので……今回は役に立たないかと」

「…………」

「あ、いや、でも、その地図は凄いと思いますよ、ちゃんと魔術道具っぽいし、便利だし。なので、別に七凪さんが魔術師じゃないとか、そういうことはもう思ってないです」

「……こんな紙をいつまでも使ってるの、正直ダサいよな、魔術師って」

「大事なモノなんじゃないんですか?」

「今どき紙とか古いって、なぁ? ……スマホ、サイコー」

「拗ねないでくださいよ」

 やれやれ。

 前途多難だ。

 地図の先はまだ白紙だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る