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「えーと、メイドカフェに一票。衣装案で上がってるのは白黒でフリルのついたメイド服……よく見るやつだね!」

「なるほど」

「次の票は……音楽喫茶。衣装は革ジャン、バンドTシャツ……とか?」

「流す曲のジャンルによって服は変わる感じ、でしょうか」

「そうかも! えっと……お、またメイドカフェ、衣装案は……わ、わわ、やばっ、ビキニメイド、お腹の布がない!」

「肌が出るのは……ちょっと」

「だね、これはボツで! 先生も駄目って言うだろうし」

「……」

「カジノ、和風喫茶、異世界系……」

「異世界系?」

「ゲーム? の世界みたいな? これも衣装はちょっと……〝へそ!〟って感じ」

「露出多いのだけボツにしましょう」

「おっけー! あとは……すごい! メイドカフェ5連続!」

「人気ですね。やっぱり男子票が多いんですか? こういうのって」

「匿名だからわかんないや、でも可愛いし、女子でも着たい子は多いと思う!」

「そういうものですか」

「そういうものなんです、ふふん」

 と、わたしの口調を真似するのは、友人の——つい最近友人になった仲町なかまちつばさ。ぱっちりした目を大きく見開きながら、彼女は(いつものように)楽しげに笑っていた。

 放課後の教室は、当初こそ居残った生徒で賑わっていたが、一時間経てば、そこにいるのはわたしとつばさの二人だけ……座ったまま、一つの机を挟んで向き合っている状態となっていた。そしてわたしたちは、机の上に置かれている段ボール箱を開け、その中にぎっしりと投じられた〝投票用紙〟の開票作業を行っていた。

 用紙に書かれているのは、秋に実施する文化祭でクラスが行う催しの数々。話し合いによって「喫茶店をする」というところまでは決定していたため、今は「どういったコンセプトにするか」「そのコンセプトに沿った衣装案」を募集している段階だった。

 用紙を取り出し、内容をノートに写して、正の字で記録する。公序良俗に反する内容(ビキニメイドとか!)はこの時点でふるいにかける……至極単純な作業ではあるが、手を抜けば責任問題になるので、集中を切らすことはできない。余計な思考を巡らす隙がないという意味では、この集計作業はわたしにとって、色々な意味で〝楽な〟業務だった。

「……よし! きゅうけーい!」正の字で埋まったノートを畳んで、つばさが高らかに宣言する。

「お菓子食べよー……食べよ? 新作ポキリ、梅バター味!」続いて、自分のリュックから筒状のスナック菓子を取り出すと、机の真ん中に置いた。そのまま棒状のスナックを一本つまんで、わたしの唇に当ててきた。くれる、ということだろうか、厚意に甘えて口に運ぶ。梅バター味というだけあって、マイルドに調整されたな酸っぱさが口腔内を突き抜けた。もぐもぐと口を動かすわたしを見ながら、つばさがより一層の笑顔を見せた。

「このままならメイドカフェになるかな!」

「そうですね。衣装は既製品を使う形ですか?」

「うん、レンタルでね。となると、一から作るのは内装だけになるから、ちょっとだけラクできると思う!」

「装飾の材料は希望者を募って買い出しに行ってもらいましょう。あと考えなきゃいけないのはシフト表の作成ですね。フロアとホールでメンバーを決めて、穴が開かないようにスケジュールを決めないと」

「う、うん……、たぶん面倒なやつだよね。……あの、さ、もし良かったら……」

「手伝いますから、大丈夫ですよ」

「あ、ありがと~~~! ポキリ全部食べていいからね~~~!」

 だばっ、とスナックを掴んでわたしに差し出すつばさ。花束みたいだ、と思いながらわたしはそれを数本引き抜いた。

 クラスの中心にいることの多い仲町つばさは、目立つことや楽しそうなものに惹かれる性格だ。よって彼女が文化祭と、それを取り仕切る実行委員に興味を持つのは、文化祭というものが持つキラキラとしたイメージを加味すれば、ごく自然なことに思える。

 そういうわけで彼女は、意気揚々と文化祭実行委員に立候補し、他に対立候補もいなかったので、そのまま役目を仰せつかった————それは〝事実〟だ。

 しかし——〝真実〟は異なる。

 そのとき手を挙げたのは〝本物〟のつばさではなかった。彼女は〝偽物〟——クラスに〝神様〟を広めるために潜入していた〝空骸黑〟がなりすました存在だったのだ。

 正直、空骸がどうしてそんな真似をしたのかはわからない。仲町つばさとして、より自然な振舞いをしようと思ったのか、あるいは単なる悪戯心か……どちらにせよ、偽物が勝手な行動をしたせいで、久しぶりに登校した本物は身に覚えのない役目と仕事量に苦しめられることとなった。

 そしてわたしはといえば、机の中の書類の束を引き出しながら『え⁉ 何⁉ 何⁉ 怖い怖い怖い⁉』と叫んでいたつばさを見かねて、こうして手伝うことにしたというわけである。

 とはいえ別に、事件に巻き込んでしまった責任だとか、罪滅ぼしがしたかったとか、そこまで大仰な意思があったわけではない。単純に、友人の一人として無視できなかっただけ……結果的に、仕事内容はわたしに合っていたし、さらには何かするたびに向こうもオーバーに喜んでくれるので(お菓子もくれるので)、いいことずくめだった。

「ん?」ポケットからスマホを取り出し、画面を確認するつばさ。「侑里ゆりからだ……わっ、やった! 追加予算申請通ったって! 良かった~!」

「追加予算?」

「そう! 食べ物も内装も、お金的には結構ギリギリだったからさ、どうしよっかな~って思ってたんだけど……侑里に相談したら『掛け合ってみる』って!」

「それで通ったと……流石ですね」

 泉侑里いずみゆり

 彼女もまたつばさの——わたしとつばさの友人として、文化祭運営の手伝いをしてくれている。クラス委員かつしっかり者の彼女であれば、教師陣や生徒会を説得するのは、そう難しいことではないだろうが……それでもやはり、金銭面の交渉を成功させるのは、すごいことなのではと思う(『え、ここ家賃とかあんの?』などと惚けたことを言って、大慌てで大家に頭を下げに行った七凪とは大違いだ)。

「……よし! じゃあ続きやろっ!」

 お菓子とスマホを脇に置いて、つばさが投票箱を置いた。わたしもノートを広げ、準備をする。

「予算が増えたからさ~? メニュー増やしたり、諦めてたところもできるかもね!」

「そんなに貰えますかね?」

「わかんない! けど、夢は広がるじゃん? あ、帷は『これやりたい!』っていうのある?」

「わたし……ですか?」

「あ、でもメイドさんはたぶん決定っぽいから……でも着てみたいコスあったら言ってね! もう運営権限でなんとかするから!」

「しなくていいですから」

「あーでもでもメイドさんの帷も見たいかも! めっちゃ似合うと思う!」

「そう……ですかね」

 やりたいこと……と聞かれて、咄嗟には何も思いつかなかった。

 やらなければならないこと……なら、すぐに思いつくだろうけど。

 だからこそ——文化祭で語るのは大げさかもだが——不本意な経緯で与えられた役目を、自らの楽しみに変えることができるつばさのことが、羨ましかった。

「……つばさは、どうしたいですか」

「ん?」

「予算が増えて……何か追加したいものとか、あるんですか?」

「デカいミラーボール!」

「即答するレベルで?」

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