◇11
◇11
魔術。
人間の内に秘めた魔力を使い、世界の理に干渉し、法則を改変することで、火を起こす、物を浮かすなどの神秘を為す技術。
魔術を扱う人間は魔術師と呼ばれる。有する魔力量や得意な術は魔術師によって異なり、科学が幅を利かせている現代において、彼らは正体を隠し、それぞれの目的のため人知れず研鑽を積んでいる……らしい。
伝聞的な言い方なのは、これらの情報が、わたしの唯一知る魔術師——フォルテさんから得たものだからだ。ただ、彼女があまり魔術の世界について積極的に語ろうとしないので(なんなら本人に秘匿する気がなさそうという矛盾も相まって)、話の信憑性という点では、疑問を抱かざるを得ない、というのが正直なところだけど……。
いや。
大事なのは、何故フォルテさんの話をこの状況で思い出したのか、だ。
「あんだけ言って逃げるってお前、マジでざけんな——ああ、クソ!」
苛立ちの言葉と共に、空骸の手から——正しくは、所持している〝棒〟から放たれる幾千もの光線。それが乱反射を繰り返し、廊下の壁や天井を傷つけるのを見ると、塞がった腹がほじくり返されるような気分だった。
わたしは向かってくる光線を走ったり跳んだりしてなんとか躱しながら(さながらスパイ映画のレーザートラップを突破するみたいに!)必死に過去の知識を引き出す。
「光は、魔力の塊か……!」
わたしに行われている〝攻撃〟が〝魔術〟であることは間違いないだろう。空骸が持っているのはワンド——俗に言う魔法の杖、に見える。術者をサポートする
ここまでくれば、敵の正体は自ずと察せられる。
空骸黑は——フォルテさんと同じ〝魔術師〟。
……まぁ、それがわかったところで、次に「なんで初対面の魔術師に襲われているのか?」って疑問に当たるわけなんだけど。
「……聞いてみたら案外素直に教えてくれたりしませんかね」
【この弾幕の中で質問する余裕があるなら、やってみたら?】
「……もう少し様子を見てからにしましょうか」
もはやナチュラルに意識に割り込んでくる声をいなしつつ、速度を保ったままひたすらに駆ける。
飛び降りるように階段を下り、再び一階へ。
「ちょこまか動きやがって! どこ行くつもりだ!」
【だってさ、どこ向かって走ってるの?】
「
情報が足りていない現状では、圧倒的にこちらが不利だ。状況を巻き返すためにも、狭い廊下よりは、攻撃を避けやすい広い空間か、敵から身を隠せる場所に移動したかった。
「確かこの先に体育館が————っ⁉」
右肩に熱さと衝撃。
撃たれた——と、自覚した時には既に、大量の血が頬を濡らしていた。
バランスを崩してよろめいた身体を、廊下を支える柱の陰へと投げ出した。
「っ……!」
焦るな、興奮するな。
感情を乱せば、傷の治りが遅くなる。
どっ、どっ、と脈拍に合わせて血が噴き出す傷口を手で抑えながら、そうやって自分自身に言い聞かせるようにして、回復を待つ。
空骸が近づくまであとどのくらいだろう、それまでに立ち上がらないと——。
【私、ちゃんと言ったよね?】またしても響く彼女の声。【騙されている、隠されているって!】
「……なんのこと、ですか……」痛みと疲労で焼き切れそうな脳を動かして応答する。
【昼休みの食堂だよ。あの時点で仲町つばさが空骸黑だって気づいたから、親切心で教えてあげたのに……なんで無視するかな】
「昼休み? ……もしかして、あの時の夢は、あなたが」
【あんな程度の催眠術にかかるのも信じられないし、催眠の影響で時間が経っているのも気にしないなんて、危機感が無さ過ぎるよ、馬鹿じゃないの?】
「……だったら、もっとわかりやすく教えてくれれば良かったじゃないですか、敵が仲町さんに化けてるって」
【あの時は今ほど〝繋がれなかった〟からしょうがないじゃん。そのくらい自力で気づきなよ】
「…………」
【この際だから言うけどさ、そもそも自分がもっと疎まれているっていうか……避けられているっていうか……とにかく〝そういう〟存在なんだってちゃんと自覚してれば、違和感に気づけたよね】
「……は?」
【普通考えない? 君に無条件で親切にする奴がいるわけないって。それがいくらみんなの人気者でも……っていうか、人気者だからこそ、そういうところの空気は読むものでしょう?】
「…………」
【敵の攻撃とか、魔術師とかって可能性に思い当たらなくても、向けられる善意に対してまったく疑わないなんて、愚かだよ、愚かすぎる】
「————」
【そうでしょう? だって、君はみんなから——】
「————もう、黙って! 〝
バシュン、と。
光線が頭上を貫き、柱の破片がパラパラと顔にかかった。
「……かけっこは終わり?」柱を介した後方から、空骸の声がした。「ザコの癖に手間かけさせやがって」
……叫んだせいで居場所が割れてしまったのか。自分の短慮さに嫌気がさす。筺花の話なんか聞かずにさっさと離脱すれば良かった。
「血は出てねーな……もうちょい下だったか……チビってのも役に立つんだな」
衣擦れの音、杖を構え直したのだろう。光線の威力を見る限り、柱ごとわたしを貫くのは難しくないようだ。
絶体絶命。
……もちろん、ただやられるのを待つ、なんてつもりはない。
肩の傷が塞がったのを確認して、柱の外に身体を出す。案の定、目の前には杖の先をこちらに向けた空骸が立っていた。
そしてゆっくりと、持っていた剣鉈を地面に置いた。
「……何? 降参?」
「……そうですね、勝ち目がないので」続けて両腕を上げ〝参った〟という感じを見せる。
「あっそ、諦めてくれるんなら別にいいけど」
わたしが抵抗しないからか、空骸は撃ってこなかった。
情報を引き出すなら、このタイミングしかない。
「黒幕、というのは……どういう意味ですか?」
「あ?」
あからさまに怪訝な顔をする空骸。もっと慎重な聞き方をした方が良かったか。
そう思い、次に繋げる言葉を考えていたが。
「どうもこうも、そのまま……お前が学校で化心と戦ったのは、あたしの仕業って意味だけど」
「首無しの、黒コートの化心ですか」
「ん、それ」
わたしの問いに、意外にも彼女は返答してきた。
「……つーか」大げさにため息をつく空骸。「もうちょっとで〝完成〟するところだったってのに……マジ空気読めって感じ、サイアク」
「完成?」
「魔術で学校中の化心をぜーんぶ混ぜて、すっごく強い化心にするつもりだったんだよ。それをどこかの誰かさんが全部殺しやがったから……マジで白けた、つまんねーの」
「…………」
思ったよりも喋る奴だ。
自分が優位である故の慢心もあるのだろうが、いずれにせよ好都合だ。敵の目的を知るためにも、次の〝罠〟と〝策〟のためにも、その慢心を利用しない手はない。
「あなたが……あの化心を作ったんですか?」
「はぁ? 作れるわけねーだろ、バカかお前? ……あ、そういうこと?」
空骸の顔がとたんに意地の悪い笑みに変わった。
「こう言いたいんでしょ? 『化心に自分を襲わせるように命令したんじゃないか』って。アハッ、でもざーんねん! あたしが用意したのはただの土台……〝神様〟っていうアカウントだけ。たしかにちょ~っと誘導したけどさ、結局化心は自力で産むしかないわけ。だから——」
語っている最中、こみ上げるおかしさを押さえられない、といった様子で腹を抱えて笑いだす空骸。そこまで聞けば、わたしにも彼女の言いたいことは察せられる。
……化心が自分を殺しに来たのは、まぎれもないクラスメイトの心。
そういうことなのだろう。
「どう? 悔しい? それとも悲しい? さっき二階で泣いてたよね? もっかい泣いてもいいよ? あたしあっち向いてるからさ! アハハハハ!」
安い挑発。
あの程度の言葉に、今さら動揺はしない。
化心の狙いなんて、スマホを見た時点でわかっていたことだ。
むしろ本心だとすれば、それはそれで構わない、とさえ思える。泉の化心の行動もまた、混じり気のない彼女の本心である証明だと言えるのだから。
今はただ前に、次に、進むことを考えるべきだ。
「随分手間をかけますね、わざわざ人工知能のアカウントを配るなんて」
「……もともとあったのをパクっただけだけどな。今どき壺とか水晶とか売っても怪しいだけだろ」
「アカウントを、
「頭の凝り固まったジジババにはできない発想でしょ?」
そう言って、けらけらと笑う空骸。
……その言葉、フォルテさんが聞いたらどんなリアクションをするだろう。
怖いような、気になるような。
「ねぇ、もういーい? あたしもう話し疲れたんですけどー」
空骸は杖の先を向けたまま、あくびをする振りをした。わたしがあまり堪えなかったので、機嫌を損ねたのかもしれない。
となれば、問答は潮時か。
「なぁ、なんか言えっての」
できればもう少し聞きたいことが——わたしを狙う理由や化心で実験をする理由とか——あったが、変に深掘りして本末転倒だろう。気分次第で身体をハチの巣にされたらたまったもんじゃない。
なので、残りの疑問については——
「おーい、もしもしー? ちっ、無視すんなし、撃つぞこらぁ——」「——〈爆ぜろ〉!」
後ほど聞くことにしよう。
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