◇9

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「……くしゅん」

 自ら発したくしゃみと、全身の肌を突き刺すような冷気が、ぼんやりとした意識をはっきりとさせる。

「……」

 時間にして数分ほど。

 泉の化心を消滅させた後、疲労のせいからか、少し眠っていたらしい。

「……寒い」

 震える肩を擦ってみたところで……寒気の理由が明白であることに気づく。

 ……なるほど、服を着てないぞ、と。

 いや、正確に言えば着ているものの、かつて制服だったそれは、化心の攻撃によってすっかり穴だらけにされており、もはやぼろきれを纏っているだけにすぎなかった。

 多少気温が上がってきているが、それでも夕方はまだまだ冷える。

 ……とりあえず、何か着ないと。

 一年のロッカールームが近かったので、そこへ行って〝織草〟のジャージを取り出す。運動部じゃないわたしがこの格好で外に出るのは違和感があるが、背に腹は代えられない(さっきの格好で帰宅しようものならいろんな意味で通報不可避だ、きっと)。

 ぼろきれを脱いで、上下ジャージ姿になったところで。

 ぐるん、と景色が回るような感覚を覚え、ふらついてしまった。

「ぅ——ぁ」

 断続的な頭痛と吐き気。

 確か……貧血の症状だったような。何かで読んだことがある。

 血を流しすぎたせい、だろうか。

 身体が完全に治りきっていないのかもしれない。

 ただ、悠長なことも言ってられない。

 教室で気を失っている生徒や保健室に置いてきた泉を家に帰さないといけないし、崩壊した教室もどうにかしなきゃいけない。

「葵さんと……フォルテさんにも連絡を——っ……」

 気分が悪い。

 すべてにおいて億劫になる。

 両足に力が入らず、姿勢が保てない。

「…………」

 もう少しだけ休んでから、先のことを考えよう。

 そう思って、座ろうとした時だった。


「……生きてるーっ!」


 知っている声が聞こえた。

 続けて、ドタドタ、と振動音が廊下に反響する。

 その正体が足音で、しかもだんだん大きくなっていて、どうやらこちらに近づいてきているみたいだ——と、察したところで、


「とばり~~~‼」

「……えっ、仲町さ——わぷっ⁉」


 声の主が——仲町つばさが現れた。

 ついでに抱きしめられた。

 ぎゅう、と。

 上半身を思いきり拘束され、ただでさえ足りていない血がもっと巡りづらくなるんじゃないかと錯覚してしまうほどに、抱擁される。

「帰ろうとしたらすっごい大きな音がして……戻ったら人がいっぱい倒れてて……私、頭真っ白になっちゃって……‼」

「な……なるほど……?」

「奥の教室とか、でかい穴空いてるし~‼」

「な、何があったんでしょうかねー……?」

「警察? 救急車? 先生? PTA? どこに電話すればいいのかもわかんなくて~‼」

「PTAには荷が重いような……?」

 そもそもPTAに電話って何だ。

 その辺の父母じゃこの惨状はどうしようもないだろう。

「…………」

 仲町つばさとの会話。

 久しぶり、というわけでもないはずなのに、懐かしいような気さえする。

 さんざん悪意にさらされた後もあって、妙に安心するというか……とにかく悪い気分じゃない。

 現場を見られてしまった以上、記憶は消さなければいけないが……もう少しぐらいこのままでもいいかも——なんて、思ってしまう自分がいた。

 そういうわけでしばらくの間、仲町を宥めていたのだが……本調子でない身体では流石に限界というものがあるようで。

 先ほどから視界を苛むくらくらとした違和感は、ちょっと我慢できそうになかった。


【——て】


「あの……仲町さん……ちょっとだけ……」

 座って休んでもいいですか、と彼女の腕をすり抜けようとして、


【——て!】


 より強く、抱きしめられた。

 ぎゅうぎゅう、と。

 肩に痛みを感じるレベルで、密着させられる。


【——げて!】


「な、仲町さん……?」

「——ああ、もういーや、飽きた」

 わたしの耳元で囁く声。

 さっきまでとは程遠い、冷たい声色。

 まるで、

 仲町じゃない、

 みたいな————「————死ね、織草帷」




 同時だった。




 嫌な予感がして、激しく身じろぎしたのも。

 ■花の【逃げて!】という声が届いたのも。




 そして——真紅の閃光が、わたしの身体を貫いたのも。




 同時だった。

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