◇5

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【よく見て! よく視て! よく観て!】

 誰かの声がする。

【君は騙されている! あの子は隠されている!】

 誰なんだろう。

 なんだか、とても大事なことを言われている気がする。

【気づいて! 気づいて! 気づいて!】

 〝■■〟が、必死に訴えてくる。

「一体、何を——」

 伝えようとしているんですか? と、言おうとした、その時に、

 その声がどこか遠くへと消えて、わたしの意識がはっきりしてくるのを、感じた——。




「——ん」

 目が覚めたとき、一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

「大丈夫? 帷?」

 目の前にいる仲町が、心配そうな顔をして覗き込んでくる。

 耳に入ってくる騒がしい雑談の声と、口の中に残るカレーの風味、それらを知覚したところで、ようやく自分が学校の食堂にいるということを理解した。

 どうやら仲町と二人で昼食を食べに来ていたようだ。

 午前中の記憶が曖昧で、よく覚えていない。

「……すみません、何故か寝ていたみたいです」

「えっ、食べてる途中で⁉ 何それー」

 赤ちゃんみたい、と笑う仲町。彼女の皿にはほとんど食事が残っていない、食べ始めてからそれなりに時間は経っているようだった。

「お腹空いてないなら、残してもいいんじゃない?」

「食欲はあるので、大丈夫です」

「それはよきかな。やっぱり若い者はたくさん食べないとね~」

「いや何キャラですか。若者はお互い様でしょう」

「うん! あたしもいつも大盛りだからね! ……でも本当に大丈夫? 寝不足とか? 前に言ってたバイトのせい?」

「寝不足、どうなんでしょう……まぁたしかに、割と遅くまでの肉体労働なので、疲れるには疲れますけどね」

「女子高生……夜遅く……肉体労働……あっ」

「変な想像しないでください。全然そういう『あっ』なものじゃないです」

「ならいいんだけど。ほら、帷、なんかマニア受けしそうな見た目だから——もごっ」

 何やら失礼なことを言っているので、スプーンを押し込んで黙らせる。

 あむあむと、声にならない抗議をする仲町。時間もないので、彼女にも少しばかりカレーの消費を手伝わせることにした。




「あたしはね、帷のことを心配しているわけよ。授業中ならともかく、ご飯食べてるときに寝るなんてさ、相当疲れてるんじゃないかって」

「お気遣いありがとうございます。でも別に睡眠は十分とってますから、あれはほら……たまたま気絶しただけというか」

「いやそっちの方がヤバくない?」

 食堂から教室までの短い廊下を仲町と二人で歩く。

 仲町つばさと織草帷というコンビは、良くも悪くも相当に目立つ。当然だろう、良い方の有名人と悪い方の有名人が連れ立って歩いているのだ。生徒とすれ違う度に、ぎょっとした顔をされることも少なくない。

 ある程度慣れてきたとはいえ、奇異の視線を向けられるのは、多少堪える。隣にいる仲町が気にしていないのが、せめてもの救いだが。

 その仲町はというと、ずっとスマホを操作している。

「ふーむ」しばらく考えている様子の仲町だったが、やがて、

「一応〝神様〟に相談してみる?」

 と提案してきた。

「…………はい?」

 なんだって?

 神様に相談……神様?

 仲町は得意げな顔をしている。どうやら聞き間違いではなさそうだ。

 困ったな、わたしは〝その手の〟コミュニティには興味ないんだけど……。

 少し後ずさるわたしに、仲町はスマホを向けてきた。

 細目で画面を見る。映っていたのは、鳥居のアイコンと〝AI神様があなたの悩みを聞きます〟という説明文だった。

「AI神様……? あの、これは……?」

「これ、ソルトのアカウントだよ! ソルトって、友達と連絡取り合う意外にも、有名人をフォローしたり、知らない人とマッチングしたりできるんだよねー」

「ソルト……あっ、この前の……」

「それで、クラスで結構流行ってるのが、この神様ってアカウントとチャットするっていうやつなんだけど。えっと、人工知能、だっけ? とにかく機械が自動で相談に乗ってくれるんだって!」

「なるほど」

 予想した展開とは違ったことに、とりあえず安堵する。

 ソルトについてはほとんど知らないが、AI——人工知能のアプリケーションなら、ほんの少しだけ知識はある。葵さんもよく、スマホに内蔵されたAIと会話をしているし(人間の友達、いないのかな?)、特に昨今は、随分と技術が進化していると、ニュースで見た覚えもある。

 ソルトにおけるこの神様というのも、その手の代物なのだろう。かなり大げさな名前な気もしないでもないけど。

「それで、流行ってるというのは、その神様に、みんな悩みを聞いてもらってるんですか?」

「うーん、どうなんだろ。これ、あんまり精度良くなくて、そんなに正確な回答ってこないんだよねー。だから、みんな遊びで話しかけるだけというか。本気で使う人はいないと思う」

「信頼度的には、現実の神頼みとそう大差なさそうですね」

「いやいや! 甘く見ちゃいけませんぜお嬢さん。たしかに精度はアレだけど、たまに鋭いアドバイスをすることもあってさ、それが面白くて、あたしもフォローしてるんだよね」

「仲町さんは、何か相談してるんですか?」

「たまーにね!」

「たとえばどんな?」

「テストの点数のあげ方とか!」

「へぇ、どんな答えが返ってきたんですか」

「そのときは『先に解答を入手しましょう』って」

「……合理的ですね」

 所詮は機械か、過度な期待はしないほうが良さそうだ。

「まぁまぁ、聞くだけならタダだからさ!」と、仲町はチャットの画面を起動した。

 こちらとしても、わざわざ止める理由もないので、その様子を黙って見ることにした。

「えーっと『神様、寝不足を解消する方法を教えてください』っと……おっ、返事来たよ!」

「早いですね、神様はなんと?」

「『睡眠薬を飲みましょう』」

「一足飛び!」

 ちょっと合理が過ぎないか、神様。

 もっとこう、ストレッチをするとか、温かいものを飲むとか……順序があるのでは?

「すごいっ、睡眠薬ってこんなに種類あるんだ。なんか全部早口言葉みたい」

「真面目に調べなくていいですから」

「『神様、おすすめの睡眠薬を教えてください』っと」

「聞かなくていいですから」

「おー『バルビツール酸系』だって——」「——こんなところにいた」

 突然、すぐ後ろで声がしたので、わたしも仲町も、ビクッと身体を跳ねらせた。

 振り返ると、委員長——泉がいた。心なしか、いつもより目つきが鋭い。

「なんだ侑里かぁ、びっくりしたー」

「なんだ、じゃないでしょ。約束忘れたの?」

「えっ、約束——あっ、いや、やばっ、ゴメン‼ 帷と食べてた‼」

 慌てて手を合わせる仲町。どうやら、ランチの先約があったのを忘れていたようだ。

「お昼、ずっと待ってたんだけど」

 泉の口調には明らかな怒気がある。約束をすっぽかされただけでなく、別の人間と一緒だったとなれば無理もない。

 仲町はひたすらに謝り続けている。

 ……わたしも謝ったほうがいいのかな?

「えっと、すみません。わたしがお邪魔したみたいな形になって」

「ああ、ごめんね。織草さんは悪くないの。悪いのはつばさの頭と甲斐性だから」

 そこまで言わなくてもいいのでは? と思ったが、隣に視線を向けると、仲町が「おっしゃる通りです~」と言いながら平伏していた。そこまで言ってもいいらしい。

 泉は、はぁと大きなため息をつき、仲町を立たせた。

「つばさのそれ、直したほうがいいよ?」

「それ?」

「気分次第で安請け合いするところ。……私だから良かったけど、そのままだと、いつか痛い目に合うかも」

「え、死ぬとか?」

「死にはしないでしょうけど……」

 泉は、五体投地の姿勢のせいで汚れた仲町の手や制服をはたくと「それじゃあ、また午後の授業で」と言ってわたしたちの前から去っていった。

「……悪いことしちゃったな」と仲町は言うと、手元のスマホを操作した。

「『神様、友達へのお詫びの品を教えてください』」

「いや、それくらい自分で考えましょうよ」

「もちろんそうなんだけど、一応ね……あっ、返事来た!」

「そんなことまで答えてくれるんですね、神様の回答は?」

「『現金』だって! どう思う?」

「絶対やめた方がいいですよ」

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