第6話 かける方法を教えて(運動支配編)
一夜経った、昼下がりの教室。何時もと代わり映えのしない、退屈な生活の毎日。その中で、私は何時ものように、自分の席に座っている。
教室の前では、数学の先生が難しい方程式を書いて、生徒たちに教えていた。
「……。」
しかし私の意識は、目の前の授業に向いていなかった。私の意識は、今日の朝からずっと……いや、もっと正確には、昨日の夜からそうなっていた。
その理由は間違いなく、昨日、町田さんが見せた『アレ』だった。
「……。」
現実にはあり得ない、フィクションのような世界を見せられたことは、私にとってビックリするような出来事だった。それなのに、あれだけ摩訶不思議な世界を見せられたにも関わらず、冷静にそれを思い出して振り返っている自分が、ある意味怖かった。
「……。」
その町田さんは、昨日の放課後と違って、いつも通りの静かな人間に変わっていた。少し気怠そうに、目の前の授業を退屈そうに聞いているような気がした。
それはまるで、催眠術以外には興味が無いと云わんばかり、そう思わせている。
「……ま……おい……やま……!」
周りの生徒が知っている、いつも通りの静かな人間。しかしその裏には、他人をその世界に引きずり込む、それすらも楽しんでいるような、何処か浮世離れをしているような……。
「おい!城山!聞いてるのか!?」
「ひゃ!?ひゃいっ!?」
私の鼓膜に突き刺さるような、先生の大声が教室中に響き渡った。
その衝撃に、私の意識はグワっと現実世界に引き戻される。
「ちゃんと授業を聞いておけ。それとも、何処か調子が悪いのか?」
「い、いえ!な、何でもありません!はいっ!」
あたふたと慌てふためく私の滑稽な動きに、ドッと笑い声が響いた。
あーもう!私は一体何をしてるの!
「……。」
ふと、町田さんがクスッと笑った気がした。多分、そんな気がした。
「城山さん、午前中の数学の授業、アレは面白かったわ。」
「うぅ……あれは……その……。」
町田さんと出会って、2度目の放課後の時間。
私は町田さんに、あの授業の出来事を弄られていた。
「私には、何となく分かるわ。城山さんが、一体何をそんなに考えていたのか、ね。」
「え?」
「昨日の催眠術のことでしょ?考えられるのは、それしかないわ。」
「あ……あはは……まあ……。」
私は今すぐにでも忘れたいのに、この町田さんという人は、忘れさせてくれないようだ。
「でも、そういうことなら、城山さんは催眠状態になってたってことね。」
「えっ!?さ、催眠状態!?」
「ええ、そうよ。城山さんは、自然と催眠状態になってたのよ。」
わ……私が催眠状態になってた!?え!?どういうこと!?
「そうね……昨日の終わり際、城山さんには『かける側になってもらう』って言ったけど、催眠術をかけるってどういうことなのか、改めて確認したほうが良さそうね。」
「は、はい……!お願いします!」
「まず、催眠術をかけるって言うけど……それって一体、どういうことかしら?」
「え、それは催眠術師の人が催眠術を使って、相手の人をそうさせて……。」
「確かにそう見えるかもしれないわね。でも城山さん、あれは催眠術師が、相手に対してそうさせているように見せているだけであって、実際に催眠術師が操ってるわけじゃないの。正確には、術師が相手の自己暗示を引き出して、相手が相手自身に催眠をかけているってことなのよ。」
「術師が自己暗示を引き出して……相手が相手自身にかける……あ!昨日私があれだけ指が固まったり、ゲラゲラ笑い転げていたのも、私が私自身にそうなりたいって……!」
「そう、私が昨日、城山さんに『催眠術に対する適正が高いわね』って言ったのは、そういうことなのよ。そして城山さんが、数学の勉強に意識を向けず、もっと大事なことに意識を向けていた……それもまた、催眠状態の一種でもあるのよ。」
「へー、そうなんだ……。」
「だから私はこう考えてるの。催眠術の世界で最も優れているのは、優秀な技術とカリスマ性を持った術師ではない。術師の暗示を正確に捉え、それを自らに施すことができる被験者である、とね。そして城山さん、貴方は私が見た中でも、特に優れた人材だと見ているわ。」
「わ、私が!?買いかぶり過ぎじゃないかな!?」
「嘘はつかないわ。私はそういうの、ちゃんと本音で言うから。」
「さて、実践に移りましょう。まずは最もポピュラーな『運動支配』を行うわ。簡単に言えば、相手の動きを制限させるものよ。昨日アタシが城山さんに施した、OKリングのやつは覚えているかしら?」
「もちろん覚えてる!グッて固まって、離れなくなるやつだよね?」
「それよ。そういうのを城山さんにやってもらうわけだけど……今回はOKリングじゃなくて、そのまま腕全体を固めるものにするわ。」
「腕全体を……固める……。」
「そうよ。まずは城山さんが、貴方の身体自身に対して、催眠術をやってみて。」
「え!?いきなり!?」
「そう、いきなりよ。催眠術は理論が大事だけど、その理論を元に場数を踏むことだって大事なのよ。何かあったら、アタシがすぐに助けに入るから。」
「わ、分かった……!やってみる!(で、でも……一体、どうやってやるんだっけ……!?)」
ええっと……やり方は……。
「う……腕よ、止まれ……っ!」
何を思ったか私は、ビシッと自分の腕を前に出して、そんなことを言い放った……。
「……。」
「……。」
町田さんが、キョトンとした顔をする。
「……城山さん?」
「え……あ、あはは……こ、これは、その……。」
「……貴方、まさかそれでかかってるのかしら?」
「へっ……?」
その言葉に、私が前に突き出した腕を見る。その腕は……ピキッと動けなくなっていた。
「あ……あぁぁぁぁ!?何で!?何でこんなことに!?」
「ぷっ……あはは!面白いわね……!こんなかかり方するのって、今まで見たことないわ……!」
「た、助けてー!」
「大丈夫よ、今助けるわ。」
町田さんが、私の腕を掴み、軽く横に振る。その瞬間、私の腕は再び動くようになった。
「た……助かった……。」
「まさか本当に、あの一言で催眠にかかってしまうなんて。やっぱり城山さんの適正能力は、群を抜いて高いわね。」
「あー、あんなことになるなんて、私ちょっとビックリした……。」
「それだけ『自分の腕が固まる』ってことに、すんなりと自分が受け入れているってことよ。催眠術に対しての経験があったってのも、大きいところだけれども。」
「た、確かに……。」
「でも城山さん、あれは貴方だからかかったわけで、それを全く知らない他の人にやっても、効果があるとは限らないわ。必要なのは、相手に『イメージがしやすい具体的な内容』を伝えること。だから腕が固まって動かなくなるという催眠術なら、それを具体的にイメージさせる必要があるわ。例えば、腕の筋肉の中に太い金属のパイプが入って、折り曲げられなくなるとか。」
「筋肉の中に、金属……。」
「ま、筋肉中に金属を入れるって、普通ならありえないわね。もっとイメージしやすい形で言うなら、曲げる方向に大きな板を固定されて、それで曲げられないとか。」
「あー、それならイメージしやすいかも。」
「そう。そしてそれをされたことによって、そうなるってのを相手に分かってもらうの。言ったでしょ?催眠術は、相手が相手自身にかけるものだって。」
「うん、言ってた。」
「それを踏まえて、今度はアタシ相手にやってみましょう。」
「ま、町田さん相手に!?」
「そうよ。実際の場でも、被験者相手に術を施すことが多いわ。それの練習ってこと。」
「は、はい……!」
私は、町田さんがさっき言ってた『金属パイプ』のイメージを使うことにした。
失敗しないように、イメージさせやすいものを伝えるように……。
「では……今から町田さんの腕に金属のパイプの挿れて、動けなくなるようにします。まず、ここに固くて太い金属パイプがあることをイメージしてください。」
「えぇ、見えるわ。」
「では、これを貴方の腕の中にゆっくりと差し込んでいきます。腕の中が冷たくなるのをイメージしてください。」
私はゆっくりと、町田さんの腕の中に、金属パイプに見立てたソレを差し込む動きをする。ゆっくりと差し込むと、町田さんが少し唇を噛んだ気がした。
「久しぶりね、こうして腕の中に何かを差し込まれるのは……。」
ゆっくりと差し込む動きを終えて、私はゆっくりと問いかける。
「さて、町田さん……この状態で腕を曲げることは、できますか?」
「えぇ、もうできないわ。アタシの腕は、完全に固まってるわよ。」
「えっ?」と一瞬思ったが、その腕は確かに、ガチンと棒状に前で突き出された状態になっている。
「か……かかった……!やった……!私にもできた!」
町田さんの口調からも、これは完全にできていると言ってもおかしくないレベルの出来具合だった。
「かかったのはいいけれど、城山さん、解くことを忘れてはいけないわ。」
「あ……!そ、そうだ!このままだと町田さんが動けない……!」
「そうね。さっきと逆の動きをして、イメージを解いてあげる必要があるわ。」
「はい!では町田さん、今から貴方の腕に挿った金属パイプを抜き取ります!」
私はゆっくりと、パイプを掴むモーションから、ゆっくりと引き抜く動きを見せる。
すっと引き抜いた瞬間、町田さんの腕は何事もなかったかのように、自由に動き始めた。
「オッケーよ。今、何も腕に残ってないわ。」
「あぁ、良かった……。」
「初めての、ちゃんとした成功ってところね。おめでとう。」
町田さんからの合格を貰い、私はホッと一息ついた。
お前らが憧れる催眠術の現実を教えてやる Yuto Arisaka - 有坂優音 @yuto_arisaka
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