第2話『生命の駆け引き』
「よう、大変そうだな?こんな所に一人で」
人の気配なんてなかったはずだ。それとも元の世界で平和ボケしてるような奴には、分からないものなのか?
俺に話しかける声色だけは気さくだが、その主の眼光は鋭い。気づけば、数にして五人の盗賊に囲まれてしまっていた。
「そうでもないさ。声を掛けられるだけでも心強いもんだな」
嘘じゃない。言葉が通じる事が分かったのは大きな収穫だ。本気で安心した。
そして次の問題は、この状況をどうやって切り抜けるかだ。
「ハッハハッ、生意気利けるのは余裕からか?それとも苦し紛れかい?」
苦し紛れに決まってんだろ。こっちは丸腰なんだ。盗賊のうち3人は既に短刀を抜いてる。この状況で余裕ってどんな大物だよ。
……おい真ん中の奴、刃をペロペロ舐めるんじゃねえ!本当にやるヤツ、初めて見たわ!
盗賊たちの奇行に動揺したが、気を取り直して相手の観察を続ける。
スマホの角でも使ってぶん殴るか?いや、やめよう。短刀持ち一人だけが相手なら、奇跡的に勝てるかもしれない。
が、それが三人。加えて残りの二人は剣を腰に差している。
戦闘経験のない俺が、丸腰で戦おうとするなんてどうかしてる。
俺は両手を上げて無抵抗を示した。
「よし、交渉しよう」
「ヘェ、交渉ねえ?俺からするとお前さんには、身ぐるみ剥がされた後で命乞いするくらいしか、生きる道はないと思うが?……まずは名乗れ」
「いいや?俺が出せるのは情報さ……。テオ」
こんな状況だ、ハッタリでも何でも使ってやるさ。今ほど詐欺師をやっていて良かったと思うこともない。……が、やらかした。
後先考えずに名乗ってしまった。ここは偽名でも何でも使って、俺と関わった痕跡を残さないよう努めるべきだった。
俺は後悔しながら財布に手を伸ばす。
震える手で百円硬貨を出して投げつける。短刀持ちの足元に、コインが転がっていった。
「この荒野の先に遺跡があるのは知ってるか?」
少しの静寂の後、盗賊たちがゲラゲラと笑い出した。当然だ。遺跡なんてそうそう存在するはずもない。
これじゃ土地勘がない事を相手に教えてやったようなものだ。が、大事なのはここじゃない。
「やはり無知は罪だな。賊にこの地の価値は分からんらしい」
盗賊頭と思われる男は笑うのをやめると、鋭い眼光をさらに強める。
「……話せ、テオ」
その眼に気圧されつつも、声を張る。名乗ったのはやっぱり失敗だったな。確実に覚えられてしまった。
「関係あるのは
続けろ、と
……食いついた。
「遺跡への門は俺のスキルでしか開けない。調査の帰りなんだ、硬貨がその証拠さ。確かめてみな」
盗賊頭は用心深く、手下に百円硬貨を拾わせる。俺からすればただの百円玉だが、盗賊たちは早くも目利きを始めたようだ。
「……こいつは驚いた。金でも銀でもねェな、コレは」
……首の皮一枚繋がった。これに引っかかってくれなきゃ俺は終わりだった。
しかし安心はできない。ボロを出さずに騙し切るんだ。
「依頼主のお偉方も、こんな場所に遺跡があるなんて信じなかったんだろうな。だから俺を一人で行かせた」
「俺も驚いたさ、未知の金属だぜ?カネにゃ使えんだろうが値打ちもんには違いねェ。思ってもみなかった掘り出し物だ、感謝しよう……。だがもうお前に用はねェ。コレがありゃ一山も二山も儲けられるんでな」
「待てよ、あるだろ?用なら。遺跡にあったものを全て持ってきた訳じゃない……。分かるよな?」
「………。」
黙る盗賊たち。話を続けさせてもらおう。
「俺が証拠を持ち帰れば、お偉方は本格的な調査に乗り出す。俺が道中で死ねば、ホラ話だと思って連中も遺跡なんぞ忘れる」
俺の口もいい感じに回ってきた。このまま畳み掛けろ。
「……だが、俺が生きて帰り、遺跡など無かったと報告したら?」
「…………。」
盗賊たちは押し黙ったままだ。ここまで来れば、あと一押しだ……!
ハッタリをかまして、俺の利用価値を上げる。
これは俺がテオとしての生を全うするための、最初にして最難関の試練だ。
「アンタ達は俺を一度見逃す。お偉方にハズレの報告が済んだあとで、仲良く楽しく遺跡の探検と行こうじゃないか?」
口から出まかせだったが、それなりに説得力は出来たはずだ。頼む、このまま騙されてくれ……!
「……いいや、まだだ。テメェが嘘の報告をする理由が無ェ。そもそも報告の時点でテメェが雇い主に泣きつけば、俺らはそこでおしまいよ。俺がわざわざそんな危険を冒すと思うか?」
盗賊頭はそれなりに頭が回るらしい。こいつの土俵で仕掛けられていたなら、確実に俺の負けだっただろうな。
しかし、この男は揺れている。自らの身の安全と、さらなる富とを天秤に掛けている。
何度も殺す機会はあっただろうに、ここまで俺の言葉に耳を傾けたんだ。
……いける。
「よく考えてもみろよ。お偉方が遺跡に辿り着けば、ほとんどの財宝を持ち出すだろうさ。その場合、俺の取り分は少なすぎる」
「…………。」
「俺はな、もうほんの少し得したいだけなんだよ。ここでアンタらに会えたのは、何よりの幸運なんだ」
「……いいだろう、話に乗ってやる。だがまずは、持っている硬貨を全て出せ」
……釣れたッ!!生存を許された心臓が早鐘を打つ。
良かったな?俺の心臓くん。これからもまだまだ働いてもらおう。
俺は勝手に歪む口元を抑えつつ、惜しむように財布を差し出した。
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