第20話 ニセ盗賊


「ダイスよ。バイロームはまだか?」


「ふふふ、もうじきでございます」


 隣の領地ロッド地方の領主と文官ダイスは馬に乗り、兵を60ほど率いていた。


 その60名のうち、40名は異様な盗賊の姿へ変装しており、残りの20名が革の鎧を身をまといロッド地方の旗をかかげている。


 そう。


 ダイスの考案した自演作戦を決行するためである。


「むっ、領主様。見えてまいりましたぞ」


 やがて一団は森を抜け、荒野に出た。


 ざわ……


 すると、ちょうど領地の境の立て看板があったあたりに、想像以上に立派な石壁と幾十もの妙なタワーがそびえるのが目に入る。


「こ、これは……」


 ロッド地方の領主は、馬上であんぐりと口を開けた。


「お、おい。ダイス。本当に大丈夫なのか?」


「と、申しますと?」


「バイロームはついこの間まで荒野だったのだろう? そこにあっという間にこのような建設を行ってしまったのだ。もしかして……そうナメてかかることはできないのではないか?」


 と、および腰になる領主。


 ダイスは余裕げにクスリと笑ってみせ答えた。


「やれやれ領主様。今は情報や貿易によって旧帝国の枠組みすら越えていく時代ですよ。土木・建設の時代ではないのです」


「そ、そうなのか?」


「はい。みやこではみんなそう申しております」


 ダイスは『みやこでは……』というワードが、田舎でインテリが威張イバるための殺し文句になることをよく理解していた。


 そもそも彼は、帝都の一流魔法学校を出ている。


 宮廷魔術師Ⅰ類には落第して地方職に甘んじたものの、ロード地方の文官としては都帰りは珍しく、大いに重宝されてきたのだ。


 また、だからこそ彼は(自分が成れなかった)超エリート宮廷魔術士出身のシェイド・コルクハットとやらの存在が気にくわなくてしょうがなかった。


 ようするに、それは自分の上位互換なのだから。


「領主様。それに私は事前に使者としてバイロームに参ったのです。内情は失業難民の受け入れで手一杯。領主のシェイド・コルクハットもレベル20にも満たないやさ男でした。物の数ではございませぬ。ククク……」


「むう……そ、そうか。お主がそう申すなら」


 と愚鈍な領主も納得したので、ダイスは兵にこう号令した。


「みなのもの! まず盗賊役の40名が砦を攻めなさい。助太刀の20名は待機。1名が斥候に出て助太刀のタイミングを知らせるのだ」


 おお!!……


 盗賊に扮した40名が一斉に返事をする。


(ふふ、完璧なシナリオだ)


 彼らに襲われたバイロームのヤツらは『盗賊に襲われた』と思うだろう。


 そこで待機していた残りの20名が盗賊制圧の『助太刀』に入る。


 これでバイローム地方はロッド地方の兵に救われることとなるというわけ。


 あわよくば以後こちらの兵を『護衛』と称して常駐させることもできよう。


 ダイスは40名の盗賊部隊を送り出すと、ニヤニヤと笑いながら斥候せっこうの戻りを待った。



 ◇



 さて、こんなくだらない茶番に付き合わされる兵たちはさぞ不満であろうかと思われるかもしれないが……


「ぷっ、それにしてもお前すごいナリだな」


「お前こそ! 子供が見たら泣き出すぜ」


「オレ、小さいとき盗賊になりたかったんだよなあ」


 彼らは意外にも楽しげだった。


 人間誰しも変身願望というものがあるのは、仮装パーティの例を引くまでもなく明らかである。


 多くの者は『盗賊になって人を傷つけたい』とまでは思わなかったが、盗賊の演技で傍若無人ぶってみるのは悪くない余興のように思われるのだった。


 どんどんどんどん!


「おらぁ! ここを開けやがれ!」


「門を壊しちまうぞ!!」


 盗賊に扮した兵たちは、砦の門を乱暴に叩いた。


 ギギギギ……


 しばらくして門が開くと、中からは40絡みの男が出てきた。


「てめえがここの領主か?」


「いえ。私はこの拠点の門を任されているモンドと申します。それより、なんのご用でしょうか?」


 男は思いのほか落ち着いた様子でそう尋ねる。


「ああ? なんのご用……じゃねえんだよぉ!」


「オレたちは盗賊だぜ! ヒャッハー」


「……盗賊?」


「そうだ。いつのまにかこんなところに砦が建ってたからよお。ここをオレたちのアジトにしようって思ったわけだ」


「ヒャハー。お前らは全員奴隷だ! 逆らうと殺すぜえぇ!」


 盗賊兵たちはあらんかぎり盗賊っぽく振る舞って相手を威嚇して見せた。


 しかし、男はそれでも落ち着いた様子を崩さずこう答える。


「……盗賊の方でございますね。ようこそバイローム地方へいらっしゃいました」


「は?」


「あちらに『待ち合い室』がございます。お食事などご用意いたしますので、どうぞこちらへ」


 盗賊兵たちは肩透かしを食らいながらも『盗賊様、待ち合い室』と書かれた部屋へ案内されていく。


「お待たせいたしました……」


 で、しばらくするとボブヘアーのメイドが酒や料理を持って来る。


「ささ、普段から盗賊稼業もお疲れでしょう。どうぞごゆっくりなさってください」


 モンドは、ずらりと並ぶごちそうを盗賊兵たちに勧めた。


「お、おい。どうなっちまってんだ?」


「オレたち、ちゃんと盗賊って名乗ったよな?」


 盗賊に扮した兵たちは顔を見合わせる。


「うん、名乗った。だから『盗賊様、待ち合い室』に通されてんだろ?」


「お、おう……確かにそうだな」


 などと戸惑ってはいたが肉も野菜もウマイし、酌をしてくれるメイドは少し無愛想だがけっこう美人だ。


 やがて歓待に気持ちよくなって、違和感に気にかからなくなっていった。


「おらあ! 酒だ!」


「もっと女つれてこいや!」


 盗賊の演技もあって、気も大きくなってくる。


 そんな頃だった。


「やれやれ、あなたたちが盗賊ね?」


 後ろから女の美しい声がして、彼らはいっせいに振り返った。


 すると、そこには銀色のメガネにワンピース水着のようなアーマーを装備した女騎士が立っていた。


「……うっ」


「お、おい。見ろよ」


「なんてエッチな格好なんだ……」


 盗賊兵たちは急にあらわれた美女の前で股間を押さえつつたじろいでしまう。


 メガネの女はそんな彼らを生ゴミでも見るような視線で睨み付け、こうつぶやいた。


「思ったより弱い盗賊のようね」


「ぁあ?」


「なんだと? なろー!」


「殺しはしたくないの。あなたたちには二つの選択肢があるわ。これでおとなしく帰るか。おとなしく逮捕されるか」


「は? どっちもおとなしくじゃねえか!」


「な、なめんじゃねえぞ!」


「汚いツバを飛ばさないで。早くえらびなさい」


 女はボディラインのくっきり出たアーマーに、厳しげに胸を張った。


「げへへ! 答えはこうだ!」


 すると一人が頭がカッとなったようで、そのアーマーの乳房を揉んでみせようと手を伸ばす。


 男の節くれだった手が玉のような乳房をムニュリとわしづかみにした……


「うっひっひっひ!……あれ?」


 かと思ったが、気づけばそこに女の胸はない。


「残像よ」


 次の瞬間。


 甘い香りと共に、彼の首筋には銀のナイフが添えられていた。


「うっ……」


「手を頭に回して、をうつ伏せになりなさい」


「わ……わかった」


 その男は一瞬でふざけた盗賊の演技の酔いから醒めたようだ。


 本当の強者の体術に対し、弱者ながら本能が警鐘を鳴らしたのであろう。


「さて、これで降伏してくれるかしら?」


 ただ、回りで見ている者たちにはそこまでの実感はなかったようだ。


「へへへ。ざけんなよ」


「いくら女のわりに強くてもお前は一人だ」


「オレたちは40人いるんだぜ。たっぷりエッチなことをしてやるぞ」


 と、ニセ盗賊たちの威勢は止まらない。


 しかし……


「そう。残念ね」


 女は銀髪のポニーテールを手で払う。


 すると、ふいに剣や弓を持った領民風の男たちがドッと部屋になだれ込んできた。


「わッ! な、なんだこいつら!?」


「いつの間に?」


「うふふ。あなたたちが歓待に油断している時に、狩猟部隊を集めたの。まだ抵抗するのかしら?」


 女騎士はそう言ってメガネを正し、遠い乳房を揺らす。


 作戦は失敗だ。


 ニセ盗賊たちはうなだれて投降した。



 ◇



「……ダイス。遅いのう」


「あいかわらず領主様は心配性ですな。そう心配なさいますな」


 ダイスはそう返すが、ロード地方の領主がそう言うのも無理はない。


 ニセ盗賊が砦を制圧したタイミングで、斥候せっこうには知らせに戻るように言ってある。


 しかし、半刻たっても、一刻たっても斥候せっこうは帰ってこない。


「おっ、領主様。帰って参りましたぞ。斥候せっこうの者です」


 やがて一刻半たった頃、ようやく斥候せっこうは帰ってきた。


 だが、様子がおかしい。


「た、大変でございます!」


 斥候せっこうはあわてた様子でそう叫んだ。


「むむ、どうした?」


「はい。予定どうり盗賊に扮した先陣部隊がバイロームの砦へ攻め入ったのですが……」


 彼は息切れしながら続ける。


「すべてやられてしまいました!」


「なに?」


「とんでもなく強い女がおりまして……」


「全滅か?」


「いえ、全員捕らえられてしまいました」


 それは最悪の事態だった。


 捕らえられてしまえば、彼らの身元を割りだそうとするだろう。


 そうなれば、中央に今度のことが伝わり、おとがめを受けることとなるかもしれない。


「ダイス。どうするのだ」


「あっ、いえ、その……」


「ふん。キサマ、普段たいそう威張イバっておるが、けっきょく口だけの男ではないか」


「りょ、領主様。これは」


「言い訳はよい。キサマなぞに馬はもったいないわ。このまま歩いて帰ってまいれ」


「そんな……!」


 そう言って、ロッド地方の領主は引き上げてしまった。


 一人残されたダイス。


 馬もないので、着の身着のまま一人森を歩いて帰らなければならなくなってしまった。


 なんという屈辱……


「くっ。シェイド・コルクハットめ……」


 そしてその怒りは、すべてバイローム地方の領主、シェイド・コルクハットへ向いた。


 ぜんぶアイツのせい。


 アイツが悪いのだ。


(必ず屈服させてやるぞ! ニセ物の盗賊が通用しなかったのなら、本物を雇えばいい。私は裏社会にもパイプがあるのだ……)


 帰り道で、ダイスはそんなことを考えていた。



――――――――――――

【あとがき】


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なにとぞ(/--)/

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